第3話
「ただいまー」
「おかえり!」
途中で少し時間をつぶしてから家に帰った。玄関のドアを開けると、中からはいい匂いがした。どうやらすき焼きは無事完成したらしい。エプロン姿の夏央が玄関まで出てきて俺を出迎えた。夏央は俺の荷物を持つと、
「ご飯できてるからね」
と言ってリビングに入っていった。どこの新婚さんだよ、と笑いそうになるのをこらえながら、夏央についてリビングに入る。テーブルにはできたてのすき焼きと、いくつかの料理が並んでいた。キッチンからお盆を持って出てきた母さんと目が合った。
「おかえり、逸瀬」
「ただいま。少しやつれた?」
「やーね。痩せたって言ってちょうだい」
「はいはい。早く食べよう」
3人揃って席につき手を合わせる。誰かと一緒に食べるっておもうだけで、何か嬉しくなるなあ。久しぶりなせいか話題は尽きることはなく、賑やかな食卓になった。
「逸瀬、明日もご飯食べに来たら?」
「明日はいいや。多分結城と飯行く。今日断ってきたんだ」
「結城くんも誘えば?」
「それだけは嫌」
「男の友情って分かんない」
「いや、これは友情関係ないだろ」
思っていたよりも腹が減っていたらしく、けっこう食べてしまった。母さんはニコニコしながら見てくるもんだから、少しくすぐったい気持ちになった。食後のデザートを食べたあとは、リビングでくつろぎながらテレビを見た。その間も会話は途切れず、ふと時計を見ると、もうすぐ10時になろうとしていた。
「俺そろそろ帰るわ」
「えー、もう?まだいいじゃん」
「明日の課題もやんなきゃだし」
「相変わらず真面目だね。じゃあ送ってく」
「は?こんな時間に女に送らせるわけにはいかねーよ」
「そこのコンビニまでだよ。沙和さん、行ってくるね」
「気をつけてね」
「…じゃあ、また」
笑顔で手を振る母さんを背中に感じながら、玄関のドアを閉めた。
夏央は特に何かを喋るでもなく、俺の隣を歩く。朝のボヤーっとした頭のときに一緒にいるのとはまた違う。何かもどかしい。足下に落としていた目線を上げると、コンビニの一歩手前に公園が見えた。まだもう少し一緒にいたいな。
「夏央」
「ん?」
「ちょっと寄ってかない?」
公園を指差して言うと、数秒ののち、「いいよ」という返事が返ってきた。夏央はブランコに座り、俺はその周りの、柵に腰掛けた。そこでも特に会話はなく、ゆっくりとした時間が流れた。
誰もいない夜の公園。そこに2人きりって考えると、変な気分になる。…俺欲求不満なの?1人自問自答していると、夏央がぽつりと呟いた。
「沙和さん、楽しそうだった」
「いつもあんなんでしょ」
「いつもより笑ってたよ。やっぱり逸瀬に会えたの嬉しかったんだね」
「夏央は?楽しかった?」
「…うん」
そう言って笑う夏央を見て、胸がきゅうきゅうと締め付けられて。とても愛しく思えた。
夏央、と名前を呼んで腕を広げると、少し戸惑いながらも立ち上がって俺の前まで来た。
「誰かに見られるよ」
「大丈夫。暗いから誰も分からないよ」
「でも…」
「大丈夫」
「…………」
「夏央」
手首を掴んで軽く引っ張ると、夏央は何の抵抗もなくそのまますっぽりと俺の腕の中におさまった。そのまま腕を回すと、俺の背中にも夏央の腕が回ってくるのが分かった。
「逸瀬、あったかい」
「夏央も」
ふざけて首もとに顔を埋めると、くすぐったそうに身をよじった。
このまま連れて帰りたい。離れたくないなあ。
俺の名前は三國逸瀬。
これといって突出したものがある訳でもない。
平凡な高校2年生。
こいつの名前は三國夏央。
何かと気が利く、とてもできた女の子。
俺の幼馴染みで、俺の彼女。そして、
俺の妹。