第1話 極東の盾
サハリンにマリア皇女とアナスタシア皇女がロシア帝国を建国して4年がたった
1922年
ロシア帝国は、南樺太を日本から返還してもらう代わりに、英国国立銀行とスイス銀行にあるロマノフ王朝の資産の4割を
大日本帝国の国土開発投資に当てると言う見返りで、建国に協力し、ソビエト海軍牽制を担った(黒海艦隊は、ソ連軍に掌握されかけそうになった、司令官が全艦に爆弾を仕掛けて自爆させて壊滅させた)
大日本帝国は、ロマノフ王朝の遺産を元手に、東北地方や満州への交通網を強化
軍用道路(後の高速道路)や東京大阪間の弾丸鉄道(後の新幹線)に当てた
東北の貧困は国としても暴動が起きるのではないかと不安視していた勢力がいたため、こうなった
ロマノフ王朝資産を元手とした大日本帝国の内需拡大に、多くのユダヤ人が投資(ロシアやヨーロッパから来た人が中心)
大日本帝国も、ユダヤ人移民政策を打ち出し
国内では北は小樽、西は佐世保まで10のユダヤ人町が造られた(むろん犯罪歴や共産主義思考がないか確認の上)
植民地では、釜山や元山にユダヤ人町が創られるほどになった
その結果、東北の、宮城、秋田、山形の3県の港が大いに発展
東北の発展につながった
このころには、物理学者のアルベルト・アインシュタインが10月に来国し、ユダヤ移民積極政策や優遇政策に賞賛した。後にこれが大日本帝国の未来を変える舵取りになるとは誰も知らずに
話は戻り、2月にはワシントン海軍軍縮条約で
アメリカは、日英同盟の破棄と
艦船保有比率
日:英:米を5:7:10を要求
日英がそれを拒否し、艦船保有を7:8:9
日英同盟は、技術交流と不可侵条約のみに限ったものでの存続で 終了した
その会議中で未完成艦の一部解体も論議されたが
結果、日本は長門型2隻、英国はネルソン級2隻、米国はコロラド級2隻の保有を押し切り
後にそれらはbig6と呼ばれた
史実ではコロラド級3番艦も建造されることになっていたが、建造自体を取りやめていたため、2隻になった
さらに、大日本帝国は、解体処分になる予定の旧式艦の一部を、サハリンロシア帝国へ譲渡することで解体や雷撃処分は、
就役中のは4隻(香取、鹿島、安芸、摂津)
建造中のは5隻にとどまった(紀伊型全て、加賀(後に加賀は除外))
ワシントン海軍軍縮条約にサハリンロシア帝国が含まれていなかったことが幸いし
大日本帝国は、ロシア帝国以外には譲渡という名目で
生駒、伊吹、鞍馬、薩摩、土佐(武装せず)を渡した
そして、天城型戦艦2隻を空母に転用することで、終わるはずだった
だが、後に、関東大震災で、空母改装予定だった、天城が大きく損傷して、加賀と入れ替わりになった
さらに、大日本帝国は、台湾の内地化を宣言
台湾は植民地から県に変わったのだった
その後、大日本帝国は中国国民党と中華民主党の両党に接触
中華民国と大日本帝国の間で、対共戦線を約束したのだった
続く