6
さて、ここからは別に私達のマカオ観光について事細かに書こうとは思わない。取り立てて変わった事もない、普通のマカオ観光を楽しんだだけである。勿論旅費は全部私が立て替えたのだが。印象に残った点を列挙すれば、以下のような感じだ。
まず二日目にヴェネチアンホテルでエッグタルトを食ったが、これは予想よりも美味かった。タルトの中に濃厚な焼きプリンが入っているような感じだ。しかしアイスコーヒーが日本の缶コーヒーより甘く、これには正直閉口した。その後ホテルの屋外プールで泳ぎ、プールサイドでは寝椅子で寝転びながらトロピカルジュースを飲み、だらしない腹を二つ晒した。その後街へ出て、マカオタワーのてっぺんから決死の思いでバンジージャンプし、その後近くの料理屋でやりきった爽快感を噛み締めながら、ポルトガル料理を食った。美味かったが、カレーに丸々一匹乗った蟹が食いづらかった。その後夜になり、男性用サウナに行った。そこで見たものはもはや異次元世界だった。私達が風呂に入ったり、寝椅子で寛ぎながら食べ放題飲み放題の軽食をつまみ、マッサージなどを受けたりしていると、40分に一回程度ショータイムが始まる。それはリズミカルな音楽でわかる。風呂場に行くと、上方のステージで裸の女が五人程踊っている。こんなものかと思っていると、脇からぞろぞろと色々な国籍の若い女が下着姿で出てくる。中国人、台湾人、韓国人、白人、黒人もいる、日本人もいた。それが百人以上いて、風呂の周りを囲む様に横一列にずらっと並んでいるので、壮観である。その中の誰か一人を選べという事らしく、私とカニケンは散々迷った末、それぞれきちんと一人の女に決め、それから薄暗い怪しげな地下室に連れて行かれ、まあそういうことになった。それまでの全てがきらびやかだったのに対して、連れて行かれた地下室が汚く薄暗い事には閉口した。あまりにも裏表のギャップがあり過ぎた。しかし女が商品のように陳列され、胸に付けた番号で呼ばれ、買われるというのは、何か奴隷制度のある時代の人買いのようで、さすがに胸が痛んだ。だがやる事はやった。
三日目は、街のカジノに繰り出したり、マカオの中心部やセナド広場をそぞろ歩いたりした。私はギャンブルはやった事がなかったのだが、試しにやってみた大小では200香港ドル勝った。その金で青島ビールとつまみを買い、ホテルの部屋で優雅に酒盛りをした。夕食や朝食には豪勢なビュッフェで腹一杯食べた。
四日目は普通に日本に帰った。カニケンには別れ際に帰りの交通費として、千円渡した。あんな奴でも、分かれた直後は淋しかった。
しかし、どうしたわけか、その全てが私にとってはいやに虚しかったのである。どこに行っても、金をいくら使っても、それはそれは圧倒的に虚しい思いに駆られて、私はどうしてもその虚しさを払拭できなかったのだ。それは別に、カニケンのせいではない。マカオの豪華な装飾や成金趣味のせいなんかでもない。それは多分、私が普段の実生活において満たされておらず、しかもその原因から必至で目を背けていたからである。いくら金を使ったって、何も満足なんか得られない。どんなに値の張る派手なブランドショップが軒を連ねる景観も、私にとっては単なる疲労の種にしかならなかった。当たり前だ、一番重要な問題から目を背けているのだから。私にはどうもそうした現実逃避的性癖があるらしい。満たされない現状から目を背け、高々三泊四日の旅行で何とか心の隙間を埋めようとしていたのだ。それがそもそもの間違いだった。
私の日常は空っぽだった。私は仕事が嫌いだし、会社には居場所もない、勿論結婚もしていないし、恋人すらいない。正直な話、異性と交際した経験もない。心を開ける友人すらいなくて、いるとすればカニケンくらいで、そのカニケンすら私にとっては都合のいい存在でしかなかった。私にはとことん、何もなかった。こんな自分が生きる理由が見当たらなかった。こんな生活を向こう何十年と続けるくらいなら、いっそのこと死んでしまおうか。そう何度思ったか知れない。しかしそうは言ったものの、私の満たされなさは先に挙げた生活上の所有の欲求に関わるものでは決してなかった。ではそれは何なのか?それがはっきりと分からなかった。ともかくそういう懊悩をかき消すように(いやむしろ敷衍するように)、私は酒に煙草にその他あらゆる快楽に溺れてきた。それでもダメだった。心の奥まで染み込んだ孤独を、不安を、悩みを、いや、そうしたはっきりした形さえ持たない漠然とした虚無感を消す事はできなかった。むしろそれらは引き延ばされ、大きく、強固になった。その一環として、今回その場凌ぎの旅行にも行ってみたわけだが、しかしそれでも満足は得られなかった。そこで見たものは、うんざりする程の虚飾、ありもしないものを期間限定で特別に体験させてくれる、虚栄の世界。そういったもので、何とか自分を麻痺させ、その時だけでも全てを忘れようとした。しかしやはり逆効果だったのだ。
私が自分の満たされない理由を知らなかったのではなく、それから目を背けていたのに気付いたのは、カニケンが財布をなくした時だった。あの時、私は猛烈に心が満たされていくのを感じた。他人の不幸、それも自分より成功している者の不幸が驚く程心地よかった。
「他人と比べて幸福になりたい」
それが私の心からの願いだったのだろう。そしてそれを相対的に邪魔する成功者を引きずり降ろしたかったのだろう。その願望がああした形で一瞬だけ満たされた。何という事だろう、私が目を背けていた一番の問題とは、自分が不幸である事ではなく、他人が幸福である(ように見える)ということだったのだ!私は私自身の幸福など求めていなかった!
多分カニケンが満たされていないように見えたのも、今思えばそうしたことが原因かも知れない。つまり周囲の人々に比べて幸福になりたいと願って会計士になったが、監査法人に行ってみたら周りは皆会計士。これでは満たされるわけがない。私達は同じ穴の狢だったのだ。そして似た者同士、揃って虚栄の国に行き、心の満たされない部分をどうにかして取り繕いに行ったのである。
しかしマカオは、私の虚栄を見事に剥ぎ取った。何とも皮肉な形で。それはもしかするとマカオ自体が虚栄の街だったからかも知れない。マカオにとって、虚栄を纏った私はまるで自分の姿を見るようで、同族嫌悪を催したのかも知れない。虚栄の街マカオ。派手なホテルやビルディング、ネオンの影には、裏寂れた貧民街。それをひた隠すように自ら巨大資本に身を蝕まれる。ああ、それはまるで私の自尊心が造り出している自分に対する幻影にそっくりだ。本当の自分は全くもって見窄らしいし無力で、その上嫉妬心と憎悪にまみれている。そして自分でその事を認められず、自分に対してそれを隠し通しているのだ。必死で力を求め、力にひれ伏すことで、自分自身から逃げているのだ。自らの価値観を持たず、他人の不幸を食い物にする事でしか生きられない、消費文化にまみれた、どうしようもない自分自身から。
しかしそうだとしたら、私はこれからどうしたらいいのだろう?自らの無力、醜さを認めて、その上で他人を見下ろすよりも真の自分の幸福を追求する為に会社を辞めて、今以上に孤独になりながらも、それでも自分は他人との比較ではなく自分の絶対的価値観に基づいて生きているのだという密かな誇りを胸に生きればいいのか?それとも、ばかな、そんなものはあり得ない、それこそ虚栄心、自己欺瞞じゃないかと冷笑し、所詮幸福とは相対的価値観だよと諦めきり、現実主義という名の精神病に蝕まれつつ大きな力に飲み込まれることに喜びを感じるマゾヒズムに甘んじて他人の不幸を貪り続けているべきだろうか?あるいは、いやいやバランスこそが大事、できるだけ与え、しかもできるだけ貪り、できるだけ生産し、できるだけ消費する、一方に偏ることのない日和見主義を貫くべきか。はたまたそのいずれでもなく、これと割り切って納得する事をせずに、それを考え、悩み続けることこそ最も価値のある生き方だという哲学者になりきるか?
いずれにしても、私は不幸だということだけは確かだ。どれもあまり良さそうには思えない。今の所は。そして今、私は相変わらずオフィスの机の前で何か考え込みながら、時々真剣に仕事してみたりする。