第五話:失感
お祖父ちゃんが死んだのは小学校低学年の頃だった。
いつも両親が喧嘩をすると
すぐに来て二人をなだめてくれたし、
週末はいつもうちに来ていた。
お祖父ちゃんは、明るくて厳しくて、
それからうんと優しい人だった。
私が宿題もせずテレビを見ていたら叱って、
ちゃんと勉強もするようにと言ってくれた。
昔、叱ってばかりのお祖父ちゃんを私は嫌がるときもあった。
ある日私が朝目覚めると父と母は珍しく起きていて、
二人は何か真剣に話をしていた。
私がリビングのドアから様子を伺っているのに気付いた母が
「どうしたの。そんなところでいないで早く入ってきなさい」
と言って私の手を引っ張った。
すると二人は
お祖父ちゃんが昨日の夜遅くに倒れて、病院に運ばれたが手遅れだった。
と当時まだ幼い私に出来るだけ解りやすく教えた。
私は信じられなかった。
−でもその日に病院で白い布を掛けられたお祖父ちゃんを見て理解した。
もう、お祖父ちゃんはいないのだと。
どうして…。
お祖父ちゃん、前みたいに叱ってよ。
お祖父ちゃんはうちの家族からも、他の親戚達にも慕われていた。
私はそのことを葬儀の時に知った。
たくさんの人が来ていた。そして声も出さずに泣いていた。
私は泣けなかった。
ショックが大き過ぎて。
泣く余裕なんて無かった。
それから、いとも簡単にお祖父ちゃんを中心として
回っていた家族や親戚達の関係は崩れた。
―お祖父ちゃん…。
私の頭の中のお祖父ちゃんはもう顔がぼやけて見えるよ。
声もかすれて聞こえるよ。
もうすぐ思い出せなくなるのかな。
まだ忘れたくない。
忘れたくないよ…。
そう思うと涙が出て来た。
久しぶりの理由の分かる涙だった。
父もいるこのリビングで泣きたくなかった私は
黙ってまた自分の部屋に戻った。
思い出なんて嫌いだ。
苦しくなるだけだから。
何かに執着するのは嫌だ。
それを失ったとき、辛くなる。
私はお祖父ちゃんが死んでから、
家族や友達に対してでさえ必要以上に関わることをしなくなった。
もう、苦しみたくなかった。
今のうちの家庭環境をどうこうしようと
考えているわけでもないので、
もう考えるのをやめて制服に着替える事にした。
そしていつもの様に洗面所で洗顔してくしで髪をとかした。
再びリビングにいくと、もう母が起きていた。
そして朝食を食べ終えて、歯を磨いて家を出た。
また、微妙な話になってしまいました。
でも、よろしくお願いします。