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一人目の王妃様は王女様しかお生みになれなかったので離縁されました。大国の王家の出身でいらっしゃったのに、最後は従う者も財産もなく、修道院で病を得て寂しく亡くなられたそうです。
二人目の王妃様は不貞の咎で首を刎ねられました。けれど誰もが知っています。あのお方の本当の罪は、男の子を流産したこと。お世継ぎの王子を死なせたことが何よりも国王陛下の逆鱗に触れたのです。
三人目の王妃様は産褥の床で亡くなりました。陛下の悲しみは大変なものだったということですが、その涙は母君よりも息をすることがなかった王子様のためのものでした。陛下はまたお世継ぎを得ることができなかったのです。
四人目の王妃様は、肖像画よりも美しくなかったということで三日しかその位にいらっしゃいませんでした。女としては屈辱なのでしょうが、もしかしたら一番幸運な方だったかもしれません。
五人目の王妃様も不貞を働いたということで死を賜りました。恐らくは冤罪と思われている二人目の方と違って、相手の殿方と愛し合っていたと、確かな証拠があったそうです。前の王妃様たちの例を見ながらどうしてそのように恐ろしいことができたのか、私にはさっぱり分かりません。
とにかく、五度目に王妃の座が空いて、六人目の王妃として選ばれたのがこの私でした。
両親を始め、誰もが祝福を送ってくれました。何と言っても国王陛下は国で最も尊いお方。まして当代の陛下は文武に優れ芸術も好まれる秀でたお方。お若い頃から数多の貴婦人の心をときめかせてきた美丈夫でもいらっしゃいます。この結婚は、喜ぶべきもののはずでした。
けれど口々にめでたいと言う方々の表情が、どこか強ばっていたように見えたのは、私の思い違いではありませんでしょう。恐ろしくて口に出すことはできなくても、皆さま私と同じ懸念を抱いていらっしゃったのです。
国王陛下は男の子のお世継ぎを切望していらっしゃる。そのために何人でも王妃様を取り替え続けるに違いない。例え前の王妃を殺してでも――
もしも私が懐妊しなければ。流産してしまったら。無事に生まれたとしても王女様だったら。私はどうなってしまうのでしょう。二度目の機会はいただけるのでしょうか。でも、もしも二人目も女の子だったら?
最初の王妃様のように離縁されるだけで済むでしょうか。既にお二人の王妃様たちを処刑された陛下ならば、殺してしまった方が簡単だと思し召しているのではないのでしょうか。
そのように恐怖に捕らわれていたので、婚礼の席でも私は花嫁の喜びや恥じらいとは無縁でした。だって私が王宮に入った時、城門にはまだ五人目の王妃様の首が晒されていたのです。
期待をかけていらっしゃったのでしょう、陛下はとても優しかったのですが――でも、だからこそ、それが裏切られたと感じた時に何が起きるのか、私は恐ろしくてなりませんでした。
毎月寝具を血で汚す度に、私は泣き喚いて侍女に当たり散らしたものです。月のものが来たということはまた懐妊できなかったということだから。
このままではきっと陛下に見捨てられてしまう、お怒りを買ってしまう、と。足の間から流れる血がすり減っていく私の命を表すようで処刑を待つ囚人はあのような心持ちなのかもしれません。
いいえ、囚人よりも悪いでしょう。囚人ならば既に刑は言い渡され、いつ執行されるかも知らされているでしょうから。
私と言えば、幸せな新妻であるかのように微笑みながら、陛下の些細な言動ひとつひとつに怯えていたのです。口付けが浅かったような気がするとか、不機嫌でいらっしゃるようなのは果たして政のせいなのか私にご不満があるのかとか。愛――と呼べるなら――が薄れたのではないか、私を役立たずと切り捨てられたのではないかと。
あの頃は常に処刑人の刃を喉元にあてられているような気分で過ごしていました。
けれど、それさえも今の恐怖と比べたらまだ生易しいものだったのです。
「王妃様、お足元にお気をつけて」
「ええ、ありがとう」
侍女たちに手を取られながら、私は一歩ずつ慎重に足を進めます。お腹が大きくなってから足元も見えづらく不確かになってしまいましたから、決して転ぶようなことがあってはなりません。
視察のための小旅行ということで身支度を整えられた陛下は、私を――というか私のお腹を――ご覧になるととても嬉しそうに破顔なさいました。
「今日も元気そうで何よりだ。余が不在の間も、くれぐれも身体には気をつけるのだぞ」
「心得ております」
「そなたは何もする必要はない。心安らかに、王子に歌でも歌ってやれば良い」
「……はい」
この方こそ私から安らぎを取り上げているのに、陛下はそれをご存知ないのです。
生まれてみないと男の子か女の子か分かりません、などと。恐る恐るでも口にすることができたのは、懐妊が分かったばかりの頃だけでした。それも、王子に決まっていると陛下が激昂されるので何度もお伝えできた訳ではありません。
陛下は優れた王でいらっしゃいます。ですがことお世継ぎに関しては完全に正気を手放しておられます。
五人もの王妃様たちを追放し、死なせ、あるいは殺して。そうしてやっと迎えた六人目のこの私。そのお腹で御子が順調に育っているのを、今度こそ宿願叶う証だと信じておられるようです。
これほどの犠牲を捧げたのだから、報われないはずがないとでも思し召しているかのよう。
「お気をつけて。ご無事のお帰りを待っておりますわ」
微笑みをまとって申し上げる、これは嘘です。私は不敬にも陛下がお帰りにならなければ良いと思っています。これが視察などではなくて、危険な戦争なら良かったのに。国内は、多少は不穏な動きもあるそうですが――だからこそ陛下は男のお世継ぎをお望みなのです――、あからさまに国王を狙うほど乱れているというほどではありません。数日の後には陛下は何事もなくお戻りになるでしょう。
無事にお帰りにならない可能性があると思えたなら、少しは言われた通りに穏やかに過ごせるでしょうに。
「王妃様はご心配なさいますな」
「陛下は我らがお守り申し上げます」
「どうかお世継ぎのことだけお考えなさいませ」
「ありがとうございます。陛下をよろしくお願いいたします」
視察に従う臣下たちに口付けさせるべく手を差し伸べながら、私の胸には黒い思いが渦巻いています。
忠義面して、誰も彼もが陛下のご機嫌を取ることしか考えていない。追従ばかり並べて、このお腹に宿っているのが男の子に違いないだろうという陛下の妄想を、まるでもう決まったことでもあるかのように語るのです。
それで私が魂を削られる思いをしているのも知らないで。
妄想が強まれば強まるほど、期待が高まれば高まるほど、叶わなかった時の怒りも絶望も憎しみも大きいものでしょうに。
私を苦しめるのは男か女かという二つに一つの賭けだけではありません。それでも命を賭けるにはあまりに分が悪いことではありますけれど――。
流産、死産。五体に欠けたところがあれば。知能に遅れがあれば。
そのいずれでも、私が死を賜るのに十分な理由になるでしょう。五人もの王妃様との結婚が失敗に終わり、焦り苛立つ陛下の期待はそれほどに膨れ上がっているのです。完璧で欠けるところなく、全てに秀でた男の子でなければ陛下は決して満足なさらないでしょう。
「陛下のお世話は私どもが 何不自由なくさせていただきます」
「ええ。お願いいたします」
最後に身軽な衣装で跪いた侍女――といっても陛下にお仕えするからにはそれなりの家の出身です――と言葉を交わし、私は夫を見送りました。艶やかに微笑んだ侍女の横顔は晴れやかで美しく、妙に目につきました。