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僕らの特別  作者: 壬生一葉
落ちるまでの、七日間
8/31

【1】

『椎木、頼む』


椎木奏大がそんなメールを受け取ったのは、金曜の午後の事。高校、大学が同じだった悪友の高嶋から数ヶ月ぶりのメールだった。タイトルからして切羽詰まった雰囲気を読み取った椎木は、口に煙草を咥えたままメールの本文に目を通す。

大した内容ではない其れを読み終えた椎木は、やっと煙草に火を点けて、返信をするでもなく携帯をジャケットのポケットに仕舞い込んだ。


喫煙スポットに身を寄せていた椎木は、喫煙者は肩身が狭いよな等と思いながらも長年の嗜好を止められずに居るのだった。


暫く紫煙を燻らしていた椎木だったが、小さな振動に気付き幾分小さくなった煙草を揉み消した。アクリル板で囲まれた喫煙ルームを出ると同時にポケットの中から振動の根源を取り出す。

「もしもし」

『椎木、お前絶対さっきのメール読んだよな? で敢えて返事してこないんだよな。だろうと思って、電話させて貰ったわ』

電話の相手は、先程のメールの送信者の高嶋と言う男だった。

高嶋のその台詞に椎木は小さく笑う。

「解ってんなら最初から電話してこいよ。手間の多い奴だな」

『仕事中なの解ってっから遠慮したんだろーがっ』

懐かしい友人との遣り取りに、椎木は目を細めながら次の営業先へと足を進める。


『で、今晩予定空いてる?』

「空いてる、けど、何が楽しくて大学生との飲み会に参加しなくちゃいけない訳? 俺十分に三十路なんだけどな」

『俺もガチで三十路だわ』


高嶋からのメールの内容はこうだった。


今夜大学生との合コンが有るが、急遽一人欠員が出た。なので参加求む! と。


「つーか大学生とか、一回り違うんだぜ? ねーわ」

『いや九歳だ』

「どーでも良いわ」


電話の向こうで高嶋が吠えているが、知った事ではない。中性的な顔立ちに似合わず実の所冷淡な椎木は通話を強制終了すべく、画面に親指を伸ばした。


『向こう三回、飲み代は俺が持つ!』


聞こえてきた提案に椎木は口角を上げ、合コンの詳細を話すよう高嶋に促した。




  ◇




合コンの始まり、簡単に自己紹介が終わると椎木は女の子達の視線を一挙に集めた。この飲み会を企画した高嶋の会社の後輩である佐々木は、小さな声で高嶋を非難した。

「先輩っ何であんなイイ男連れてくるんですかっ! 年齢差し引いても俺ら凡人勝てるとこ何も無いっスよ!」

「誰でも良いから連れて来いって言ったのはお前だろうがっ! 俺だってアイツに声掛けたのは最終手段だったよっ!!」


居酒屋の半個室の部屋で十人の人間が、思い思いのアルコールを摂取している。椎木は女の子達の興味本位の質問にも笑顔で答え、隣に座った高嶋の後輩である男性にも食事を勧めたりと卒が無い。


「すみませーんっ!」


個室に設置された呼び出しボタンは上座に設置されていた為、下座に座っていた女が天井から吊るされている暖簾の様な布を開き、店員が行き来している通路に顔を出し声を張り上げた。その余りの声の大きさに吃驚した椎木達は、同席するその彼女に目を向ける。


「アセロラサワーと、豆腐サラダ」


彼女は店員に注文をし終えると又、自分の前にある食事に手を付け始めた。が、先程まで賑やかだった筈の席が静まり返っている事に気付き、箸を手にしたまま顔を上げ周囲を見遣る。


「あ、ごめんなさい」


髪を後ろで一束に結って、化粧っ気が少ない顔にセルフレームの眼鏡、その女は余り悪びれた様子もなく口だけで謝罪した。幹事の子が「もー吃驚したじゃーん」と取り繕うように笑う。

まるでその女だけ、別空間に存在するみたいに椎木以外の人間が先程までの会話に戻っていった。


椎木、だけはその異空間の彼女を見ていた。


自分の様に人数合わせの為に呼ばれたであろう彼女。お世辞にも可愛らしい様相とは言い難い。重そうな前髪は眼鏡に迄掛かっている。白のカットソーに緑色のカーディガン、目新しさは無い。

けれども、ありのままの姿で、決して見栄を張らず、美味しそうに料理を口に運ぶ姿に椎木は好感を持った。いや、大いに興味も持った。


手近の女達が挙って椎木に声を掛けてくる。やはり椎木は其れを上手くかわしながら、一度席を立った。十分な時間を空けてから席に戻ると、案の定上座には椎木の友人である高嶋が座っていて、男性側の下座一個分つまり、『異空間の彼女』の前だけが空席だった。


椎木が彼女の前に腰を下ろしても彼女は顔を上げず、懸命に豆腐サラダを食している。

この子、名前何て言ってたかなと些か失礼な事を思いながら、椎木は飽きもせず彼女を見つめた。



サラダを綺麗に平らげ口元をおしぼりで拭いた後、彼女は満足したのか眦を下げ唇を結んだまま口角を上に上げた。


笑うと笑窪が出来る彼女を見て、椎木は自然と笑みが零れた。


「美味しかった? そのサラダ」

「っ!」


突然指が伸びてきて、その指が綺麗になったサラダプレートの傍でコツコツとテーブルを叩く。そして掛けられた声に女はやっと顔を上げた。

上座で女達の注目を浴びていた人物が、いつの間にか自分の前に居て笑顔の安売りをしているではないかと驚く。


「フラグとか立ててないんで、どうかあっちに戻って下さい」


思いがけない返答に椎木は目を丸くした。女は、イケメンはどんな顔でもイケメンなんだなとしみじみ痛感し、アセロラサワーのグラスに口を付ける。

覚えたてのアルコールは、女はそんなに得意ではない。ジュースの様な味わいのサワーを「此れは飲める」と又喉へと流す。その間、目の前の椎木はただただ笑みを浮かべ、やはり女を見続けた。

流石に居心地が悪くなった女は、訝しげに視線を上げ椎木に訴える。


「女子の視線が凄く刺さるので、私の前から退いて貰えませんか?」


椎木はもう笑うしかなかった。自分に対し、こんな態度を取る女はこの三十年において二度目だからだ。珍しい。珍獣だ。


「君、お名前は?」

「今の聞いてました? 其れに乾杯した後に自己紹介とかしましたよね。聞いてなかったんですか? 社会人として失礼ですよ」


確かに軽い自己紹介は有った。だが、彼女自身は名を名乗っていなかった。女性の幹事が簡単にこの子は誰々、隣は誰々と済ませてしまったのだ。椎木はその後直ぐ質問攻めにあってしまったし、覚えていないのは仕方のない事かもしれない。


「そうだね。ごめん。今度は忘れないから、名前教えてくれる? 俺は椎木。椎木奏大」


女は、無駄に笑顔を振りまくこの男がシギと言う名前である事は承知していたが、余りにも癪で

「はぁシギさんね」

と然も今、インプットしたとばかりの返事をした。


癪。何が癪。

女にとって、椎木は理想そのものの容姿である事が癪だったのだ。



「井上です」

「井上、ナニちゃん?」

「ちゃんて言う程でもないです」

「だって、二十歳でしょ? 三十のおっさんからすれば、ちゃんだよ。殆どの女の子がね」



三十だと言う椎木は、中性的な顔立ちで、夜だと言うのに皮脂一つ浮いてない爽やかさを振りまいている。外交用なのかもしれないが、口調も柔らかいし、嫌な所一つも見当たらない。言うなれば隙のない男だ。


「…千景。井上千景」

「チカゲちゃんかー。カッコイイね」


”可愛いね” と言わない辺りが憎たらしい。可愛いねと言われれば、何処が、と千景は思う。名前に”カゲ” 等と仄暗いものを匂わせる単語が入っているのに、白々しく可愛いと言われると寒気がするのだ。

椎木は、”カッコイイ” と言う。全く以て、いちいち千景のツボを突く男だ。彼の言動は、千景をドキドキとさせる反面、苛々も募らせた。



この男は喰えない男だと頭の中で警鐘が鳴り響くのに、椎木を意識しないでは居られなかった。



「そのフレーム、デュークのでしょ」

「!」


驚く千景を、椎木は満足げに見つめて彼女が頼んだアセロラサワーのグラスに手を伸ばした。

「カッコイイよね。俺も好きなんだ」

グラスの縁を持ち、くいっと傾けて残り僅かだった其れを飲み干してしまう。

「ジュース?」

空になったグラスを凝視しながら、小首を傾げる椎木。千景は彼の一連の動作を、瞬きすら惜しんで見つめていた。彼女の視線を心地の良いものとして受け止めながら、椎木はグラスを静かに置いて艶っぽく笑んだ。




「この後、二人で飲みに行かない?」








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