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祓い人~五十鈴編~  作者: 左武小路
9/12

~五~…如月タガエ


 寝ていると人の気配が隣にあった。

 うっすらと目を開ける俺にそいつは「どうする?」と一言囁く。

 意識はそこで途切れる変な夢だった。


 ふと目を開けると俺の肩にわずかな重みがあり、そこに五十鈴の頭が乗っていた。

 霊能力者に会いに山の上にまで来たのはいいが、泊めて貰った上に帰りはすっかり日が暮れてしまい辺りは光1つない闇。

 しかも、雨まで降っている始末だった。


 バスの停留所で山田たちの帰りを待つ間にすっかり眠ってしまっていたらしい。


「色々あったわね」


 草葉が俺が起きた気配に気がついたのかそんなことを言った。

 確かに色々あった。

 でもそれはたった数日の間の出来事で今にして思えば全て夢だったんじゃないかと思えるほど。

 

 しんしんと停留所の屋根を打つ雨音に意識を向けるとそれに混じって五十鈴の息づかいが聞こえてくる。

 どんな夢を見ているのだろうか。


「ねえ」


 不意に掛けられた声に俺は草葉の気配に焦点を合わせた。

 顔も見えない程に闇は深いが草葉はまったくこの状況を悲観していない。

 凜とした気を感じる。


「あなたたちは本当に付き合ってないの?」

「いや、どうしてそんなことを聞くんだ?」

 

 来るときにも聞かれたので「別に」とすげなく言うかと迷った。が草葉はそれきり何も言わなかった。

 赤いウールのコートを着てきた草葉は何故か不機嫌なようだった。


 携帯を取り出して点灯させるとその端正な顔が不意に照らされ、まだ不機嫌であることを確認できた。


 ポケットに消えた携帯は恐らく時間を確認しただけであろう。


「今何時なんだ?」


「8時」


 草葉が不機嫌な顔を気にしても仕方がないと思うことにする。

 俺も体の冷えを感じてきていた。


 まだ春先なのであまり夜は暖かくない。


 すると遠くの方から光明が差した。

 乗用車かと思えば軽トラックのそれは俺たちの目の前で停まると中から中年の男が声を掛けてきた。

 

「本当にこんなところにおったけ、はよ乗り」


 俺たちは従うほかない。

 元より停留場で一夜明かすことなど誰1人望んでいなかった。


「五十鈴、起きるんだ」


 草葉はさっさと軽トラの助手席に乗り込むと俺と五十鈴は荷台に乗るしかなくなる。

 冷たい白鉄の荷台に腰を下ろすとトラックは荒いハンドル捌きで停留所を置き去った。


「大丈夫か、五十鈴」

「ん、ああ……」


 今回の霊能者はいろいろな意味でやばかった。

 本物といえば本物だったのだろう。

 しかし、霊能者がいつも自分たちに協力的とは限らない。


 今回は山田を通してそれを思い知らされた。


 ――2日前。


 慣れない土地に踏み込み、霊能者に会いに来たのはいいが些か問題があった。

 田んぼを越えて霊能者の住む集落に入ったときには日が暮れていた。


 そこで訪問先の霊能者でもある如月きさらぎタガエというお婆さんが自宅に泊めてくれることになったのだが、山田は部屋でこんなことを言い出した。


「何かおかしい、おかしいよな」


 女子とは別の部屋に俺たち3人はいる。

 用意された布団の上で山田は印を組みながら目を瞑った顔で言った。

 ヨガの瞑想と陰陽師の何かがごっちゃになったような印象の姿勢はあのペンションでの出来事がなければただのオタクにしか見えなかっただろう。


「何がですか?」

 岡部は漫画を広げながら山田を見ずに返事をした。


「出ない、いない、何も感じない」

「はあ、何すか」

 岡部は散々道中で熊が出るだのと怖がらされていたので、もううんざりだといった口調で返す。


「霊だよ、ここには何もいない。こんな消滅集落に何もいないなんておかしい」

「考えすぎですよ。元からいなかったかあの婆さんが全部やったんじゃないっすか」

 

 曲がりなりにも5人分の一宿一飯を用意してくれたこの家の家主に婆さん呼ばわりはいかがなものかと思いつつも山田の不機嫌さには俺も辟易していた。


「どう思う、石妙」

「どうって……」

 突然振られたところで別におかしいとは感じない。

 霊能者が払っているのなら当然だと思う。


「そうかなあ、あのババアにそこまでの力があるとは思えないんだけどな」

「ババアって言っちゃいます?」


 結局山田は寝付くまでブツブツと何か言っていたが、電気を消してそれも気にならなくなりしんと静まりかえった部屋で俺たちは寝息を立て始めた。


 何事もなく夜は更け朝がやってくる。


 翌日、満足に風呂も入れなかった俺たちに如月という年寄りは襖の向こうから起こしに来た。

「お前たち、仕事をしてもらうぞ」

 喉を押しつぶしたような声。

 如月という老婆の声がガラス戸を震わせるようだった。


 朝日が眩しかった。


「はぁ……もう今すぐ帰りたいんだけど」

 

 庭に集まった俺たちは寝姿のままだった。

 パジャマ姿の草葉は胸が零れそうで少し目に毒だ。

 五十鈴以外の女子のあられもない姿は見たことがない。

 岡部だって顔を少し赤らめている。


 如月老婆が言うには井戸から水を汲めとのことだ。

 草葉怜歌は不満を隠そうともせずにぶっきらぼうに桶を拾う。

 もちろん、女子の二人にそんなことをさせるわけにはいかないと俺も桶を持つのだが桶は5人分きちんと用意されていた。


「……っ……っ」

 

 普段は部屋に籠もりきりな五十鈴にこの重労働はキツ過ぎたのか、必死に井戸に落ちる縄を引いているが、逆に落ちかねない雰囲気だった。

「――あっ」

 

 予想はすぐに的中し、目眩でも起こしたのか五十鈴の体が大きく井戸の穴へと傾いた。

「危ない!」

 寸でのところで五十鈴の腰辺りを羽交い締めにして、引き戻す。

 正直見ていられなかった。


「どうしたんだ?」

「朝は苦手だから……」

 とりあえず、五十鈴には汲んだ水を運んで貰うことにして水汲みは男三人で交替してやることにした。

 家の入り口まで持って行くと、大きな桶にじゃぶじゃぶと水をため込んでいく。

 

 その桶が一杯になる頃、五十鈴は三回転倒し、草葉は五回老婆に抗議した。


「腕がぱんぱんだ……」

「もう動けないっす」

 水を溜める桶がどうしてあんなにデカいのかとか、隙間が空いてて水を吸うまで溜まらないだろとか、俺も言いたいことはあったが、そもそも何のために水道が使える家で桶に水を溜めさせられたのかがわからない。

 草葉と五十鈴は地面にしゃがみ込んでしまっている。


「ようやくまともな話ができそうじゃ」

 老婆は白装束に白紙垂れのついた棒を握って縁側から現れた。

 祓串はらえぐしというものである。


「お前たちにはよくないものが憑いておる。体力が衰えた時こそ、お主らは自分の憑き物と向き合えるだろう」

 老婆は白い装束に身を包みながら紙垂のついた棒をもって一人一人に串を振り上げていく。


「おいおい……あんた霊能者なんだろ……」

 祈祷師の真似事をしているようにしかみえない老婆に山田は不満を露わにした。

「直接干渉できるほどワシの力はもう強くはない。こうしてお前達の憑き物を表に出やすいようにしてやることくらいしか出きゃない」

「おいおいおい――」


 山田は焦ったように飛び退いて、老婆を睨み付ける。

 今「できゃない」って言ったよな?


「残念だが俺はそんなもんは不要だね」

「え、どうしたんすか、先輩」

 山田はかすかに震えていた。


「確かにお主が一番厄介だ、そのような重憑きでよくも五体満足でいられるものよ」

 老婆はここにきて冷静さを欠くように早口だった。

「ざっと、百は憑いておる。どうする、そのままじゃいつ死んでもおかしくはない」


 山田は百という言葉を聞いてもまるでひるんではいなかった。

 むしろ、自分の状態を飄飄と語る老婆に畏怖しているようである。

「婆さんがなんとか出来るっていうならそれを受けてやってもいいけどよ、自分で向き合えとか馬鹿じゃないのか、そんなことしたら地獄にいくどころの話じゃないぜ……」

 老婆は少し困ったような顔をして、

「そうかい、それじゃ少し考えるんだね。どっちにしろ、お前さんはただ死ぬだけじゃ済まないだろう」


 そうして、老婆は俺の隣にいる五十鈴のところへやってきた。

「……」

 まるでこの世のものではないものを見たかのように目を丸くしている。

「あの……」

 今までとは違う対応に俺も怪訝に思った。

「お主には、誰か頼れる者の存在が必要じゃな。それも、特別な霊力をもった人間が必要だ」


 そう言って、老婆は俺に視線を動かす。

「ふむ、やはり小童。お前がそうか」

 とんでもなくすごんでみせるので、俺は何か悪いことでもしたのかと一瞬たじろぐ。

「俺が、どうかしたんですか?」

「ふむ、ふむ」

 老婆は俺と会話しているようではなかった。

 明らかに目線が後ろの空を見つめている。


「なるほど、その道を行くということはもはやお主は一つの神ではなくなるということだろう。哀れな邪神となるか……」

 そこまで言って老婆は目頭を押さえて、後退する。

「やはり、力が衰えてしまってはまともに見ることすら体力を使うようじゃ」


 老婆は縁側に座り込んで、肩で息をしていた。

「名はなんといったかな、お前さん」

「俺、ですか……?」

「そう、お主だ」

「石妙昴です」

「なるほどの……岩石の石に奇妙の妙、スバルは大方、光ものだろうよ」


 老婆は教えてもいない事をすらすらと口にした。

「どうして、わかるのですか?」

「お主の後ろの者が言っておる。自らの名に言霊を吹き込めば表に出てくることができると」

「えぇっ――」


 驚いたのは全員だった。 

 俺だって驚きだ。自分の名前で出てくるのは自分自身の魂だ。

 つまり、俺の守護霊は俺自身を騙っている・・・・・


「ただし、導具が必要じゃ。かの安倍晴明が使っていたような神器よりも純度を精錬した依り代。現代では生身の肉体、それも穢れを知らぬ乙女のものでしか不可能じゃが」

 静かに老婆は五十鈴を見た。

「ワシが代弁してやりたいところだにゃあが、お主のそれは人の身には強すぎるモノが故、特別適正がある者が行わねば命に関わるじゃろう」


「それが、私……?」

 頷く老婆に躊躇はなかった。


「この小僧の憑きものをお前が受け入れろ。そうすればお前は悪霊に惑わされることはなくなる。ともすれば人並みの生活ができるだろうて」


「でもそれをやったら昴は……死ぬ」


 守護霊を失ったら俺は確かに危うくなるだろう。

 あらゆる霊障を受けることになる。

 死ぬかどうかまでは俺には分からないが。


「この小僧を好いているのか? お前は充分苦しんだ。前世の忌み事が今世の苦しみを与えているのかもしれんが、一世一代のうちに全てを精算しようなど虫の良い話だ。この小僧と別れるのもお前の試練の1つ」


 俺はなんとなく納得してしまっていた。

 五十鈴の身に余る力の丈はすべて前世を含めた諸々から来ている。

 であれば、それを助けるために死ぬのなら悪くないなどと俺は勝手に思っている。


「ふざけんなよ婆さん」


 山田がキレた。


「依頼したのは俺だ。俺のを何とかしろ」


「なんとか? なんとかとは何じゃ。良いか、祓うという行為が成立するのはお前の中に反省の心があるときだけだ」


 


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