3/9 パリ
この日は、おそらくトップクラスにハードな1日だった。
朝9時半。地下鉄を乗り継いだ私達は、既に行列の出来ているあの場所に到着した。
そう、日本にもある夢の国である。
……「日本にもあるのに何故にパリくんだりまで来て」とちらっと思った吾桜だが、思い出せば日本に住みながら見事10年ぶりに夢の国に訪れた訳で、別に何ら問題はなかった。
ちなみに、夢の国行きの提案者はAちゃんである。毎年2,3回舞の浜へ行く彼女が何故、と吾桜は心の底から不思議だったのだが、そこは夢の国の住人ならではの理由があった。
「日本より遥かに並ばなくて良いらしいの!」
……2時間待ちが普通な日本の夢の国を思えば、非常に真っ当な主張である。
さて、パリの夢の国にはスタジオとランドがある。スタジオは大阪にあるテーマパークみたいなもの、ランドが皆様の想像する夢の国である。
夜には他の用事があるのだが、
「両方行かないと意味がない!」
とAちゃんが言いきった為、おおよそ6時間ほどで両方まわることとなった。
まずはチケット購入。東京と同じくフリーパスが付いているタイプだったのだが、ここで一悶着。インフォメーションセンターで使えると保証された学生証を、受付のおばちゃんが突っぱねたのである。何が悪いのかと問えば、
「チャイニーズキャラクター(漢字のことである)が使われてるからダメ」
日本人の名前は問答無用で漢字だろう。
吾桜の大学はきちんと「student card」と英語表記なので本来問題無い為、大層理不尽である。普段なら当然もうしばし粘ったのだが——
『…………』
「…………」
背中に「早く中に入りたい」オーラを何人分も感じた為、さしもの吾桜も引き下がらない訳にはいかず8ユーロの割引を諦める。チッ。
ともあれチケットを購入し、まずスタジオへ。魔法使いの像は懐かしかったが、吾桜の視線はあちこちにいるに向きがちだった。雪の女王なちびっこコスプレイヤーも着ぐるみも可愛い。
「外からは分からないかもしれないが、私は今、とてもテンションが上がっている!」
端から見てても十分テンションの高いS子の台詞に苦笑しつつどこへ向かっているのかよく分からないまま(Aちゃんについて)歩いたのだが、スタジオは何ともシュールだった。
「なんかココにある筈の無いものまであるような……?」
自信なさげに呟いたS子に、Aちゃんが答える。
「なんかあのお話作った会社は買い取られてた気がする」
「えっ、そうなの!?」
「多分……? あと、ここスタジオだから、かな?」
おおよそ大雑把な会話である。
この時吾桜とおそらくN嬢は、ふんふんと適当に頷いていたが心は一つ。わからん。
あの中で夢の国シリーズに1番疎いのは確実に吾桜だったが、正直N嬢もどんぐりの背比べだったと思う。なにせ2人ともリアクションが似たようなものだった。
スタジオでは数個のアトラクションに乗ったのだが、ひたすらロックミュージックが流れる中ジェットコースターに乗ったアレが1番意味不明だった気がする。意図というかコンセプトが分かるようで分からなかった。
レストランとシューティングのファストパスを購入、幾つかまわった後お昼を食べて、ランドへ。
ランドは、丁度春のお祭り開催中だった。
「わぁー、お花綺麗ー!」
S子の歓声も尤もで、色とりどりの花で飾り立てられたランドはとても華やかで美しかった。東屋みたいなものの回りにペンギンと花が飾り付けられているのを見た時には、S子が突入してポーズをとったので、写真を撮ってやった。
庭園らしき所の懐かしキャラ達を眺めつつ、かの有名なお城に突撃。2階にも上れるらしいと知り、さくさく見て回った。目を覚まさない姫様関連のステンドガラスや機織り絵を眺め、何気なくテラスに出て、ペンギンさん発見。
「あれってショーの舞台裏じゃない?」
「うん、間違いないね」
吾桜もAちゃんもN嬢もそれなりに舞台経験がある為、速効で確信した。ペンギンさんたちはショーの出番待機中の打ち合わせであった。
試しに手を振ってみた所、やたらハイテンションに手を振り替えされた。可愛かった。
で、「つまり今ショーをやっていると言うことだ」と気付いた吾桜達は躊躇わない。
方向を確認して、ショーが行われていると思しき場所までダッシュ。滑り込みでショーに間に合うと、傘でふわふわ飛ぶ女性のショーだった。あの音楽は問答無用で人を楽しませてくれると思う。
ダンス経験者である吾桜としては、アトラクションよりもショーである。プロの業を堪能させていただきつつ、ふとAちゃんの姿を見失う。
「Aちゃんは?」
N嬢も同様に気付いたらしく、聞いてくる。視線を巡らせて探してみると……いつの間にか何やら足場を見つけて昇り、ばっちり写真撮っていた。
「……流石」
夢の国の住人に抜け目はなかった。
その後、世界中の子ども達なアトラクションやら海賊な乗り物やらをほとんど待たずに乗りまくる。20分待ちと書かれている所から「歩いて」20分で乗れる感覚なので、割とがんがん乗ったと思われる。時間単位で待った記憶は皆無だ。
だがしかし、途中スタジオに戻って3Dに酔いつつレストランを見たりシューティングしたりしたというのに、
「よし、これで一通りのエリアまわったよー」
とAちゃんの宣言が聞けたのは、ひとえに吾桜達の無駄な健脚ぶりとAちゃんの場慣れしすぎな地図読みスキルのお陰である。
そして、これで移動かなと思った吾桜だったが……いくら昨日の観光経験が頭に残っていたとはいえ、甘すぎた。
その後お土産の買い物に費やすこと、小一時間。
家族も夢の国への興味が薄くお土産購入は後回しにしていた吾桜と違って、女子力が(4人の中では)1番高いS子、夢の国の住人であるAちゃんは、あのそこそこ広い土産店に無限大の可能性を見出していたらしい。
(ちなみにN嬢は吾桜と同じく「折角来たから一つくらい記念買ってくか」スタンスだった。仲間がいて安心した)
といっても小一時間なら寧ろ早いだろうと思われる方の方が多いかもしれない。だが、忘れてはならない。吾桜達はこの後パリで予定があるのである。夢の国はパリから小一時間離れており、この時点で夕方4時半。吾桜の記憶が正しければ、予定は7時。
……買い物後半(恐ろしいことに3つくらい店を回ったのだ)、準備時間があるのかと吾桜は相当はらはらしていたことを、ここでぐらい愚痴っておこうと思う。
やたら色濃いキャンディーに怖れをなしつつ、買い物終了。速効で電車に乗り込み、ホテルへ。
Aちゃんは何やら色々言っていたが、吾桜にとって夢の国とは取り敢えず動きやすい格好で行く場所であり、オシャレは最後尾に押しのけられる。そして、夜の予定は、オシャレはかなり優先順序が高い。ので、ボルドーにいた時にも釘は指されていたものの、断固としてホテルに戻ってもらい、着替えとメイクの時間を確保。
……が、それでも猶予はおおよそ15分。
死にものぐるいでお色直し完了、吾桜達が次に向かったのは……オペラ座である。トムに協力してもらい、その日のバレエ公演のチケットを押さえていたのだ。
(……切実に、あの豪華絢爛オペラ座ガレニアで生演バレエを観賞するなら正装くらいするし、その服装で水しぶき飛び散る夢の国にはとても行けないという意見に同意してくださる方求む。何故かあのメンツだとイマイチ同意が得られなかったのである)
それぞれお洒落な姿で早足で地下鉄に飛び乗り、最寄り駅からも早歩きで向かい、オペラ座に到着したのは……開演5分前。雰囲気を味わう暇も無くさっさと客席に向かった吾桜達は、観光客のくせに相当図太いのかもしれない。
ボックス席になった3階席と2階席に指定取ってもらっていたので、3階席に吾桜とN嬢、2階席にAちゃんとS子。吾桜達が全体を見たいので希望した為こうなった。
雰囲気ありすぎる美しい席で開演直前まで写真を撮らせてもらってから、観劇。その日はマーラーの大地讃頌の曲を用いた、現代バレエだった。
バレエについて語った所で誰も付いて来れないので省くが、比較的静かな音調や無音でのプリマ達のステップは、美麗に尽きた。
あっという間に公演が終わり、唖然。同じ時間続く大学の講義は睡魔との無益な戦いでしかないが、人間夢中になると時間の過ぎるのが早い。
……ちなみにこの日の公演終了後、スタッフに出て行くよう急かされながら技りっぎりまで写真を撮りまくっていた日本人を見た人がいたとすれば、それは吾桜とN嬢である。どちらも音楽やバレエに興味が強かった。Aちゃんはどちらかというと舞台装置に目が行った模様である。
写真撮影まで終えた吾桜達、その時点で21時すぎ。ちょっと外食するには遅すぎる時間だし、そもそも前日のカフェの値段に軽くショックを受けていたので、外食は腰が引けた。
という訳で吾桜達はオペラ前の大通りを歩き——N嬢が目敏く捉えたパン屋に入った。
「決めた通り、今日の夜と、明日の夜の分ね〜」
『はーい』
Aちゃんの号令によい子のお返事。次の日の夜の分というのは……まあ、後ほど。
兎に角吾桜達はパリの魅力的なパンの数々から悩み抜いて、それぞれ食べたいものを買い出した。2日分で10ユーロくらいだっただろうか、前日と比べると雲泥の差である。
それぞれの戦利品を手に嬉しげに地下におり、そこからは再び最大級の警戒モードに。何せ前日より更に夜遅いのだ、警戒度はいや上がる。
無事ホテルに辿り着いた吾桜達、流石に疲労していたが次の日も朝早いのである。しかもツアー参加なので、遅刻厳禁。
「もう食べずに寝た方がいい気が……」
「いや、流石に食べないと。ほら、明日はツアーだから寝られる」
なんだか奇妙な会話をしながらN嬢とベッドの上でパンを広げる。マナーが悪いと言う無かれ、テーブルなんて気の利いたものはホテルに無いのである。
その日の夜は、リンゴのタルトとN嬢と半分こなキッシュを食べた。どちらもとっても美味しかったのだが……いかんせん、キッシュは少し脂っこすぎた。
「……美味しいのにきつい」
「同じく」
苦笑気味に二人して食していると、S子が部屋に来た。
「どーした」
「2人のドレス姿を写真に収めに来た!」
「……」
そうかい。
実はオペラ座へ向かう時から写真を撮ると宣言していたS子であるので、吾桜もN嬢も「あ、マジで撮るのか」くらいの反応だった。大人しくベッドからおりて写真に写る。
余談だが、後日この写真を共有した際、トムが「N嬢がドレス!!」と歓声を上げていた。吾桜は衣装何でもアリなダンスの舞台にトムやS子を招いた事があるが、N嬢の普段着は男子以上に簡素なズボンにシャツ姿がデフォである。まぁ自然な反応と言えよう。
その後S子にキッシュを一かけ譲った。一かけなら美味しいので喜んでいたため、ついでにAちゃんにも持っていってもらった。普通に吾桜とN嬢は限界である。
そうして、夢の国巡りからバレエ観賞というよく分からない予定をこなした吾桜達は眠りについたのであった。