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Cloth Edge  作者: 神榛 紡
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第二話『処刑のち異世界』

 積み上げられたあちこち欠けた死体の山に、腕を振り上げる男と涙を零す少女。

 たとえ男の、吸血鬼の討伐依頼を受けていなくとも、悪が誰かは一目瞭然であり、躊躇する必要は無かった。

 ただ踏み込み、神社の本殿の方へと殴り飛ばす。

 

 「……悪趣味が過ぎる。スイ」

 『分かっています。……結界の展開が終了しました。これで、あの外道はここから逃れられません』

 「ありがとう。じゃあ、保護は任せた」

 

 腕に巻き付けていた布を解き、のんびりと近付いていく。どうせ逃げられないのだから、後ろに通しさえしなければ、時間はいくらでもある。

 そもそも、もう二度と同じ事ができないように、徹底的に心を折らなければならないのだ。ゆっくり歩いた方がよほど心理的な圧迫感を与えられるし、恐怖を煽る事ができる。

 そして、そういう仕事というよりも、こういった行為を許せないという私的理由が大きかった。

 アルタベガルは十八禁であったとしてもゲームに変わりないのだ。他人を害して周囲に迷惑を掛けるような輩は排除されてしかるべきであり、遊ぶならば全員が楽しめるように、少なくとも、他人を貶めて悦楽を得るような事は考えずに遊ぶべきなのだ。

 この世界でPKが可能なのはフレンドリーファイアが無ければ連携や戦術の幅が出ないからであるし、決闘システムを廃し、ギルド間戦争などの対人戦をよりリアルにするためだ。

 決して、今回のような下種に、愉悦を与えるためではない。

 

 「という訳で、死んでくれ」

 

 倒れたまま起き上がらない真祖の首を分断するように手に持った布を打ち込む。

 当然飛び跳ねるように起き上がった真祖に避けられるが、残念ながら打ち込んだのは槍ではなく布であり、腕を引くのに合わせて軌道を変えた布で、反撃しようとした真祖の首を撫でるように分断した。

 本来ならばこれで終わる。が、今回は神の依頼による『討伐』だ。これで終わる訳が無い。

 

 「久々に見たが、やはりグロいな」

 

 先程スイが張った結界――討伐依頼において支給される使い捨てのアイテムを消費して発動する結界による効果で、結界内部で死んだプレイヤーを蘇生する効果がある。

 凄まじい速度で頭と胴体が引き合って元の位置へと戻り、首の繋がった段階で蹴り飛ばす。保護対象から距離を取れたところで、起き上がる前に再度首を切り落とした。

 何故何度も殺すのかといえば、デスペナルティを利用して、初心者狩りを出来ないレベルまで落とすためだ。こうしてレベルを下げていっても本来ならば真祖のレベル一で止まるが、この結界内に限り、下位種族にまで落ちてレベルダウンが続く。

 結果として、PKをしたくてもできなくなる訳で、最上位種族までいったキャラが下位種族のレベル一まで落とされる事も多くあり、そういったプレイヤーはアルタベガルから去っていく事も多い。

 普通の装備だと耐久の関係で装備が全て壊れ、死んだ際には数パーセントの可能性でアイテムをロストするシステムの関係で所持アイテムをほぼ全ロストする事も無関係ではないだろう。苦労して造り上げた装備が塵になれば、普通のプレイヤーでも灰になる。

 殺して殺してただ殺す。リアルに準じたゲーム故に急所を切り飛ばせば大概死ぬが、それでも種族によっては殺すのが面倒だったりもする。

 

 「中々死なない吸血鬼の真祖はその代表例だよなぁ」

 「クカカ。俺以外に真祖使ってるプレイヤーなんざ早々いないがな」

 「ま、殺す手段はあるけどな」

 

 最初は首を切り落としてサックリ死んだが、その後はなんだかんだで十三回ほどしか殺せなかった。

 仕方ないので、使用していた布をしまい、新たな布を出す。『Blood Cloth』直訳で血の布。対吸血鬼専用の毒として存在する血を大量に集めて布にした、吸血鬼殺しとでも言うべき布だ。

 深紅に染まったそれを見て、何かは知らずとも危険な代物である事は理解できたのだろう。逃げようとした吸血鬼の足を切り飛ばす。先程までと同じように簡単に切れて転がった足は、しかし先程までとは違って元には戻らなかった。

 

 「……吸血鬼殺し」

 「大正解。これは製作過程こそ特殊だが、だからこそ既存の装備よりも数段上の威力がある。誇れよ、真祖。こいつは以前、このアヴァロンを拠点とする全プレイヤーを悩ませた特殊クエストの真祖を殺すために作った代物だ。使う前に他の奴に取られたが、トッププレイヤーが専用装備を必要とする相手を想定した物で殺されるんだ。本望だろう?」

 

 ついでに手を切り落とし、ダルマにしてから教えてやる。

 ここからはただの作業だ。能力だけの実力が足りない雑魚を、トッププレイヤーの一人がなぶり殺しにするだけのつまらない話だ。

 再生する肉塊を、再生するたびにミンチにするだけの簡単なお仕事で、語るべき事など人体がミンチになっておきながら超速で再生する気持ち悪さくらいのものだ。

 ただまあ、それを見ていた犠牲者の推定少女が知らんところでゲロった上に俺が近付いただけで怯えたのは当然の成り行きなのだろうな。正直、死体の山よりかはグロくは無かったと思うのだが。

 

 「アルタベガルは描写が行き過ぎて十八禁になった作品ですからね。普通のグロは覚悟していたのでしょうが、目の前で一人の人間を何度も殺して蘇生してを繰り返す猟奇的な光景を見せられれば、精神的にも参るでしょう。軟弱だとは思いますが、まだ上位種族のニュービーなら仕方がありません」

 「あ、えっと、ごめんなさい」

 「構わんよ。反応を見た限りまだ子供だろ。廃人向けのクエストなんかだとかなりエグイから慣れるんだが、普通の人間には無理か。仕方の無い事だな。とりあえず、そこの死体の始末をしよう。いつまでも死体を放置するのは気になるからな」

 

 肩を竦めて、スイと少女の二人と共に死体を広場に並べ、魔術具を使用して簡易的に火葬して始末をつける。その際に遺品だと言って彼らのギルドカードやら所属章を集めた少女が涙を零すのを見ながら、擦れている自身に対して苦笑が漏れた。

 廃プレイしていると、人間が潰れて再生してまた潰れるのエンドレス程度じゃなんとも思わなくなるのだが、こうして普通のプレイヤーと会話をすると、いかにズレた思考回路になっているのかが分かって、どうしても気落ちしてしまう。

 まあ、普通は人体標本(生)とか人皮のカーペットとか人間シチューとか材料人間の椅子みたいなイカレた代物に出会う事なんてないし、生きた人間を麻酔無しで丁寧に解体しながら食べたり、高度な回復魔法で四肢欠損を修復して回復させる事で半永久的に収穫できる人間畑みたいなことをする狂人と出会う事も無いだろう。

 それらのクエストだって、しっかり周知されているから、たまに情報の真偽を疑った馬鹿やそもそもそういった情報収集を怠る馬鹿が入って被害に遭う程度だ。

 まあ、シチューを食べた後で美少女NPCの苦悶に満ちた表情をした頭を見せられて、「今日の肉はとっておきだったんですよ。やっぱり美しい少女の肉は格別ですね」なんてにこやかに言われれば気絶するのも分かる。

 魔術儀式の生贄のために生きた人間を大量の虫に食わせるとかの気色悪いイベントもあるが、狂気の度合いで言えば、どちらが上かなどというのは議論するまでも無い話だ。

 無論、どちらも狂人の所業であるというのは間違いないが。

 

 「ただ、どうしてあそこにいたのかは疑問だな。ボスドロップが欲しかったにしても、あれがいる事は分かってただろ。君らのレベルじゃ絶滅する事なんてわかりきってただろうに」

 「それ以上に疑問なのが、何故アヴァロン国家の騎士が大量に混ざっていたのかですね。私が知る限り、あの場所でアヴァロンが関わってくるようなイベントはありませんし、騎士をパーティやレイドに組み込めるのは定期イベントの戦争時だけです。答えていただけますか?」

 「え、あの、私達がいたのはギルドの依頼で賊の討伐で――」

 「嘘だな」

 「ギルドで依頼が受諾できるのは討伐可能なレベルに達していなければ不可能です。そもそも、ギルド側で受諾されていたのならば、私達の側に依頼の取り下げが通達されます。今更そんな程度の低いバグは発生し得ません。無い脳みそを絞りつくしたところで誤魔化せないのですから、本当の事を話すことを推奨します」

 

 ちらりと、元々騎士達の死体が積み上げられていた場所を見る。俺はいちいち国の騎士団の甲冑がどうとかは覚えていないが、スイがそうだと言う以上、間違いなく国の騎士だったのだろう。

 だとすれば、アルシャとかいった少女よりも先に騎士団が全滅したのは疑問だな。どうやってパーティに組み込んだのかは置いておくにしても、騎士団のNPCは戦争時やイベント時はそれに相応しいようにステータスが変動するが、普段は一般兵で上位種族の千から二千程度のステータスを持ち、小隊長からは上位種族だ。それが全滅するなら、先にアルシャが死んでいなければおかしい。

 考えられるとすればコスプレだが、それにしたって、上位種族程度のステータスで上位種族のPKを相手にしようなんて無謀を行うか、という話だ。

 

 「んー。スイ、バグはまだ続いてるんだよな。それが原因って事は無いのか?」

 「……続いています。いえ、むしろ酷くなっていますね。可能性としては否定できません。一先ずここから出ましょう。入る前は正常だったのですから、ここから出ればおそらく状況は回復するはずです。この方の妄言の真偽はそれから調べても遅くはありませんね」

 「妄言じゃないですけど、ここを出るのは賛成です。賊の死亡も伝えなければなりませんし、それに何より、討伐隊の全滅も伝えないと」

 

 こんな時でもロールプレイを忘れないのは賞賛に値するが、面倒なのでスルーする。

 迫真の演技だが、パーティ全滅を誤魔化すための演技なのかと思うと乗ってあげた方がいいのかもしれないが、素面でロールプレイは恥ずかし過ぎる。

 どうせ道を逸れなければモンスターも出ないのでのんびりと行きたいところだが、スイの能力にまで影響するバグがあるので、早足に石畳の道を戻る。

 そう長い道のりでもないので、すぐに出口となる鳥居まで到着した。

 

 「じゃ、外に戻ったら一連の騒動と問題に関して調べないとな」

 「ええ。最悪、クラッカーなどの違法者の攻撃の可能性もありますので、早急に調査し、対処します。たかだか引き篭もり猿の一芸に敗北するほどアルタベガルのAIは甘くありませんからね。上位AIの共同で全てを暴いて見せましょう」

 「あー、ちょっとは加減してやれよ」

 

 スイだけじゃなく、他の連中まで参加したら、それこそアルタベガルのサーバーを物理的に破壊しない限りは相手の敗北が確定してしまう。後はもう、敗北までにどうやって自身の情報を消去、隔離できるかという話になるだろう。

 さすがに、出生地から最近購入した物の内容まで全て暴ける怪物にケンカを売った馬鹿に同情してしまう。親にアレな本の在り処をバレてしまうよりも恥ずかしい目に合うのは間違いない。

 そんな事を考えていたからか、鳥居を潜った後に反応が遅れてしまった。

 

 「リン、ノイズの消失と共にサーバーとの回線の切断も確認しました。同時に、電子的な情報体であった肉体が原子及びデータに存在しない粒子により構成された物へと変質したのを観測しています。結論を申し上げますが、私のデータが破損したのでない限り、ここはゲーム――電子世界ではなく、物質世界であると推測されます」

 「………すまん。もう一回、分かりやすく頼む」

 「簡潔に報告したのですが、理解できなかったようですね。アルタベガルサーバーとの回線が完全に途絶しています。そして現在、リンと少女の肉体は標準的な人間を構成する原子、分子で、私の肉体は水と同様の分子構造で構成されており、尚且つ、私のデータ上には存在しない粒子が体内に多量に存在しています。周囲も同様であり、リンがアバターのままである事を鑑みると、魔力に相当する物ではないかと推測されます。つまり――」

 「スイ」

 「……説明途中ですが、なんですか?」

 「長い。三行で頼む」

 

 なんだか、理解するためには相当量の知識が必要な話になりそうだったのでザッパリ遮り、端的な説明しかできないだろう文量での説明を頼む。

 理解するには難易度が高いと言外に言うと、ため息はつかれたが、しっかり(おそらく)三行で答えてくれた。

 

 「はぁ。世界を構成する物が電子的な情報から原子・分子に変質しました。

  データに無い粒子が存在しており、おそらく魔力に相当すると考えられます。

  おそらく現実世界ですが、地球ではないものと思われます。

  これでよろしいですか?」

 「つまり、アバターを維持したまま異世界転移しました、と。正直意味が分からないし理解不能だが、ネット小説なんかで根強く残る異世界トリップ小説みたいな状況だと考えればいいのか?」

 「そうなります。ついでに言えば、植物の形状などはアルタベガルの物と酷似していますし、ゲーム内のステータスを保持していた場合、俺TUEEなどの、テンプレートの踏襲がある程度可能になるかと思われます。インベントリが使える以上、少なくとも、ゲーム内のシステムが全て使えない、という状況でない事は確かですので、多少勝手は違うでしょうが、ある程度の無双は可能であると判断します」

 

 スイがそう言って着物の裾から蒼色の透き通った杖を取り出した。久しく見ていないが、初めて会った時に使っていた特別な杖だったかと思う。

 出合った時のイベント限定だと言っていたはずだが、持っていたのかと思いつつ、自身の腰につけた巾着――自身のインベントリに手を突っ込むと、いつもの要領でアイテムが取り出せるのを確認する。

 試して気付いたが、さすがにウィンドウは出せないらしい。未だにどういう状況下はわからないが、ますます物語のような展開だ。

 とりあえず手の甲を抓って夢じゃないかと確認するが、痛いだけだった。

 

 「夢落ちを希望したいところだが、少なくとも、寝落ちっていう笑い話にはならないみたいだな。バグでもトリップでも構わんが、立て続けの面倒事とか、勘弁してもらいたい話だな」

 「残念ながら現実です。きちんと認識して、対処していかなければ何も解決しませんよ。それから、そろそろ隣りで話について来られずおろおろとしている方にも説明をするべきかと思いますが」

 

 言われて横を見ると、いかにも私困っていますという顔をした少女がこちらを見つめていた。会話に入って来ないのは別に寡黙な性格という訳でもなくて、ただ入れなかったというだけだったらしい。

 説明と言われてもまだ俺自身呑み込めていないのだが、とりあえず、自己紹介から始めるとしようか。

二○十四年一月七日に終盤を改稿しました。

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