~参~
学園が始まってしばらくは例の研究会も活動らしい活動はなかった。
それでも入部の希望者は後を絶たない。
俗世に疲れた者、日常に刺激を求めるものがこぞって参加しようとする。
それを断るのは二年の転校生である山田拓也。
そんな彼に痺れを切らしたのか、非公式にそういった超常現象を調査する生徒が現れ始めた。
廊下の一角にはそんな有志を募るポスターがあった。
「五十鈴、どうかした?」
「……別に」
あの一件以来、五十鈴の声色は妙に沈んでいる。
この異常といえる非日常への埋没は果たして人間の性なのか俺には分からない。
そしてそう云った凡百夫人のアニミズムへの渇望は五十鈴の霊媒体質にとっても毒になり得た。
9月に入ってからは連日山田(先輩)が職員室へ呼び出されるので、俺と五十鈴、岡部の三人は別段することもなく部室でネットサーフィンやら県内の事件を調べている。
「そういえば、この部室は正規に認められているんですか?」
名目上は化学室で、自然現象研究会のような名前だったはずだ。
「もちろんっすよ、その辺は部長が上手くやってくれますんで」
不安といえば不安だ。
ここのところやっていることといえば、五十鈴はただ窓の外を眺めているだけだし、俺は山田の所有する心霊写真を眺めているだけ。
こと岡部に至ってはまるでネット中毒者のようだった。
これで研究会の活動のはずがなかった。
「失礼します」
現れたのはいつぞやに見た女子。
「ああ、草葉さん、久しぶり」
草葉と呼ばれた少女は岡部とまるで見知った顔のようだった。
「えっと?」
俺がその記憶をたぐり寄せているうちに岡部はその女生徒を紹介した。
「草葉怜歌さん、この間の試験のときに石妙君の後ろにいた人だよ」
嗚呼と納得する。
この女は五十鈴が嫌っていた人物ではなかっただろうかと。
「どうも」
五十鈴に負けず劣らずの美少女だが、俺に対して敵意を持ったような口調で会釈する。
「ということは草葉さんもこの研究会に?」
「一応、師匠から許しは出てるんだけど……草葉さん?」
「ええ、私も今日はそのことで参りました」
なんというか、仕草に如才ない人でどこか育ちの良い物腰が滲み出ている。
「端的に言いますと、これから行動するときは私を筆頭にして貰いたいのよ」
突然紡がれた高飛車な暴論に岡部は目を丸くする。
それはつまり、自分を部長にしろという言い分だった。
「と、とりあえず山田先輩が帰ってきてからじゃないと……」
珍しく岡部も山田と苗字を使う。
「そう? じゃあここで待ちます」
しかし、その視線が窓辺へ向けられたと同時に草葉の眉はつり上がった。
俺の目の前を通り過ぎる横風からひやりとした芳香が漂う。
まるで冷たい薔薇のような鼻の奥に抜ける甘さがある。
「あなた、かなり不浄になってますよ」
突然話しかけられた五十鈴は気怠そうに振り返る。
邪険にされているのを感じたのか草葉の楚々とした顔が歪んだ。
「不浄ってなに、月経のこと?」
草葉の顔がさっと朱に変わった。
「あなた……!」
五十鈴も草葉を思い出したのか、眉が微妙に動いた。
――がらがら。
スライドした扉から現れた研究会部長、山田は草葉を見るなり笑みを浮かべた。
同時に草葉が挑発的に声を上げる。
「あ、山田先輩」
「俺をその名前で呼ぶな!」
恫喝にも似たその叫びは静寂を生んだ。
ちっというような舌打ちに岡部は肩を竦める。
「師匠、こ、草葉さんが自分を部長にしろって……言ってます」
岡部が静寂を破る。
草葉の顔はここからではよく見えないが山田を睨んでいるようにも思える。
「別にいいよ」
緊迫した雰囲気からは一点間の抜けたような返答がされる。
「そう、ですか」
草葉も何か納得がいかないのか、歯切れが悪い。
「それより、今週の土日は空けておけよ」
えっという声が上がる。
この間はあんなところに連れて行ったくせに山田の声は真っ直ぐだった。
「霊能者、会いに行くから」
どうしてそんな流れになったのかはわからないが、その週の土日はとにかく朝から五十鈴のメールが絶えなかった。
メール内容は一括して「行きたくない」というような旨だったと思う。
五十鈴は積極的に関わるのが嫌いなのだ。
霊能力者という人間が……。
それでも俺は割と興味があったし、なんとかして五十鈴を連れ出そうと躍起になっていた。
俺は自分に憑いてるものが知れるなら知っておきたいと思う。
身支度を早めに済ませて、五十鈴の家に直行すると途端に後悔が襲ってきた。
五十鈴が嫌がることはあまり良い結果になった例しがないということを身を以て知っていたからだ。
今回はそれ以上に好奇心が先行してしまっていた。
少し気を引き締め、五十鈴の様子を見てから判断しようという気持ちに変えた。
「五十鈴-」
相変わらず人気のない家に玄関から声を掛ける。
返事はない。
「上がるぞー」
鍵が掛かっていないのはどういうわけだっただろうか。
不用心といえば、不用心なのだがこの家に護符や御守りなしに丸裸で入ることはさらなる不用心だと言わざるを得ない。
一つ、二つ――。
リビングを素通りする時点で既に家が割れるようなラップ音がする。
カーテンが閉め切られており、部屋の角には塩があるのにその奥からする物音はあまり長く聞いていたいものではなかった。
俺はそのまま五十鈴のいる二階へ上がる。
三つ、四つ――、五つ。
右足を動かすごとに数を数えながら家の中を歩かねばならない。
何故ならこの家はもうすでに一つの生き物のように憑かれすぎているからだ。
五十鈴が特異な霊媒体質のためにこの家はそういったモノを集める。
いつからか、五十鈴の家は五十鈴以外が入るとその者に霊媒体質を与えるような家となっている。
数を数えて己を強く持たなければ、容易に自らも霊媒状態となってしまう。
下手をすれば、あっという間にこの家にいる下級霊に憑依されてしまうだろう。
丁度、二十五歩目にして五十鈴の部屋へ着いた。
軽くノックするが、返事はない。
ノブを捻ると抵抗がないまま開いた。
「うわ、冗談だろ……」
五十鈴の部屋はもはや、部屋とは呼べないような有様だ。
鼻をつんとつく臭いは芳香でもコロンでもなく、何か線香を焚いたような感じ。
部屋の四隅には盛り塩が盛られており、天井と床に五芒星が描かれている。
五十鈴はその中央で膝を抱えていた。
脇に転がった携帯電話は充電が切れているかもしれない。
ゆっくりと頭を上げる五十鈴の目に俺の姿が映るまではまるで、五十鈴がこの世のものではないかのように虚ろだった。
「昴か」
「何してんだ? パジャマのまんまじゃないか」
「…………」
億劫そうに五十鈴は手を伸ばして、立つのを貸してくれと催促した。
驚くほど軽く五十鈴の体は持ち上がる。
「どうも、今日は気が乗らないよ」
「どうして」
「嫌な予感がする」
「霊能者は偽物とか?」
「昴、霊能者がすることって何だと思う?」
「預言とか除霊とかそういうのだろ」
「うん、それ」
「?」
「だから、あの部長はそれを必要としてる。それが嫌な予感なんだ」
「ああ、なるほど……」
確かにあの奇怪好きの山田が除霊や預言を必要と考えるとすれば、それはこの間のやばい旅館の比ではない。
「俺はそういうのとは別に一度会ってみたかったんだよ、霊能者って人に」
「まぁ、昴がそう言うなら行こうか」
五十鈴は首を軽く振りながら胸元に手を掛けた。
ここで着替えるつもりか!
「私の部屋だけど」
「俺がいるんだから少しは恥ずかしがったらどうなんだ?」
「別に……昴以外には扱えない体さ……」
俺はため息をついて外へ出た。
俺自身、五十鈴の体に何も感じなかったのが一番怖かった。
妹? 姉? どれも違うような気がする。
ただ、五十鈴は死そのもののような感覚だ。
だから、五十鈴を好きになる奴はきっと何もかも失う。
俺にはその覚悟がない――。
俺は足早に玄関の外まで出ると大きく深呼吸した。
重たい部屋の空気を何とか外に排出すると曇った空が見えた。
「おい、人の家の前で立たないでくれ。ただでさえ変な目で見られているんだ」
気づけば五十鈴がレインコート横を通り過ぎていく。
雨も降っていないのにフードを被って長い髪を脇からはみ出させている。
「待てよ」
呼べば止まる五十鈴の横顔はいつも吹けば消えそうなほどに儚く美しいものだった。