第三話『自己紹介と行動指針』
「さて、お互い自己紹介といこう。まずは俺だな。俺の名前はリンセイル・セプテム。アヴァロンの王都周辺で活動しているなら知っているとは思うが、単発イベント『始祖の継承』をクリアした人族の始祖だ。レベルは当然二千で、武力特化。ホームはアヴァロン王都『アサナト』だが、いつもは放浪して大陸中を回ってる。今回はたまたま近くに来ていた所で、惑いの森を荒らすPKの討伐依頼を受けて朱の森まで足を運んで、結果として君を助ける事になった。こんなところだな」
『ちなみに、私はリンの契約精霊で位は水の大精霊になります。レベルは五千七百三十一で、本来ならばシステムによる制限があって能力値は落ちていたはずですが、現状はイレギュラーのため、大精霊に相応しい能力を行使可能となっています。付け加えると、リンの内縁の妻です』
「最後のは笑えない冗談だから気にしないように」
いつも通りのスイの発言にため息をつきながら訂正を入れる。
こんな異常事態でもまるでペースの崩れない様に呆れながら少女を見やると、あからさまに不審なものを見る目でこちらを見ていた。
まあ、普通の反応だな。スイのせいでこんな反応にも慣れた自分が憎い。
「はぁ。NPCを恋人扱いする人間なんている訳無いだ『開発部にはいますが』知りたくもない情報をありがとう。できなくてもしばらく黙っててくれ。……はぁ。俺の不名誉はもういいから、名前と種族にあるなら所属クラン、あとは自由にアピールって事で頼む」
「アルシャです。あの戦いを見れば、信じられないほど腕が立つのは分かりますが、それでも始祖は騙るにしても無いと思いますよ。素性を隠したいのは分かりますが、もう少しまともな嘘をついた方がいいと思います」
「嘘? 素性を隠すって言っても、全て事実なんだが」
どれを指して嘘と判断したのかは分からないが、特に隠す事でもないので嘘をついた覚えは無い。
だが、そう告げた俺に少女改めアルシャは首を振る。
「私はアサナトでも指折りの冒険者です。ですが、私よりも遥かに強いあなたの事は一度も聞いた事がありません。実力は隠していたとしても、種族が始祖というのはありえません。始祖というのはその種族の始まりとなった方です。そもそも、人族の始祖の名は『アルトリウス』で、背格好も使用武器も、現代まで伝えられています。残念ながら三百年前の戦争で亡くなられていますが、子供でも分かるような嘘をついておいて、よくとぼけられますね」
『……アルトリウス。始祖の継承で設定されている先代の名前ですね。ただ、彼の死亡はゲーム時間で千年前。獣人の始祖も同時期で、他の始祖はその三百年後に死亡となっています』
「あー。つまりはまだ自分の設定にのめりこんでるって事か? もしかして厨二病?」
『少なくとも、リンには言われたくない言葉でしょうね』
スイの吐く毒はいつもの事だし流すとして、さすがに、この異常事態でロールを続けられるのは迷惑だし、イラッと来るんだが。
でも、こんな状況で見捨てるなんて事もできないし、きちんと話して止めさせるしかないか。
「あのさ、アルシャとか言ったか。さすがにメニューが開けずログアウト不能なんていう異常事態でそういった態度は良くないと思うぞ。ゲーム内でロールを崩したくないのかもしれないが、今は協力し合うべきだろう」
「……さきほどから思っていましたが、メニューだとかゲームだとかロールだとか、意味不明な言葉を並べ立てないで欲しいのですが。高級な食事処でもないのにメニューと言ったり、何の道具も無いのにゲームと言ったり、暗号や暗喩なのかもしれませんが、きちんと理解できる言葉で話してください。死ぬところを助けられたのですから、協力できる事なら話していただければちゃんと協力しますから」
『演技、ではないようですね。挙動に不自然さもありませんし、これで演技だったというのならば、世界中の劇場で主役を張れるでしょう。リン、どう判断しますか?』
「ちょっと待ってくれ。さすがに混乱してきた」
朱の森にいたからアルタベガルのプレイヤーかと思っていたが、そうじゃなくて、でも一緒にいたのはアヴァロンの騎士と同じ鎧で、始祖の名前を知ってるけどゲームじゃ千年前に死んだのを三百年前とか言ってて、矛盾して、いや、してないのか?
とりあえず、敵じゃないのは確かとして、情報を整理するか。
「俺はゲームからスイと一緒に朱の森に入って、そこでアルシャと出会って吸血鬼の討伐対象をボコってデスペナ祭りにしたあと、元の世界に戻るとこの異常事態だろ。あのノイズが前兆としても、アルシャ、というか、アルシャと死んでた騎士と冒険者達の説明がつかないんだが」
『彼女の主張は、名前はアルシャ。アサナトの冒険者で指折りの実力者。始祖がどういったものかはおよそゲームの設定と変わらないとして、人族の始祖が没したのが約三百年前。名前もゲームと同一であり、あの騎士団もアヴァロンの騎士であると仮定すると、ゲーム設定では絶賛衰退期の真っ最中という事になりますから、あの程度のコウモリに全滅したのも一応は納得できます』
「んー。とすると、ノイズは前兆じゃなくて、あの時点で異変は始まっていた、という事か?」
『そうですね。アルシャさんの出身ですが、ここがアルタベガルに類似した世界と仮定して、可能性としては、この世界の出身か、どこかゲームのアルタベガルと同じ歴史を辿っている世界の出身という二つが高いと思われます。少なくとも、ゲームやログアウトといった用語が通じなかった以上、ゲームの存在しない文明レベルの世界であるのは確かです』
この世界出身に一票。それなら全部一気に解決するし。
ドッキリならそれでいいし、バグでも神の所まで行けば解決するだろうし。もしも異世界だったとしても、神原域の神様なら返してくれるだろう。ただしオーディンは駄目だ。あいつ戦闘狂の脳筋だから、その前に勝負しろってなる。
その分天照がしっかり主神やってるんだよな。『運営はなんでオーディンを創ったのか』なんていう議論が掲示板で真面目になされるレベルで主神といえば天照一択だ。というか、オーディンが仕事しているところを見た事が無い。討伐依頼も全部天照の発行だし。
まあとにかく、異世界でも天照ならなんとかしてくれるだろう。無理なら近々実装されるとか噂だった高天原を探そう。同時実装とか言われてたアースガルドは見付けても絶対入らない。オーディン二号とかいても対応できん。
まあとにかく、ここが仮に異世界だとして、アルシャがここの住人なら最初の関門が色々と解決するから、そうであるととても助かる。身分証明とか常識とか、最初に苦労するところを大幅にカットできれば、帰るための手段を探すために動く事が早期にできるようになるだろう。
そのためにも、まずは正しい形で情報を共有しないとだな。
「アルシャ。面倒だが、お互いの事を正しく認識しなければならないらしい。だから、俺達の事を分かりやすく、理解できるように言おう。俺達と君は別の世界の人間だ。しかも、俺達は正確には本来の体じゃない。こうして本物になった以上、こう言うのはおかしな話だが、偽者の体だった」
『補足しますと、私達は仮初の、そうですね。人形に意識を移したような状態だったのです。リンは人形に魂を移した人間で、私は偽者の魂で作られた勝手に演技をする人形と考えていただければ良いでしょう。そうして、アルタベガルという箱庭で遊戯に耽っていたのです』
「無論、人形と言っても、今の俺達の姿そのまま、本物のような物であり、アルタベガルも、そうと知っていなければ、見間違えるほど現実に近い物だ。モンスターもいて、神もいて、スイのように精霊もいた。それら全てが作り物であったとしても、痛覚が現実と比べて弱い事と、死んでも蘇る事を除けば、おそらくは君の知る世界という物にとても良く似ているだろうな」
『そこで、リンは修練の果てに始祖となり、私はそんなリンの契約精霊として共に在りました』
「ああ、死んでも蘇るなんて温いと思うかもしれないが、強者であればあるほど、死んだ回数は少ないからな。俺も含めて、頂点に立つ連中は一桁しか死んだ事は無い。それだって、前情報が無いのに初見では防げないような攻撃や罠によるものだ。純粋な戦闘になると、プレイヤー、遊戯の参加者同士で戦った大会くらいだな。単純に運とか相性の問題だったし、実力なんて全員伯仲していたんだが、名前のセプテムは、その大会で七番目の順位という意味だ。参加人数は一万を越えるからな?」
『くだらない自慢は置いておきましょう。そんな私達ですが、マナーの悪い参加者を処罰し、これ以上の悪行ができないように処置するため、朱の森という、私達が出会った場所に出向きました。そこに侵入した時点で、私は私の機能を維持している、世界を管理する場所との繋がりを大きく削がれていました。しかし、その時点では処罰対象の行動、行為による副次的要素と判断し、処罰の早期執行によって解決を試みたのです』
「だが、結果はこの通り、奴は原因じゃなく、今の奇妙な状況が出来上がっているって訳だ。とりあえず、現時点で聞きたい事はあるか?」
とりあえず説明した事といえば、俺達の出自とここに至るまでの簡単な説明だ。ただ、こういった説明はそれほど得意でもないので、分からない事の方が多いだろうな、とは思う。
「なんとなくは理解しましたが、他を置いても一つ確認したい事があります」
「他を置いても、という事はたくさんあるのか。いや、なんとなくでも理解できた部分があるだけ重畳だ。で、確認したいことっていうのはなんだ?」
「吸血鬼の事です。お二人の話を聞いて、先の吸血鬼について、おそらく今回の事に関係しているのではないかと思われる事がある事に気付いたのです。あの場所で吸血鬼と対峙する少し前から話しますが――」
アルシャがおずおずと、しかしはっきりとした声音で始めた話を要約すると、最初は最低限であったとしても話の通じていた吸血鬼が、強力な一撃を入れた直後に突然意味不明な言葉を吐き散らし、これまで本気を出していなかったと言わんばかりの強さを発揮して、討伐のための部隊が壊滅していた、という事だった。
これについて、スイが同じ吸血鬼の真祖で快楽殺人者であるなど、似通った存在であったがために“重なって”しまったのではないか、という説を上げた。
だとすると、何度も殺して最後は焼却処理をした吸血鬼がどうなったのかという疑問はあったが、過ぎたことであり、確かめる術が無い以上は気にしてもどうしようも無い話だ。だから、一先ずはこの現状をどうにかする事を考えていればいい。
「やっぱり夢オチとかドッキリみたいな都合の良い話は無しか……」
『まだ女々しくそんな事を思っていたのですか。いい加減現実を認めなさい。少なくとも、地球でもゲームでもない未知の場所にいるのですから、そのような事に拘って不覚をとっても知りませんよ?』
「分かってるよ。はぁ。少なくとも、見た限りこの鳥居は朱の森に続く鳥居と同じように五芒星が刻まれてるからな。ご丁寧に額束に刻まれた梵字も一緒か。なら、アルタベガルに似ているアルシャの世界だと仮定して動いたほうが建設的だろうな」
『補足しますと、鳥居の種類も春日鳥居の形状をしていてほぼ完全に同一であると言えます。行動についてはそれで異存はありません。現状において行動指針が存在していない以上、ここから移動する事はほぼ必須でしょう。ただ、その前に一度朱の森へ侵入しなおす事を推奨します。先ほどの状態が維持されていたのならば、帰還の可能性も考えられるはずです』
スイの上げた可能性は考えていなかった。異世界転移と言えば大抵が一方通行で、そういった物語の知識から、勝手に戻るのは無駄だと思っていたらしい。
もし無駄だったとしても、初めから決め付けないで試してみるべきだろう。
「そうだな。一度試してみよう。アルシャはどうする? もしかしたら、また変な事態が起きるかもしれないし、ここがアルシャのいた世界である可能性も十分存在するが、付いてくるか?」
「付いていきます。今何が起きているのかは浅学ゆえに理解が及んでいませんが、異常事態であるのならば、事情を理解できている人と離れる方が危険だと思いますから」
「そうか。じゃあ、満場一致だな。俺としても、付いてきてくれるならそれだけで嬉しいな」
『粉をかけている暇があるなら早く行きますよ』
この異常事態で人が減らなかった事にほっとして笑みを浮かべたところで、スイからいつも通りの毒舌が飛んでくる。
反論したいところだったが、あの現象が続いていたとして、いつまでも続く訳がないのだから、早急な行動は理に適った話だ。なら、反論は後にして、一度朱の森に入ってから話の続きをすればいいだろう。
魔方陣に触れ、いつもの要領で魔力を流して内心で安堵する。これで魔力が使えなかったら滑降悪い事この上ない。
「じゃあ、行こう」
俺はスイとアルシャを連れて、朱の森へ二度目の侵入を果たした。