第十二話:束縛
『前に見たことあるんだ。
まだ小学校低学年ぐらいの男の子が、
無理矢理チョコを引っ張って家に連れて帰ろうとしてるところ』
『え…』
『まあチョコは断固動かないし、その子は途中で泣きそうな顔して諦めて帰ったよ』
『ふぅん。それで、月本君は、私がその小学生と同レベルだと言いたいわけだ…』
また怒りに火が付きそうな私に、月本が急いで付け足す。
『違うって。ただ、今の状況が少しあの時の子に似てて、可愛いなあと思っただけ』
『そう。その割に長い説明ありがとう。』
こういう軽いお世辞の受け流し方がよく分からない私はいつも、そっけなく返す。
『というか、多分誰もチョコを自分の家には連れて帰れないよ』
『なんで』
怒る寸前の私。
『きっとチョコは、俺や崎田さんや、他のいろんな人に会いに来てもらうことが好きなんだよ。
特定の誰かに飼われたらきっと今みたいにたくさんの人との関係はなくなってしまう。
だからまたいろんな人が来てくれるのを信じて、あそこから動かないんだよ。多分ね』
何となく納得のいく説明だった。
つまりチョコは、どれだけ懐いた人にでも決して着いて行かずに
不特定多数との関わりを大切にするのだ。
私は少し自分が恥ずかしいと思った。
チョコのように、個人を特別視せずに生きることができないからだ。
私はいつだって、自分の気持ちばかりを優先している。
月本の説明で、チョコの首輪からリードを外して一言『ごめんね』と言った。
チョコは私からの束縛から逃れて、解放されたように河川敷のほうに走っていった。
もう、追い掛ける事もせず座ったまま、もう使うことのないリードを鞄のなかにしまう。
なんかチョコに悪い事をしてしまったな。
と罪悪感に襲われながら
『もう、前みたいには懐いてくれないかな…』と独り言の様に苦笑した。
まだ横にいる月本が、
『チョコは崎田さんが思ってるよりずっと慕ってるよ。見てたら分かる』
川辺を見つめながら言う。
私は黙っていた。 もう、疲れた。
計画していたことは呆気なく水の泡。 おまけに鈍感な人にまで慰めてもらう始末。
しばらくお互いに何も言うことなく、同じ方向を向いていた。
夕日は沈んで、空が薄い水色に染まった頃。
月本が『あ、俺。チョコにエサ持ってきてたんだった。やってくるな』
『 あ。私もチョコの様子が気になるから付いてくよ』
途切れ途切れの会話の最中チョコを見つけた。
二人で駆け寄ると、尻尾を振りながらチョコがこちらを向いた。
月本が弁当の残りもの…だろうか。そんな感じのものをチョコの前に差し出した。
チョコは、今日はまだ何も食べていないはずなのに、
これまでに見たことのないような
ゆっくりとしたスピードで少しの焼き魚やおにぎりを食べた。
月本に 、『チョコって、いつもこんなゆっくり食べるっけ?』と聞いてみる。
『さぁ。俺、時間あるとき以外は餌だけ置いてすぐ帰るからな。
でも何か今日は少し遅いような…。』
まあ、チョコも動物だし体調が良くない時もあるだろうと
勝手に事故解決して、私と月本はそれぞれの家に帰った。
ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。