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僕らの特別  作者: 壬生一葉
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【1】

2014/09/22 文字訂正しました。。。




「碌でもないのね、上市(かみいち)って」


滝川紅緒(べにお)の一言に、周囲が凍りつく。言われた当人、上市理人(りひと)も例外ではない。


「…んか言ったか、滝川」


上市は手元のタブレットから顔を上げ、真正面に立ち上がるローパーテーションの向こう斜め前、紅緒を険しい目で見据えた。紅緒はその視線を感じていながらも、書類を捲る手を止めずパソコン画面との照合を行っている。


「異性との付き合いを面倒だなんて一言で片付けるなんてね」


更にそう言い募る紅緒はあくまでも仕事中の雑談のつもりの様だが、上市は米神をピクリと震わせた。彼等を取り巻く面々も、顔を少し俯かせながら二人の成り行きを見守っているのだった。




事の始まりは十分前に遡る。


何時もの如く残業に勤しむ株式会社西田商事の精鋭達は、小名木真(おなぎまこと)と言う男性社員の「あー、彼女の手料理が食べたい」の大きな独り言に依って、ぴりりとした空気から解放された。


西田商事は、鋼構造物工事業を請け負う小さな会社で社長と夫人を除くと、営業部員が三十歳の椎木奏大(しぎかなた)を筆頭に滝川と上市の三名。テントの縫製を行う技術部の小名木と杵淵優輝(きねぶちゆうき)の二名。営業事務から経理事務迄こなす事務員の藤井亜紀子のたった六名の社員である。社長も未だ五十になったばかりの若い会社だ。



小名木の彼女は栄養士だとかで料理上手であり、部内では有名だった。其れに茶々を入れたのが、同期の上市理人である。


「胃袋掴まれましたってか、目出たいなお前」

「大事だよ、美味い飯」

「ソウデスカ」


感情の籠らない言葉を返した理人に、後ろのデスクの島から小名木はローラーの付いた椅子を滑らせながら近付いた。


「そう言えば、この前合コンで知り合った子と別れちゃったんだって?」


上市はその話はしたくないと言う様に、小名木の肩を掌で押し返し自分から遠ざけるが、小名木は先程自分を馬鹿にされた事の意趣返しとばかりに「何で別れたの」、そんな下衆な質問を上市に投げ掛けた。

上市は特に気にした風でも無く

「”あたしの事本当に好きなの?” って…何か面倒臭くねぇ?」

そう答えたのだ。

「好きだって言ってあげれば良かったじゃない。良いなと思ったから付き合ったんでしょ」

「良いなと思っても、好きだった訳じゃねーから」


上市のその台詞を聞いた時、キーボードを叩く紅緒の指が僅かに強く弾かれたが、其れに気付く者は居なかった様だ。


苦笑いする小名木に同調する様に、彼の後輩である杵淵も”信じられない” と言う顔を覗かせる。


「好きだっつって何処が? とか訊かれんのも面倒。まーもー暫くは女、良いよ。面倒臭ぇ」

「面倒って」


相変わらず苦い顔で笑う小名木を横目に上市は、椅子の背に身体を預け話を続ける。


「残業してたら本当に仕事か、休日に会えないと浮気してんのかとか、携帯見せろとか…マジ面倒臭ぇ」

「面倒とか、言うかねお前は」


紅緒の右横に座るこの若い六人の内の年長者、椎木が、くつくつと笑いながら立ち上がり、必要な資料を見る為にキャビネットに向かって数歩歩く。


「嫌だねぇモテる男のその台詞」

「カナさんだって、暫く女は良いって言ってたじゃないですか」


椎木の言葉に反論したのは、上市だった。上市の記憶が正しければ、中性的な顔立ちをしてる割にクールでドライなこの先輩が、そんな台詞を吐いたのは一ヶ月程前だ。


「俺は手持ちの案件が忙しいからそう言っただけ。手が空き次第、喰うよ?」


綺麗に微笑む椎木は美人だが、吐いた言葉は酷い。その椎木を至極冷たい()で見るのは上市の隣に座る事務員、亜紀子で、椎木同様美しい顔を思いっきり歪めた。


そして、紅緒の「碌でもないのね、上市って」に繋がるのである。



「お前は男と付き合った事も無いくせに良く言ったな」

「付き合った事無いなんて誰発の情報よ」

「見た目」



紅緒は軽く舌打ちをしたが、上市と此れ以上やり合う気が無いのか視線を伏せた。伏せた視線の端にファイリングされた資料が目に付いたので、紅緒の気分は上昇する。

「あ、そう言えば、例の企画のアシスタント(・・・・・)、しっかり宜しくね」

紅緒が彼の目に留まる様に掲げたファイルを見たその男は、あからさまに眉間に皺を寄せた。


紅緒と上市の一騎打ちと言っても過言ではない社内コンペを紅緒が勝ち取り、取引先からゴーサインが出た。上市は歯噛みしつつ「了解」と答えるのを見た紅緒はほくそ笑んだ。


同期で有る紅緒と上市の成績争いは入社当時からスタートしている。紅緒は女性ならではの観点からアイデアを、上市は大胆な発想でアイデアを練り上げる。


紅緒と上市は、良きライバルであり良き友人だ―――――。






   ◇




「お疲れ」

「おぉ」


疲れ切った顔でビールジョッキを傾ける上市を密かに観察しながら、紅緒は掛けるべき言葉を探った。


日中、とある会社で行われたコンペで最終選考迄残ったにも関わらず、自分よりも経験豊富な人物に負けてしまった上市は「次は貰う」と社内では負けん気の強さを見せていた。だが、六年上市と苦楽を共にしてきた紅緒には解っていた。


上市が相当落ち込んでいる事を。



「アレさ、私は上市の方が好きだよ」

「…うん」



言葉少なの上市は又、ジョッキを煽る。紅緒が適当に頼んだ焼き鳥の盛り合わせやぼんじりの唐揚げは上市の好物だがどれにも箸を伸ばそうとしなかった。


「イケると思ったんだよ」

「うん。私も思ったよ」

「…何が足りなかった訳? あの人のって保守的じゃん」


コンペを企画した会社の人間が提案したテラスオーニングは、生地は良い物を使っていたが真新しさは何もない何処にでもあるような代物だった。けれど、上市がデザインした物は都内の一等地の商業施設に下げても見劣りする事が無い、加えて斬新さが光ったデザインだった。だが結果として、企画は通らなかった。


「…老舗の、プライドも有るって事なのかな」


今回の案件は、老舗の洋菓子店に下げるテラスオーニングだった。


「あんなの誰にでも企画出来るっつーの」


紅緒は、眉間に皺を寄せながら毒吐く上市を”しょうがないな” と言う顔で見つめた。彼のこんな乱暴な物言いは、自分にしか吐き出される事の無い言葉だと彼女は知っているのだ。自分に心を許し、この酒の席以外ではただただ負けず嫌いの上市である姿を崩さない。


「誰にでも出来るって事は上市にも出来た訳だ。だけど上市は其れを敢えてしなかった。あのデザインに自信が有ったからでしょ?」

「当たり前だろ」

視線を合わせようとはしない上市の気を引こうと紅緒は間を作り、彼が目線を上げたのを確認した後、口を開く。

「その壊れた自信は、又積み上げられるよね」

上市はほんの僅か開かれていた唇をきゅっと結び、上体を真っ直ぐに持って行く。紅緒は上市のその姿勢に満足気に微笑った。


「上市なら、出来るよね」


決して美人とは言い難い紅緒だが、普段こんな風に笑みを滲ませたりしないものだから、稀少価値の高いその表情に、上市の胸が一度大きく波打った。

又、六年もの間共に切磋琢磨してきた親友と言える彼女の言葉は、上市が自信を取り戻すには充分なものだ。



「よし、お前んちで飲み直しだ」

「おっけーおっけー。実は田舎から美味しい焼酎送ってきたんだよね。一人じゃ侘びしいと思ってたんだ」

「マジか」


美味しい焼酎の言葉に目を輝かせる上市を”ゲンキンな男” と呆れながらも、暗い顔を一掃してくれた事にホッとした紅緒だった。



   ――― 上市は、こうして笑っている方が良い




仕事をして、食事にお酒、互いの家を行き来し、勉強の為にと一緒にヨーロッパ旅行までした上市と紅緒。二人が余りにも一緒に居る時間が長いものだから仲を疑う同僚も居るが、二人は決して男女の仲ではない。


上市は椎木程ではないがそこそこモテる顔と性格で、紅緒が知る限り、上市がこの六年で彼女不在のインターバルは半年を越えない。強引な所も有るから、彼女に選ぶ女性はどちらかと言えば守りたくなるタイプの可愛らしい女性が多い。


紅緒はと言えば、お世辞にも美人や可愛い顔とは言えない。東北出身だからか色は白い、瞳は一重でつぶら。鼻も口も小ぶりな造りだ。身長が百六十八センチと女性の平均としては僅かに高い位で、痩せても太ってもいなくて他には此れと言って特徴は無い。

そして、異性との付き合いもほぼ無い。

ほぼ、と言うのも高校生の時に予備校で知り合った他校の生徒と付き合った事が有るだけだ。


けれど其れは、紅緒にとって良い思い出では無く、寧ろ葬り去りたい過去だった。

その男のせいで、紅緒は『恋愛』を遠ざけていたのは否めない。


”男なんて” そんな思いばかりが頭に在った紅緒。其れは何時しか”男になんか” に変わった。

負けたくなかった。女を見下す男になんか負けるもんかと自らを奮い立たせていた。



だから紅緒は、上市と張り合った。



負けたくない、と言う思いは今でも有る。けれど…上市を応援したい、その気持ちも嘘じゃない。




そして、上市の笑った顔が好きだなと言う気持ちも、もう誤魔化し切れない。







でも隠し通さなければならない。












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