第十六話:無意味
どうにかチョコを連れて河川敷まで戻ってこれた。
でも私も月本もしばらく何も言わなかった。
目の前にいるこの愛らしい犬が[腎臓病とフィラリア]という重い病を
背負っているなんて考えられなかったし、信じたくなかった。
しかし何か始めなければならないことは事実だった。
『獣医さんが言っていた事を信じて、これからは塩辛そうなものとか残り物をやるのはやめよう。
私、残りのお金でドックフード買ってくるよ』
月本に同意を求めた。
『そうだな。んじゃドックフード、割り勘して買おうよ』
二人で少しだけチョコのことを話した。
そして、明日放課後一緒にドックフードを見に行くことになった。
まだ早い時間だったけど、二人共心に強い衝撃を受けているようだったので、
月本の家に制服を取りに行って自宅に帰った。
帰り道をふらふら歩いていると、いつかの公園が遠く離れた所に見えた。
春は淡いピンクの花びらを散らし
夏は青々と葉を生い茂らせていた木があるあの公園。
今は秋の紅葉に染まりつつあった。
その木を見た私は無性に腹が立ち、そこから走った。
自宅までの道のりで何人かの人々とすれ違った。
振り返ってないからよく分からないが、みんな私を凝視していたようだった。
逃げるように自宅に駆け込んだ私は靴を脱ぎ散らし、
誰もいない家で自室のドアを今にも壊しそうな勢いで閉めた。
おぼつかない足取りで、ベットに腰掛ける。
さっきの木を思い出す。
季節はこんなに美しくめぐっているのに、どうして私は…。
無気力になって布団の上から枕に頭をのせた。
悔しさとやりようのない悲しみで目頭が熱くなった。
目の端からまだ温かい液体が頬を流れていく。
私のこの全く無意味な涙が枕に濃い染みを作っていた。
窓から差し込む日の光に手を伸ばしてカーテンで遮る。
電気はついていない。
部屋の中は、カーテンを貫いてなお微かに漏れている光が
灰色っぽい空間を作り上げていた。
私の心の中でも何か黒いものが渦巻いているようだった。
目を閉じるなんて事はせずに、私は時折涙を流しつつ
焦点が定まらない目で天上を見つめていた。
母はいつの間にか帰ってきていたようで、夕飯の支度が出来たと私に声をかけたが
返事がないことで大体を理解した様子だった。
もう誰とも顔を合わせたくなかった。
心を静めるので精一杯だった。
その晩、一睡もせずにじっと黙って無駄だと解っている涙を流し続けた。
水分を消耗し過ぎてか、起き上がると激しい頭痛に襲われた。
洗面所に行くと、久しぶりに見る自分のひどい顔に苦笑してしまった。
部屋に再び戻って自分専用の薬箱から頭痛薬を水無しで飲み込んだ。
制服のまま一夜を過ごしてしまったが、そのまま学校に行くわけにも行かず下着を着替えた。
リビングに一度も顔を出さずに早く家を出て、近くのコンビニでパンとジュースを買った。
バス停でさっき買った軽い朝食を食べ終え、しばらく後に来たバスに乗り込む。
学校では水を飲まなかったのがいけなかったのか、頭痛は一行に治らず鬱に近いような状態で、
せっかく馴染んだクラスメート達とも会話をしなかった。
約束どうり急ぐでもなく私はチョコの河川敷に行った。
月本も間もなくやってきて、私の肩をポンっと叩いた。
振り返ると珍しく月本が目を見開いて
『崎田さん…もしかして…体調悪いの』
『あぁ。ちょっとね。ごめん…』
『謝ることないよ。俺も昨日は不安で夜中何度も目を覚ました。まあ、買い物に行こうか』
『…うん』
会話が進むことは無く、ただ黙々と近くのホームセンターまで歩いた。
ありがとうございました。
むー。なかなか終わりません。
これからもよろしくお願いします。