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近々、死のうと思います。  作者: 逆竜胆
第一章・一輪の花の茎を折る
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死んで咲く花実


 馬車の近くから確認出来るだけの賊を殺して回る頃には、風は依然強いままだったが、雨は小降りになっていた。幾たびも斬られ、ぼろぼろとなった服を情けなくも着たまま、ライリーに馬車へ戻ると告げた。彼は彼で、味方の被害確認や、敵の討ち漏らしなどをしなければならないため、お嬢様を頼むと返される。それほどまでに私に信を置くのもどうかと思ったが、私がこの旅の間くらいは、風当たりも良くなるだろうから、それっぽく返答し、流しておいた。ライリーに言われずとも、私にとってソフィは、この世界における重要な足掛けであることに変わりはない。あのお嬢様には、まだ給金も支払ってもらっていないのだから。

 そうして弱くなった雨の中を歩き、風に流され顔にぶつかる髪が鬱陶しく後ろへ掻き上げ、水を切っていると、馬車の近くでうつ伏せになって倒れる護衛団の死体を発見した。また彼らも埋葬するのだろうか、何人が死んだのだろうかと、その死体を眺めながら考えていると、その死体だと思っていた鳶色の髪をした護衛団は、掠れた声で、

「そ、そこに……誰、かいる……のか?」

 まさかと思い、彼の身体をひっくり返し、起こす。顔を確認すると、茫洋とした鳶色の瞳には、もうあの人懐っこさはどこにもなかった。多分、目も見えていないのだろう。こちらを向くが、どこか見当違いな場所を見つめているように見えた。

「フィンチさん、大丈夫ですか。今すぐ手当をっ」

私は彼の右胸に刺さるナイフの柄を見て、死神がそう遠くないところまで、やってきているのを悟った。もう幾何もなく死ぬだろう。顔からは血の気が失せ、青白くひび割れた唇から俺の名を漏らす。そして続けて何かを言っているのだが、唇が動くばかりで上手く言葉を拾うことが出来ない。

 彼の口元に耳を近づけ、最期の言葉を聞き取ろうとする。

「もう、俺は、な……くない。てい、と……にいる、妹に、首飾り……を」

私は彼がいつか語っていた帝都に暮らす妹を思い出す。宿屋に嫁ぐことになった妹に渡すのだと言って、エメラルドグリーンの首飾りを見せてきたのを、よく覚えていた。俺には自慢するところは顔しかないが、それ以外で唯一、自慢の出来る妹だと、お道化ながらもフィンチは大事そうに妹のことを語っていた。それを聞かされるたびにシスコンめと悪態を吐いていたが、しかし現実はこうも望まぬ者にばかり死が訪れる。

 私は了承を告げると、

「頼……。挙式も、み、て……やりた、……た」

彼は不器用に笑ながらもこう言い、さらに続けた言葉に私は衝撃を受けた。何でだ、まだ治療してみなければ、と気休めの言葉を吐くたびに、自分自身に嫌気が差す。数十人を殺した私でも、到底許容出来ることではなかった。

 だが、フィンチは首を横に振るだけで、

「早、く……。友よ」

そう力なく言い、その言葉に私はフィンチと言う柵を捨てる決意をした。そして彼を丁寧に地面へ寝かせ、腰から下げていたカットラスを再び抜き取り、その心臓に突き立てた。

 フィンチはその衝撃に目を見開きながらも、何かを伝えるように口を何度か開閉し、そしてそのまま死んでいった。


 私はフィンチの懐から、彼の言っていた首飾りを取り出し、比較的綺麗な布に、彼の鳶色の髪とともに包んだ。そして馬車の扉へ五回ノックをすると、

「八雲祥雲、ただいま戻りました。ライリー殿があとの事後処理を行っております」

私はそう中にいるソフィへ告げた。中からは凛としたソフィの声が届く。

「分かりました。ご苦労様、ヤクモ。どうぞ入っていらっしゃい」

そうお声掛けをいただき、私は馬車の扉を開き、中へ入ると床が水に濡れる。それを見越し、ルーカスは私に布を渡してきた。それを有難く頂戴し、なるべく他の人からは離れ、水滴を飛ばさぬように髪や身体を拭う。

 ソフィは私のその姿を見て、

「あら、またぼろぼろになって、お怪我はありませんか」

「ソフィ様にご心配いただけるとは、私は果報者にございます。この通り、服を斬らせただけで、傷一つもらってはおりませんので」

そう言いつつ、私はフィンチの傷だらけの姿を思い出す。他の護衛団の人たちも、多からず少なからず体に傷を作っているのだろう。そしてその中の数人は、野に死に顔を晒しているのかもしれない。私と戦った賊どももそうだ。皆が皆、傷付け合いながら殺し合っているのに対して、やはり私はその舞台に立つことは出来ないのだ。死ぬことが出来ないとは、こういうことなのだ。

 フィンチの最期に、私自身少なくない影響を与えていたようだ。しかし今くらいは感傷も良いだろう。そう思いながら、私は外での出来事を簡単に、ソフィへ報告をしていた。また後で正確な報告は、護衛長のライリーから渡るだろうが、その前に報告をしても問題はないだろう。

 そしてその報告をするついでに、私はあの灯籠のことを訪ねた。馬車の外に灯籠が置いてあったが、心当たりはあるだろうかと。ソフィもリリーも心当たりはないと言う。ルーカスも外の様子を探るために、一時的に外へ出たが、そのようなものは見なかったと語る。その証拠にルーカスの燕尾服も微妙に湿っているのが見えた。

 身内の犯行だと思っていたが、違ったのだろうか。そう考えていると、ルーカスが渋い声を響かせる。

「ヤクモ殿、どのようなものか、お見せいただけませんでしょうか」

その言葉に返答を窮した。どこかへ投げ捨て去ってしまった灯籠の在処を知らないからだ。もし見つかっても灯籠が壊れてしまった可能性も考えられる。

 何も口にせず、黙って言い訳を考えていると、ソフィは私の内心を見透かしたかのように、口角を上げる。

「どこかへ捨ててしまったのね。急を要していたと考えれば、分からなくもない判断ですけれども、この場合、内応を謀ったと捉えられても仕方ないですね」

その言葉を聞き、ぽつぽつと頭に浮かんでいた言い訳も、何もかもが使えなくなった。確かに内部分裂を狙う一手としては、そう悪いものではないだろう。仲間内に疑心暗鬼を植え付けてしまえば、それだけで上等な成果になるのだから。

 私は一息吐くと、すぐ謝罪の言葉を述べる。それを聞き、リリーは謝罪だけで許されることではないと、疑わしきは罰せよと言った、過激とも思えることをソフィに訴えるものだから、私は進退窮まったと、逃げる算段をしていると、

「黙りなさい、リリー。ヤクモ灯籠の件は分かりました。あとでライリーに聞こうと思います」

ソフィはぴしゃりと言い放つ。リリーは私を睨みながら、ソフィのその言葉に、身を引いた。

 私は私で、なぜそこまでソフィが私のことを擁護してくれるのかと考えたが、どうにもそのきっかけに思い当たるところがなかった。しかし彼女は私に甘い顔をしつつも、私の言動が行き過ぎると、締めるところは締めてくるのだから、人を扱うに慣れているように思う。私が今はまだ有用な駒だから、完全な亀裂が入るまでは使い倒す気なのかもしれない。特に彼女は私と合流してから、少なくとも二度は狙われているのだから。

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