3/7 ボルドー観光
朝起きて、取り敢えずシャワーを浴びる。そして、Aちゃんの言葉を理解した。
「…………」
シャワーのお湯を出しつつ、無言で見上げる。頭上に首の部分を固定されたシャワーは、だが固定が中途半端なのか力無く項垂れ、壁目掛けてお湯を吐き出していた。
手を伸ばしてシャワーを持つも、外れない。押し上げると向きだけは変わるので、自分目掛けて浴びせる。うん、これで一応シャワーを浴びられる。……が。
「……ずっとこれか」
手を離すと元の状態に戻るので、押さえたままシャワーを浴びるしか無い。またこのシャワー、ヨーロッパ仕様故に頭上、というのがなかなかに高い。吾桜は比較的背が高いのだが、腕を一杯まで伸ばさないと丁度良い角度にならないのだ。
この姿勢、客観的に見ると——
「Aちゃんの言ってたこと理解。うん、あれは確かに自由の女神状態だ」
「でしょー」
——文句無しの自由の女神だった。
ホテル1Fにて、朝食。何故か5;30から朝食提供してくれるこのホテルの朝食は、
「……パン、チーズ、ハム……あ、ゆで卵発見」
「ちょ、ハム人数分もないし(笑)」
なかなかに質素だった。
まあ、女子の朝ご飯なんてどうせこんなものだが……男性陣は足りるのだろうか。
ちなみに、パンはクロワッサンと王道フランスパンだったが、どちらも美味しかった。
約束の時間、トム来訪。今回のボルドー観光は彼女に全投げしてある私達は、カモの子状態でのこのこ着いていく。
「だーれも希望とか上げないから、もうテキトーに決めちゃって良いんだろうなーと思って、私が行った事無いとこにした!」
正解である。流石、良く理解してらっしゃる。
そんな彼女に連れられて、大きな広場に到着。何故かいるカメさんの銅像。ボルドーらしさは、くわえているブドウ。一応著明人物らしい名前が彫り込まれていた。どういう人なのかはトムも曖昧だったが。
そしてどこでも同じなのが、
「うんうんそーだよね、こんなのあったら乗りたくなるよね、あーかわいいっ!」
テンション急上昇のS子の言う通り、カメの銅像にまたがろうと奮闘する可愛らしいお子様達である。金髪天使は非常に可愛らしかった。
さて、そんな場所で写真撮影を行いつつ、最初の到着地は朝市。
マルシェ!
興味はあったものの時間的に厳しいだろうと諦めていたマルシェ。実はこういう場所が大好きな吾桜である。かなりテンションが上がった。
ハーブどっさりの売り場だったりチーズどっさりの売り場だったりワインバーだったりカフェだったり。素敵すぎるお店の間を通り抜けつつ写真激写。大層美味しそうである。
あんまり美味しそうで我慢出来ず、5人それぞれ思い思いのタパス(パンに生ハムやチーズなどを乗せたもの)を購入。その場でいただきました。吾桜は生ハムとチーズの王道。生ハム、やっぱり美味。
その後、トムの誘導でトラムに乗る。
「観光シーズンでもない土曜日に仕事をするわけないっ!」
という断言の元、無賃である(よい子は絶対に真似してはいけない、後これはオフレコにしていただきたい)。
数駅後下りて川沿いの綺麗な街並みを写真に収めつつ辿り着いたのは、ワイン博物館。
ボルドーはワインで昔から有名だったため、ワイン博物館は一種の地域歴史博物館と化していた。川に沿って一列に並ぶ建物の並びがちょっと変わっているなと思ったが、成程川から輸送する為だったらしい。日本語ガイドまで付いていて非常に親切設計だった。
ワイン倉を改造して作られたその博物館では、
トム「おお、ワインボトルがずらっとある! 良いな飲みたくなってきた!」
Aちゃん「ここ天井低いけど、こっちの人頭ぶつからないのかな」
S子「Sちゃんの頭ぶつかる? ぶつからない?」
なんて楽しそうなやり取りが繰り広げられた。S子が頭上10㎝上に天井がある様をやたら嬉しそうに直立不動で示してくれたので、取り敢えずぱしゃった。
N嬢はそのやり取りに時折加わりながらも、基本日本語ガイドに夢中だった。博物館堪能モードである。
さて一通り見た後は、売店の所で試飲サービス。ボルドーのワインも地域で微妙に違うそうな。ボルドーは赤が有名だが、白もロゼもある。更に、この地域特有のワイン、クラレットワインというものもあるらしい。確か、寝かせる期間の違いだ。
クラレットワイン、とっても興味あったが、稀少品というか高級品らしく試飲には出てこず。代わりに白と赤と飲ませていただいた。
イケメンなおにーさんが「特別に良いの飲ませてあげる」とか言いながら出してくれた(多分普通に他のお客様にも出している)ワインはとても美味しかったのだが……これ、試飲なのだろうか。日本のレストランで注文して出てくる1杯分を、赤白1杯ずつである。
ちなみに、このメンバーに酒豪はいない。女の子らしく直ぐ酔っ払ってしまう可愛げは無いが、ぐいぐい飲んでけろっとしているような子は皆無である。
よって、短期間でワイン2杯を飲み干した私達は、昼前から酔っ払い気分だった。
折角なのでワインをお土産に購入。白も美味しかったが、やはりここは赤だろう。流石に良いものは素敵なお値段だが、1000円前後のものも置いてある。ここ最近インフレ激しい国内ワイン事情を知っている身としては、きっとあれより良い筈と期待。
……が、悲しい哉、ワインをラベルだけで判断できるほど詳しくはない。
何を買うべきかと固まっていた吾桜に、先程のおにーさんが自分に聞いてくれアピール。ありがたく「さっき飲んだものより渋くない赤ワイン」を頼もうと思って……渋いなんて英語は出てこなかったので、フルーティな奴と注文した。
するとお兄さん、くるりと振り返り、同じく店員である女性にバトンタッチ。
貴方が選んでくれるんじゃないのか。
女性も丁寧に説明してくれてくれたので、別に良いのだが。結局その一押しを選ぶ事にした。9.5ユーロ也。ちょっと高めだが、まあプチ贅沢で。
さて、ほろ酔い気分で店を出た私達は、S子がしっかり保持していたカヌレや、N嬢がマルシェで購入したマカロンを頬張りつつ、ふらふらと自然公園へ。完全におのぼりさんモードに入った私達は、妙に高いテンションで写真を撮った。例えば、橋の上から手を振ってみたり。AちゃんとS子は大きく2人で決めポーズを取っていた。……ちょっと、周りの人の印象が気になる所である。
しかし、それにしても暑い。いい加減我慢出来なくなって上着を脱いだのだが、それでも暑い。かといってニットセーターを腕まくりも何なので我慢したが。
フランスの中でもボルドーは南の方。ちょっと納得した瞬間だった。
その後現代美術館へ。おそらく貴族の建物だろう場所に、当時の生活空間が再現されていた。どれも素敵で色々と写真に収めた。
けど、1番気になったのは陶器や石のカリフラワーやキャベツである。
「…………」
台湾でかの有名な白菜や豚の角煮の彫刻(石)を見た事のある吾桜は、ヨーロッパにもこんな風潮あったのですかと、取り敢えずまた写真に収めておくのだった。
そして、15時。目の前に目的の大聖堂があったが、いい加減お腹もすいたのでランチタイムにしたの、だが。
「ちょ、開いてない……」
あちこちのお店が閉まっていたりランチメニュー打ち止め。こっちはランチタイム短いのかと思えば、数少ない開いている店はほぼ満員だった。何なんだ……。
まあ、流石に5人くらいなら店も見つかり、腰を落ち着ける。メニューはセットと決まってるらしいので、英語を解読しラザニアを注文。他の子もほとんどこれだった気がする。
「あはは、タパスと良い、今日みんなフランス料理じゃないね!」
トムの言葉は尤もだが、美味しければ何でも良いのである。まだ初日だし。
しばらくして、美味しそうな匂いのラザニアが出されたのだが……案の定、海外サイズ。大きい。
旅行前は試験ラッシュで運動不足だったため食事量ごと減っていた吾桜は、幾ら極限の空腹状態だったとはいえこれはきつい。
他の3人も似たり寄ったりの2月だったようなので同じくだろう……と思ったが、意外と皆さんよく食べますね?
「いや、紫苑ちゃん量減ってない?」
まあね。
ちなみにこのセット、デザート付きである。うわ、ここからクレープって入らんと青醒めたが……予想外にもクレープ生地に粉砂糖というシンプルさだった為、普通に入った。クリームとかフルーツどっさりを覚悟していたので、がっかりしつつほっとしたものだ。
その後、サンタンドレ大聖堂へ。セントアンドレ、フランス語仕様のリエゾンである。
Aちゃんが自撮りなんて多少女子らしい事もしながら(寧ろようやくか、とも言う)、気になったのが入口の彫刻。聖人らしい人々が彫られているのはまあ流石として——
「ねー、あれって首無し?」
「へ? んなまさか……本当だ!」
Aちゃんの指摘通り、何故か首ナシがいたのである。
「あー、壊れたとかじゃない? 基本ヨーロッパの建造物っていつでも工事してるし!」
トムの言葉に納得しかけるも、何気なく手元のデジカメでアップにしてみて目を疑う。
「いや、なんか首抱えてますけど……?」
「いーやー、こわいー」
S子を怯えさせて申し訳ないが、他の面々は寧ろ興味津々だった。
その後中に入った私達だが、騒ぎはしないが不謹慎極まりなかった。
吾桜「写真を撮るSちゃんを撮るー」
S子「やめろーと言いながら、Sちゃんは既に写真を撮る紫苑ちゃんを撮りまくっている!」
吾桜「げ」
なんてのは可愛い方で、
トム「あれって同じ題材のステンドグラスなのに後光が差してたり差してなかったりする!」
吾桜「いや、それ宗教違い」
Aちゃん「あ、でもめっちゃ通じるー」
トム「だろ! だから後光で問題無い!」
だの、
Aちゃん「ねー、これってさ、かーめー○ーめーは! みたいな?」
吾桜「ごふっ」
だのとまあ……日本語通じないのを良い事に言いたい放題だった。ちなみに、カ○ハメ波は美しい天使の彫像である。確かにポーズがそれっぽくて吹いた。Aちゃんは「わーい、紫苑ちゃんのツボに入ったー」と得意げだった。
更にそのあともうひとつ、サンミッシェル大聖堂へ向かった……のだが、ギリギリで時間切れ。既に扉は固く閉ざされいた。残念だったが、大聖堂前の広場が綺麗だったのでしばし滞在。街並みの写真を撮ったりしてまったりしていたのだが……妙なもの発見。
「……ええと、アレ何?」
尋ねる私の視線の先には、短い竹馬(しかもスプリングばっちり)を装備したお兄さん。一応まだ3月なのにノースリーブのシャツ1枚に短パンである。
トムの答えはシンプルだった。
「ん? フランス人!」
「え、それで良いの」
「フランス人に一定数見かける変な人!」
説明が追加された。そうかフランス人ってそんななのか、と吾桜達4名に若干歪んだイメージが植え付けられた瞬間であった。
その後デパ地下なスーパーへ案内された。こちらでは余所で買い物した場合、その袋を入口でビニールに入れ、備え付けの道具で密封する。万引きと見分けるためだそうだが、ちょっと面倒だ。
海外に行ったら是非スーパーは行っておきたい。生活の違いというか、似てるようで違う感覚が分かりやすくてとても面白いのだ。買わずとも楽しく、私達も全員興味津々で、気を抜くとはぐれかけていた。集団行動の取れない5人である。
ちなみに吾桜はよさげなオリーブオイルを買ったのだが……ワインにオリーブオイルと、完全に酒飲みなお土産である。両親が酒飲みだから当然と言えば当然だが。
そして気になったフランススーパー事情だが……
「ねー、こっちって商品落とすのフツーなんだね……」
「日本じゃ大騒ぎで店員呼ぶけど、ノーリアクションだもんね、みんな」
……とちょっと驚きの雑さだった。床の上にぐしゃっと商品が落ちているのが割と頻繁なのである。足元注意。
ちなみに落とした人もスルーなんだがどうするんだと疑問を持ったが、でっかい掃除カーのようなものが周回していた。常に落とされる事前提の構えか。
何ともざっp……おおらかなフランス人を眺め、私達は1度ホテルへ戻った。荷物を置き、手荷物も軽くして——
「いざ、移動遊園地へ!」
——恐怖の遊園地へ連行されるのだった。
ネオンサイン眩いキラッキラの移動遊園地。何故かこいつ、夜にしか営業しない。
「ゆーえんちって、昼に開かない……?」
「んー、こっち金曜日は会社も学校も割と早く終わるし、何かそんな感じなんだー」
週末は早く終わる法則、こっちでは土曜ではなく金曜に発動する模様。いいのか。
さて遊園地だが、入口は完全にお祭りであった。お菓子や軽食、綿飴などなど……って綿飴に色がある……。
「キウイ味見た目が怖い……」
「あ紫苑、このpommeって何かな?」
「あーリンゴ。……青か」
N嬢の質問にお答え。多少大学で学んだフランス語が発揮された数少ない瞬間である。
なんてやっている間に、トムとS子がいつの間にか甘味をゲットしていた。
「これがヌテラだ!!」
「わーい、Sちゃん食べてみたかったのー」
テンションの高いトムと嬉しそうなS子の持つ甘味。トムのは揚げドーナツ的な代物で、S子のはワッフル……に、ヌテラというヘーゼルナッツクリームが塗ったくられ、更に粉砂糖まで盛大に振りかけられた代物だった。
「一口もらって良いー?」
「はいどーぞ」
気前よく差し出されたので、遠慮なくぱくり。おお、なかなかに美味しい。
美味しいのだが……大きい。顔より大きくなかろうか、これ。そして、一口なら美味しいのだが、この大きさを食べきるには少々、甘い。
「寧ろ分けて食べること前提だから、みんな食べてね!」
S子も気前よくなるはずであった。
そして気になったのは、出店の人形達である。一番気にしていたのは、ネズミの国大好きのAちゃん。
「ねートムー、あの猫ちゃんとかってさー、認可」
「絶対下りてないと思うっ!」
「あのどーぶつたちも?」
「うん多分!」
みなまで聞かず即答だった。……いいのだろうか。
(どうでもいいが、猫はディズニーではなく、日本全国格好の違うあの子である。吾桜が一緒くたに取り扱ってるだけなので気になさらず)
ちなみに、何故かパチンコもあった。日本の進出度……。
吾桜は帰り際に夕飯代わりのケバブサンドをN嬢と買った。5ユーロしたがやはりでかい。しかも……
「あの……これ、ポテトメイン……?」
N嬢の注文したパンに挟まれたケバブは、ポテトに埋もれてよく見えなかった。吾桜は薄い生地でロールされるタイプで、こっちは包み紙の大きさや形状的にあまりポテトが入らずほっとした……のも束の間。
「わー、ポテト生えてるー」
「これ絶対一緒に巻かれてるんですけど……え、ケバブサンドってそういうものだっけ」
……単に巻き込まれていて見えないだけだった。量はこっちの方が多かった気がする。
幸い、我がグループにはポテト大好きっ子なAちゃんとS子がいるので、N嬢はAちゃんが、吾桜はS子がポテトを食べてくれた。S子は特にワッフルが効いていたらしく、塩辛さを喜んでいた。
さて、肝心の絶叫系である。
遠くからでもくっきり聞こえる悲鳴なだけはあり、
吾桜「いや、カップが回転するのは分かるけど土台が45度以上傾くのは分からん!」
N嬢「おお、楽しそう!」
なんて素敵なコーヒーカップ絶叫モードが存在したり、
S子「いーやー、回転しながら一回転してる……というか近い近い、風圧感じる!」
Aちゃん「わー、あれ乗ってみたい」
柵なんて何の意味があるのかと言わんばかりに見物者の直ぐ上を通過して一回転する(しかも座席もぐるぐる回る)代物が存在したり、
Aちゃん「あれ、回るブランコの奴って金属棒下ろしただけー見たいな、あんなちゃちい安全管理だっけ……?」
吾桜「係の人見てないしな!」
ブランコでは、回転中に前後の乗客が足を伸ばしてくっついたり離れたりしてゆらゆら揺れても係の人興味無しだったり。少年よ、その揺れ度合いだと直ぐ側のトラックに足当たりかねないぞ……?
……そう。アトラクションは、妙に回転速度が速い上に互いが近く、結構すれっすれを通り抜ける恐怖仕様だった。
最も怖かったのは、ワイヤー(というか強化ゴム)で固定された球形の座席が、ぶんぶん上下していたものだろう。ワイヤーだから、斜めに打ち上げられてたりするし、座席回転してるし。なかなか揺れが収まらず降りられないし。怖。
AちゃんとN嬢は何故か物凄く乗りたがっていた。吾桜とS子は全力で首を横に振り、「乗るならその勇姿を写真に収めます!」と宣言した。残念そうな顔をして引き下がった。乗りたかったらしい、理解不能。
前に来たらしいトムはそんな私達にやたら楽しげにしていた。フランス慣れして感覚がずれている気がしてならないのが多少心配である。
後気になったものといえば。
S子「うわー、あれバイキングみたいにぶんぶん振るジェットコースターだよね」
吾桜「あー、吊り上げて離すやつ……吊り上げられて行くの怖。しかも高い……」
という、まあありそうなアトラクションだ。係員さんはよそ見で珈琲飲んでたが。
問題は、装飾である。
吾桜「……で、何故に「BANZAI」?」
トム「さあ?」
バックにはでかでかとBANZAIと書かれていたのだ。そこは日本らしい。
しかもだ。
Aちゃん「ねえあれ、零戦じゃない?」
N嬢「うん、だね」
BANZAIが書かれていたバックには、旧日本兵と零戦まで書かれていた。
吾桜「日本の印象が気になる件」
Aちゃん「ニンジャ、オタク、サムライでしょ?」
吾桜「いやそうなんだけど、なに、カミカゼってか?」
フランス人の日本へのイメージがこんな物騒なアトラクションとは、ちょっと反論させていただきたい所だった。
さて、そんな見てるだけで(吾桜とS子の)悲鳴が漏れるアトラクションの数々を眺めてきた私達だが、たった1つだけ乗ったものがある。
そう、観覧車である。
……遠くから見て明らかに動きが尋常ではなかったこの観覧車、他にも尋常じゃない要素満載だった。
まず、座席がゴンドラなんて立派なものではない。屋根付きコーヒーカップの如き形状で、素晴らしい見晴らしの良さである。ガラスなんてない。
コーヒーカップに例えたのは、座席が回るからである。カップと同じように、中央の手すりを回すと回転する。
そしてやはり速い。どのくらいって、日本のように動かしたまま乗り込めないレベルで速い。となるとどうやって乗るかと言えば……わざわざ止まるのである。
文章では伝えきれない恐怖の観覧車。以前観覧車でちょっとした経緯のせいで小さな恐怖が残っていた吾桜は断固乗車拒否しようとしたが……
トム「乗る人ー」
S子、Aちゃん、N嬢「はーい」
吾桜「…………」
……外国の直中、それも夜に1人所在なげに突っ立つ危険を侵す程無防備ではない。よって吾桜も渋々乗車したのだった。くっ、これに5ユーロ……。
「なんだかあれだね、Sちゃんも怖いんだけど、自分よりも怖がってる人を見ると余裕が出る法則!」
「やかましい」
S子にまでそんな事を言われつつ、「止まった」観覧車に渋々乗り込む。5人とも乗り込めたのは良いものの……軋んでいるんだが。
「あ、出入り口ってこんなテキトーな感じなんだ」
とAちゃん。言葉通り、押し開いて中に入る形式の金属(楕円形)は固定すらされていない。一応軽く押しても開かないくらいには固いものの……
ないわーときっちりツッコミは入れつつ、座席背後の唯一しっかり固定されていそうな金属バーを左手で握りしめた。私との形勢逆転が嬉しいらしいS子に右手を握られた。
「……S子、励ますつもりでしがみつく場所探してるね?」
「あはは、紫苑ちゃんの手握る力が強くなっていくー!」
……びびっている時点で反撃の余地はなかった。いやS子も実は相当びびっていたのだが、度合いの差で負けた。悔しかったので握り返す力も結構強かったことを書いておく。
そして動き出す観覧車。地上が、地上が遠ざかる速度が早……視界が回った!
「こらそこ回すな!」
「えー、やっぱ回さなきゃダメでしょ」
乗る前から楽しげだったAちゃんとN嬢による座席回転。いや、やると思ったよ。「あれ回さないでよ」って頼んだら「フリだね?」とイキイキしていたからな。
ドSモード発動する友人を睨むも、楽しそうな笑顔で写真撮られただけだった。畜生。
さて、あっという間に真上へ。日本のようにカップルで乗るには少々余韻不足だろう。唯一良かったのは、移動遊園地のライトや観光地のライトアップといった光景が大層美しかった事だろうか。じっくり眺めるには多分に余裕がなかったが。
「ほらほら紫苑ちゃん、きれーだよー!」
と怖がってるのを承知の上でそういう事を言うのは、我が面子最もSっ気の強いAちゃんである。ちなみに、多分次点は私だ。S子は弄り倒される側であり、N嬢とトムは無関心という名の傍観者である。S子に救い無し。
「あーそーですね!」
「あはははは」
……まあ、この状況ではそんな力関係は意味無かったが。楽しそうだな、お前ら。
さて、あっという間に1周……止まらない。
「2周目行くパターンですかそうですか!」
2周目も止まらなかった。
「もういーやー……」
「あはは、ねー紫苑ちゃん、お隣のちっちゃい子が凄く温い目で見てるよー?」
Aちゃんよ、追い打ちは止めい。
実際に超笑顔だったお隣の子供を見て、こうやってフランス人の神経はおかしくなっていくのだなと思った。
そしてお待ちかね、乗り降りのための停止タイム。……私達の前で乗った人の為の。
真上で止まった。嗚呼、風が吹き抜けていく。
「マジで止まるか、それも真上かい……」
文句は言っても吾桜も慣れてきていたので、止まってる時がチャンスとS子の手を外して写真撮影を行う。しかし左手のバーは絶対に手放さず、背後に広がる夜景を収めた。
「紫苑ちゃんとSちゃん写真撮ったー? じゃあ私達も撮りたいから撮りやすいよう回すねー」
座席を回された。それはまだ怖いのだが、まあ分かっててやってるのである。
ようやく動き出した観覧車は、一瞬の危惧は懸念に終わり、半周で止まってくれた。……そういえば、さっき乗った人は初めて真上に辿り着くなり早々に停止か。
「ほら紫苑、最初に下りなよ」
「いや良いから、普通におりやすい順番で良いからさっさと下りろ」
わざと気を使う友人達にぴしゃりと言い返し、観覧車を降りる。清々したと息を吐く私に、笑いながらAちゃん。
「良かったねー、紫苑ちゃんが下りる前にまた動き出さなくて。1人でもう1回?」
……流石にそうなったら泣く。
その後ケバブを食べた私達はしばらくだべり、時間も時間だしとホテルへ戻る。思えば、この日が一番夜遅くまで外にいた。確か帰還22時。地元に慣れてる人がいるから可能な時間である。
「明日も迎えにくるよー、見送りするー」
「ありがとー」
トムの気遣いに感謝しつつ、部屋へ。明日直ぐに出られるよう荷物をある程度纏めつつ、またも自由の女神状態でシャワーを浴びて、私達はボルドー最後の夜を眠った。