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近々、死のうと思います。  作者: 逆竜胆
第一章・一輪の花の茎を折る
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異文化に触れる


 私はアリーヤに連れられて銀糸の間に着いた。彫刻が施されたの木製の扉を開けると、そこは名の如く、主に銀糸で刺繍されたタペストリーが壁一面に飾られている部屋であった。タペストリーと聞くと、アニメ絵が印刷されたものと、抽象的な模様を組み合わせたものが思い浮かぶ。しかしここに並んだタペストリーは、扉の左から右に掛けて順に、そこに描かれる文明が上がっており、この世界の住人の素朴な生活様式が描かれているようであった。

 銀糸のタペストリーに圧倒されたが、すぐさま会食の席を見ると、まだそこには誰も居らず、壁際で召使いが静かに並んでいるのが見え、弦楽器管楽器を持った数人の演者の姿も見えた。テーブルに近づき、食器の配置を確かめると、どうやら私が知っているマナーでも大丈夫なようだ。端から順にスプーンやフォークやナイフがあり、ワイングラスやナプキン、ゴブレットが置かれいた。まあ何とかなるだろう。

 テーブルの上の配置を確認して、心の安寧を得ると、先ほど見たタペストリーが気になって仕方なかった。私はアリーヤに見ていても良いかと聞き、是と言われたので、ソフィが来るまで鑑賞することにした。大衆浴場で混浴している男女や、果実を積む女性や、牛馬を使った耕作や、網の引き上げなど、人々の生活に寄ったものであった。その絵に描かれている男女の服や道具も、時代を感じられる絵であった。芸術性も高いが歴史資料としても価値のある逸品に見える。

 私は美術品の鑑賞も好きだから、こういった時間は中々に嬉しいものがあった。しかしそのような時間もすぐに終わりが来る。

「お待たせしてすみません、ヤクモ。美術にはお詳しいのですか?」

半分も観ないうちにソフィから声を掛けられたのだ。時間にして十分は経っていないだろうから、まあ待ったと言うほどの時間でもないので、何も気にすることはないだろう。

「いえ、美術に詳しくはないのですが、実に素晴らしいタペストリーの数々で、時を忘れて見入ってしまいました」

「あらそうなのですか。こちらのタペストリーはゾーイ=ルイスの絵画『時経ち』を基に、私が針子に作らせたものになります」

「本当に素晴らしいものですね。基になった絵画も良いものだと、これを見ただけで窺えます」

私がそう言うと、ソフィは苦笑を強くして言葉を続けた。

「いえ、ゾーイの『時経ち』は素晴らしいものですが、美術価値よりも歴史的資料価値の方が高い作品ですね。お世辞にも美術品とは呼べない稀有な作品ですが、ガーディアン・ダグラス王爵領のブライドヴォーン美術館に収蔵されていますよ」

知らぬとは言え、恥ずかしいことを口にしてしまった。それにしても美術価値のない絵画とは一体何だ、古代の壁画とどれだけの差があるんだと、心の中で悪態を吐いていると、

「では食事の用意が整ったようなので、召し上がりましょうか」

「ええ、ではいただきます」

ソフィの言葉に助けられ、私は下手へ向かう。

 席の前に辿り着くと、歳の若い従僕が椅子を引くのを見て、それに従って座る。ソフィの席はルーカスが引いていたことから、彼の地位の高さが窺える。席に着くとソフィから酒は飲めるかと聞かれたので、飲めると答えると、

「ウォルター・ウェスト王爵領のボーベッグ産、七十六年の赤ワインを持ってきなさい」

とソフィは言う。そうすると控えていたルーカスが畏まりましたと、素早く移動する。老人使いが荒いなと、ぼんやり眺めるが、他に控えている従僕では駄目なのであろう。ソフィは私が今気に入っているところのものだと言い、付き合わせて申し訳ないと言ってきたが、貴女の好むものを一緒に飲んでみたかったと、似非紳士らしくそれっぽい言葉を乗せて合わせた。

 ルーカスは一本のボトルを持ってくると、それをまずソフィに注ぎ、テイスティングを求める。ソフィが軽く頷くと、グラスに並々と注ぐ。そして私のところへと来ると同じようにテイスティングを求められた。ワインの味など大して分からない私は、マナーの範囲を実行して、適当に頷いておいた。

 しかし今いる場所がグレートランド帝国の帝都であることくらいしか知らない私には、王爵という馴染みのない称号も、その長ったらしい名前も、異国の言葉に聞こえてならなかった。実際に異国どころか、異世界なのだが。

 そして料理が運ばれてきた。最初は前菜(オードブル)からである。さて何だろうかと気楽に構えながら楽しみにしていると、ベストを着用した従僕が皿を置く。白磁の皿の上に乗っていたのは、鮮烈な色をしたトマトが盛り付けられたブルスケッタである。バジルとオリーブオイルの香りを楽しむが、それと同時に試されている感じがしてならなかった。イタリアンの酒場で出てきたなら、パンの部分を手で掴み口に放り込み、ワイングラスを傾けるのだが、こんなテーブルマナーの五月蠅そうな場面で出来はしなかった。

 ナイフとフォークを手に取り、一口サイズに切り分ける。パンから落ちたトマトをナイフの腹とフォークの背を使い、また盛り付け口に運ぶ。瑞々しいトマトの酸味と舌を刺激するブラックペッパー。バジルとオリーブオイルの香りと、さっくりとしたパンの食感に、堪らなく唾液が分泌される。食欲のそそられる味付けにワインを運ぶと、楽しくなる。しかしブルスケッタは微塵切りにしたにんにくが入っているはずだが、これはにんにくが入っていなかった。その味の分、ペッパーを粗挽きで効かせたのかと納得すると、また切り分け口に運ぶ。

 そうやって食事を楽しんでいると、会話も弾む。どうでもいいことから、この帝国のこと。そして肉のメイン料理が運ばれてきたころにもなると、私たちの会話はここ一週間のことに焦点が宛てられる。

「先日はありがとうございました。この場で正式に感謝の意をお伝えします」

ソフィは手に持っていた食器を皿の上に置き、軽く頭を下げる。それは会釈ほどのものであったが、周りに控えていた使用人たちの空気が変わったことに気が付く。まあでも特権階級が労働階級以下のような存在に頭を下げることなど、稀なことであることは私にも想像出来た。

「私には勿体なきことにございますが、そのお言葉頂戴いたします」

私はすぐにそう告げると、ソフィは軽く微笑み頷く。ですが、とすかさず言葉を差し込み、

「そのことについてお聞きしたいことが、いくつかございます。お許しいただけますか」

二カっと笑うと、ソフィはくすりと笑みを溢して、

「ええ、良いわ。窺いましょう」

そう言った。了承してもらったが、ソフィの笑みは私の笑顔を笑ったものに見えた。可愛い顔して憎々しいことだ。

ここに出てきたマナーはイギリス式ですので悪しからず。料理自体は、基本的に地中海沿岸部の国々のものが出てきているとイメージしていただければ、大体想像と合うと思います。ちなみに、フルコース全てのレシピを考えようとして、投稿間隔が開いた感じはありますが、結局は実現出来なかったのだから、実に無駄な時間を過ごしました。

だってフルコース料理って作品とまで呼ばれているんでしょ、じゃあ出てくる料理の色味や味、匂いのバランスを全て通しで考えるとか、家庭料理しか作れない私には無理な話じゃないですかぁとか、悪態吐きながら考えておりました。ちなみに私の今日の朝食は、トルティーヤチップスと野菜を混ぜたサラダと、納豆に白飯です。センスの欠片も持ち合わせておりませんでした。

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