3/6 日本出発〜ボルドー
朝6:10、空港集合。
……夜行性の私には地獄に近い時間だった。幸いN嬢のご両親が車で拾ってくださった為案外ギリギリまで眠っていたのだが、それでも眠い。
空港では、Aちゃんとお母様、N嬢とご両親、S子、私が集まった。S子はお母様に電車の駅まで送ってもらい、空港直通線でやってきたらしい。……出発の瞬間まで熟睡していた母の薄情さは流石である。
さておき、まずはツアーデスクでチケットをもらう。申込者である吾桜が代表して飛行機や列車のチケット、バスツアーとホテルのバウチャーを受け取ったのだが……妙に説明が長い。必要事項ではあったのだが、とにかく長い。
だが流石の友人達、AちゃんやN嬢のご両親達と話に花が咲いていたらしく全くこちらを気にしない。唯一Aちゃんだけが途中で顔を出してくれて付き合ってくれたのだが……まあ、団体客だしそんなものだろうか(棒)。
そしてようやく説明が終わり、国経営とも言える飛行機会社の手荷物預けに並ぶ。手荷物検査を受けている途中、警備の人がばたばたとこちらに駆けつけてきた。何事。
警備の人達は私達……の直ぐ側にいた外国人客の荷物を検査。エアクッションにぐるんぐるんに包まれている細長いのは……え、模造刀!?
「あー……そりゃー持って帰りたいよねー」
「まあ、好きな人は是非って感じだね。でもそりゃー検査には引っかかるわ」
とAちゃんに相槌を打ちつつ、模造刀なんて初めて見たなーと眺めていた。最後まで見届けた訳ではないが、一通り説明を受けて特別荷物扱いとなったようだ。
その後、荷物を預ける。荷物の重量は、AちゃんとS子は20キロ未満、吾桜とN嬢は21キロくらいだった。ちなみに、荷物は23キロを超えると追加料金を取られる。
「あれ、紫苑ちゃん何でそんなに多いの? 意外」
とAちゃん。自慢ではないが、荷物の少なさは相当なものである。それなのにこんなに重いのは、
「向こうでは無駄に高い飲料水。直ぐに買えるとも限らんし、みんなとシェア用に2Lペット2本」
のせいである。
友人達は一斉に「あら意外と心配性」な顔をした。神経質な人間は1人もいなかったらしい。数名微妙なので気遣ったつもりでもあったのだが、不要だった模様。
まあ喜ばれもしたし、あって損はないので良いのである。
「でもそれ、列車移動の時おもそーだね。頑張れ☆」
楽しそうなAちゃんのツッコミが入った。
…………まあ、あって損はない、と思う事にする。
かくして親御さん方のお見送りの中、私達は出発した。1度国内の国際空港で乗り継ぎ、出国審査を通って国際線へ。ここで当然待ち時間発生。確か2時間程だっただろうか。
そうなればやはり久々に出会う仲良し4人組、会わぬ間の事などで話に花が咲く……なんて事にはなりはしないのが私達クオリティ。
ぽつぽつとどーでも良い会話や謎の写真撮影はあるものの、基本好き好きにスマホを弄ってみたりぼーっとしてみたり。個人主義バンザイ。
偶に口を開いたと思えば、
「あっちの自販機、空港なのに街中と同じ値段で売ってくれてたー」
「お、凄い」
「空港価格から免税したら街中と同じかー」
「いや、自販機まで免税されるのか……?」
なんてどーでも良い会話である。近況報告どこ行った。
そんな自由すぎる待ち時間の後、いよいよパリ行きの飛行機搭乗。13時間の旅である。
機内は映画が見られるのだが、私はあまり映画を見ない。よって明かりが消えたら潔く寝る一択だったのだが、隣に座るAちゃんは映画好き。さぞかし色々見倒すのだろーなーと思いきや……
まさかの○イマックスエンドレスリピート。
「それって確か引きこもり少年とふわふわロボットのハートウォーミング物語だっけ」
「うん、CMだけ見てると印象はそーなる」
なんて言いながら横から音無しで見ていたが……成る程。CMは詐欺である。寧ろ戦隊モノ(笑)だった。
まあ、ツッコミどころ多くて面白かったのだが……Aちゃんよ、何故延々と同じモノばかり見続けるのだ。日本語にしたり英語にしたりしてる? いやそうではなく。
……珍しく飛行機あまり眠れなかった吾桜だが、目が覚める度にベイマック○のシーンを目にした事をここに明記しておこうと思う。
そして長い長い旅路の後、辿り着きましたパリはシャルルドゴール空港。
……空港、それも飛行機との連絡通路なんてどこも似たよーなものなので、そこまで感慨は無かったが。
それは友人達も同じだったようだが、以前イギリスに行った事のあるAちゃんと私は少し思う所があった。
それは、
「わー、パリはトイレ綺麗!」
「おお珍しい。S子N嬢、これをスタンダードと思っちゃダメ絶対」
公共トイレの美しさだった。
「……ええと、そんなに汚いの?」
というS子の尤もと言える疑問は、
「うん、ヒースロー空港ほんっとうに汚かった」
と異口同音に肯定したのだった。いや、本当に汚かったのである。有料のくせに。
さてさて、無事パリに着いた訳だが、空の旅はまだ続く。まずはトムの元へという事で、私達の最初の目的地はボルドーなのだ。パリから飛行機で約1時間。
シャルルドゴール空港の広々とした光景を楽しみつつ、「やっぱりフランス後わからなーい」と危険な事をほざきつつ、やっぱり思い思いに待ち時間を過ごした時、思った事。
「……ねえ、暑くない?」
「うん、日差しが暑い」
フランスは異様に暖かかったのである。それはもう、冬終盤装備の私達が汗ばむレベルで。あれ、緯度……。
南に位置するボルドーが更に暑いと私達が知るまで、あと1時間。
そしてやってきましたフランスはボルドー。ボルドーと言えば、ワイン。
ボルドー空港の荷物受取所のベルトコンベア中央には、特大ワインボトルがででんと鎮座していたのだった。
「おー、ボルドーだー」
今度はボルドーに着いた実感を持った私達だった。
荷物を受け取ってみて、苦笑。いや、予想はしていたのだが……
「うっわ、べっこべこじゃん」
……私のスーツケースは、早くも両面凹んでいた。
「いや紫苑ちゃん、そんなもんだって」
「そうそう、だって海外旅行だし」
「……まあそうなんだけどさ」
そう言うAちゃんとN嬢のスーツケースは無事。にこにこ「ドンマイ」と言ったS子のスーツケースも無事だった。Aちゃんは保護カバー被せていたとは言うものの……
……まあ、私の運の悪さは今更である。
「私のはまだ無事ー」
「私もー、よかったー」
とそんな私の目の前で友人達は無事を喜んでいるが、まあ、今更である。
さて、荷物も受け取り到着ロビーに辿り着いた私達だったが……トムがいない。
「あれ、まだ着いてなかったか。連絡……」
「トム今スマホ故障中みたいなんだよねー、連絡とれるかなあ?」
「……そういえばそんな事呟いていたか」
Aちゃんの言葉に思いだした。そうだ、そんなぼやきには覚えがあった。
だが海外まっ直中夜8時、待ち合わせで連絡取れずって……
「ま、そのうち来るか」
「うん、待ってよー」
……全く動じずに待機する私達がいましたとさ。何故って? 大体がスマホ持ってても連絡来た事に気付かない奴がいたりする(無論私も含)し、私とトムは高校時代携帯を持っていなかったので、誰も彼も互いの連絡が取れない事に慣れきっているからである。
幸い、5分と待たずトムは現れ、何も変わらない様子で元気よく手を振って近寄ってきた。再会を喜び合い、トムはにこやかにこう言った。
「こんなド田舎へはるばるようこそ! みんな大きな荷物だね! ここからバスだから頑張って! バスはスポーツだから!」
……すまん、意味が分からん。
「え、スポーツ?」
「うん、スポーツ! まあ乗れば分かる!」
元気よくそう言って、トムは私達を促してバス停へ。曰く、時間通り来るバスなんて存在しないらしい。トムもバスが20分遅れてしまい、こちらの到着に間に合わなかったそうだ。海外仕様ですね、分かります。
トムの指示に従って回数券を買う。ヨーロッパでは、ほとんどの地域でバス・地下鉄・路面電車(トラムと呼ばれている)が共通の回数券で利用出来る。日本のようにいちいち定期が違うなんて事は無いのだ。なんて羨ましい。
そして、回数券を複数人で使える。つまり、5人で10回分買えば、2回全員乗れるのだ。大層安上がりである。
「取り敢えず10回分買ってー」
「10? 少なくない?」
日にち限定でもないようだし、明日の観光も考えてもう少し多いもので良いのでは……と尋ねると、トムはあっけらかんと言った。
「平気平気。どうせトラムは無賃出来るから」
あんまりつるっと言われたせいで、ちょっと日本語が理解出来なかった。
「? むちん?」
何かのサービスかと思って聞き返すと、あっけらかんともう1度。
「うん、無賃乗車」
「…………はい???」
疑問符が旅行者組の頭上に舞った。
「まー取り敢えずそれは後で、バス乗るよー」
さらっと軽犯罪発言が後回しにされ、私達は段差の景気よい階段から苦労して乗り込み(当然荷物入れなどない)、後ろの席を確保した。こっちは電車のように、バスも向かい合える席があったのでそこに座る。
「あ、紫苑、後ろ向きはマズイかも」
「え」
別にそこまで酔わないからいーやと座った私にトムの警告。ちょっと嫌な予感がしたが、スーツケースが綺麗に収まった半トラップ状態から抜け出すのも面倒だったので、取り敢えずそのまま乗ってみることにした。
バス内にて、乗る前にトムから素敵なお菓子入り袋をもらっていたS子が袋を開いて全員に配った。見慣れないカップケーキのような代物。
「フランス名物カヌレだよカヌレ! 私これ大好き!」
トムの説明。あまり説明になってない気もするが、要するにこっちのお菓子らしい。
(一応注釈しておくとカヌレは日本でも売っているらしい。私は知らなかったが、この機会に探してみて欲しい)
食べた感じは、某有名ドーナツ店のライオンが目印なドーナツの密度アップ、だろうか。そして甘い。
「美味しいねー、甘いけど」
「でしょー、甘いんだけど」
感想はこれ一色だったが、全員結構嬉しそうにぱくついていた。ちなみにそのカヌレ、
「有名なお店とか発祥のお店とかいっぱいあるけど高いから! これスーパーで買ったお徳用!」
である。確か、12個も入って500円もしなかった記憶がある。余った分は今後の補助食にと、S子が大事そうに保持していた。
「みんな、言ってくれないと私が全部食べちゃうからね!」
……うん、欲しくなったら言うよ。
そして、バス出発。直ぐにスポーツの意味が分かった。
「……速い」
速いというか、荒い。なんというか、発進停車、カーブが雑なのだ。
「うん、こっちって運転超荒いんだよねー。そしてバス停で止まらない」
「は?」
「前に1回ちゃんとバス停で待ってたのに、止まらずスルーされたことあるんだーあはは。思いっきり手を振らないとダメなんだよ」
「自己主張全力ー?」
Aちゃんの言葉にトムが速攻肯定した。そうか、そういう感じなのか。
「後、下りる人のせいなのかバス停手前で止まって下ろしたら、日本ならバス停前に止まり直すじゃん? こっちはそんなのあり得ないから、普通にスルーだから」
元気良い説明に感心。所変われば常識も変わるのである。というか、日本程サービスの良い国が珍しいまである。
だが、問題はそのバスの運転の荒さである。
「…………」
「うん紫苑、止まってる今のうちにこっちおいで」
トムの提案に素直に従った。後ろ向きでこの運転の荒さは、マジでヤバイ。
「トムの言葉に物凄く納得した」
「でしょー」
笑いながら頷いたトムと何気なく外を見ると、黒人の若者達が遊んでいた。夜に男の子達が遊んでいるのはどこも同じだろうが、日本と違ってどこも店が閉まって暗いせいでちょっぴりアウトローな香り。偏見である。
とその時、若者達は私達に気が付いたらしい。ボルドーという片田舎で黒髪黒目の東洋人集団が珍しかったのか興味津々だった彼等は、挨拶のつもりか揃いも揃って両手を合わせて拝んでいた。
……ナニカが激しく違う。
さてそんなバス旅を終えて辿り着いたのは、大きな広場。ここからトラムに乗り換えてホテルへ向かうらしい。どうも、トラムのいろんな線が集まった駅らしい。
だが、メンバーの注目は1点に集まっていた。
「わートムちゃん、あれなにー?」
S子の代表とも言える問いかけは、駅から道路挟んだ反対側に広がるネオンライトの海に向けられていた。ライトの正体は大体が絶叫マシンだった。遊園地のようだが、祭のような出店も沢山ある。
トムは楽しそうに笑って答える。
「うん、あれ移動遊園地! 丁度来てくれてたんだ。良かった、あれがないとどこ連れて行って良いか分からない所だった!」
……実際のボルドーは見る所沢山あったのでトムの誤解なのだが。どうも彼女の中のボルドーは、「ド田舎」で固定されている模様。
いや、そんな事は良いのである。今は目の前の移動遊園地だ。
「あー私聞いた事ある1 へー、あれが移動遊園地……」
ブログか何かで聞いた事のある私は、頷きながら興味津々眺めたのだが……違和感に気付く。
観覧車…………妙に速くないか?
「あれ、観覧車ってあんなにはっきり動いてるの分かるっけ」
「いや、日本のは遠くからだと動いているかいないかじっと見ないと分からない位だよ」
「……なんかくるっくる回ってるね」
他の方々の印象も同じだった模様。そしてさらに、
「いや、てか他のも怖くない!? Sちゃんやだよあれ!」
S子の言う通り、他の絶叫系も見るからに無駄にスリリングであった。遠くからでも分かるレベルで、である。
「そうそう、めっちゃ怖いよー。今日この後か明日絶対行こう! 楽しいから!」
トムの返事はこれだった。いや、乗りたくないぞ……?
何せ、そこそこの距離にも関わらずフランス人達の盛大な悲鳴がくっきりはっきり聞こえるのだ。怖い。
だがAちゃんとN嬢は興味津々だったので、おそらく行く事になるのだろう。マジか……。
基本遊園地は怖がりながら乗って同乗者達を面白がらせる吾桜としては、ちょっと遠い目であった。
さて、やっと来ましたトラム。乗り込むと、日本の乗車券が出てくるような機械があって、これに回数券(カード型)を差し込むとガシャリと言う音と共に日時が印字され、この時間に乗った証明となるらしい。5人分なら5回同じ事を行う。
……監視0なので、確かにバックレる事は可能な模様。
「これ、偶にオフィサーさんが乗り込んできて回数券チェック、もし印字がないとその場で降ろされて罰金なんだ」
それはやっぱり無賃はマズイのではなかろうか。
「今日は金曜でしょ? この時間でしょ? あーもう絶対来ない! こんな時間にフランス人が働きたがる訳がない! 絶対いないから大丈夫!」
思いっきりきっぱりと言い切られてしまった。良いのかフランス人。いや、日本の役人も自分から仕事を増やす真似は絶対にしないものの……。
「フランスは大体の地域が無賃し放題だから! あーみんなはパリしか行かないのか、パリは流石に厳しいのかなー? 分からん!」
……安心してくれ。流石に慣れない土地で無賃乗車する程には私達は図太くない。
かくしてホテルに辿り着いた。黒人のおにーさんにパスポートを渡し、幾つか必要事項を書き込んでチェックイン。この辺りは日本と同じである。
一旦荷物を置いて再びロビーに集合した私達は、明日の集合時間だけ決めて解散となった。
「どーせ早くに起きてもどっこも開いてないから! 多分君達の旅の中で1番のんびり出来るから、ゆっくり寝てね!」
旅行予定に笑ったトムはそう言って、自分の寮へと戻っていった。
ところで気になる事が1つ。エレベーターである。
乗り込むと、ボタンを押したはずのエレベーターは、何故かボタンが点灯しなかった。そして、ドアが閉じても数秒間動かなかった。
がったん。
人を不安にする絶妙な間を置いたエレベーターは、1度大きく揺れて動き出した。その後大層ゆっくりと昇り(動いているのか不安になるのは勿論だ)、またもがったんと揺れて止まるのだ。そしてまたまた絶妙な間を置いてドアが開く。
……壊れかけじゃあるまいな。
些か不安になったが、よもやフランスのエレベーターがどれもこれもこんなもんだとは思わなかった当時の私達は不安を取り敢えず棚に上げた。何だかんだ言って疲れていたのである。
というか、だ。吾桜は、やたら疲れていた。
出発前のニュースに無駄に神経張ってたのか、単に飛行機での眠りが悪かったのか。おそらく後者に違いないが、ともかく部屋に着いた時点でもうくたくただった。ああもうシャワーなんて明日で良い、ベッドしか目に入らない。
「流石に着替えて歯磨くくらいはした方が良いよー」
「ですよねー……」
同室となったAちゃん(こちらのホテルは2人1部屋が基本、狭い)の忠告に従い、なんとか荷解きと着替えと歯磨きを終え、ベッドに倒れ込む。
シャワーはAちゃんに譲った。ちなみにこのシャワー、トイレと一体型なのは勿論、バスタブなんて高等なモノは無かった。と言うか、段差すらない一画にカーテン引かれてるだけだった。……せめて段差は欲しいと思った、水が飛ぶから。
そんなシャワーを浴びたAちゃん、ベッドに潜り込んで半ば眠っている私に初フランスのシャワー使用感想報告。
「なんかねー、シャワーヘッドが固定されてないからずっと自由の女神状態だったー」
……自由の女神?
疑問には思ったものの、テキトーな相槌を打つ元気しか無かった私は、そのまま眠りに就き、ヨーロッパ初日を終えたのだった。