~七~
「その布切れ持ってけよ」
岡部は鞄を漁って懐中電灯を用意していた。
軍が使うようなビームレベルに明るいやつで俺たちの分まである。
「帰ってきたときから2人で決めてたんですか?」
「ああ」
山田は事も無げに言った。
岡部も「すみません」と言うだけで俺はまったくこれから何が始まるのかと気が気でなかった。
五十鈴は森の中のせいかいつもより調子が良さそうだが草葉は軽く舌打ちしている。
何やらポケットから石を取り出して足下に撒いたみたいだ。
エメラルドかサファイアか、翡翠なんかの宝石の類いだろうか。
ただの石ではない色々な石を撒いて何か占っているのではと思い聞いてみた。
「何やってるんですか?」
「占いよ。最悪だわ、凶兆が出てる。とんでもない凶兆」
だろうなと思った。
山田の顔はいつも以上に生き生きとしていて恐ろしくさえある。
俺は山田が準備が出来たのを合図に尋ねた。
「俺たちも行かなきゃならないんですか?」
「当たり前だろ。今回のは前の比じゃないんだからよ」
その言葉に心臓が潰れるような思いだった。
付いてくるんじゃなかったと思った。
こいつは如月老婆が言っていた何かを見つけてしまったのだ。
そう確信した。
「じゃ、行きますよ」
岡部も山田の後ろを付いて行った。
五十鈴がすーっと付いて行くので俺は五十鈴に問いかけるしかない。
「どうして付いて行くんだ?」
「どうせあいつら街まで連れて来る。そしたらいずれ私たちも戦う羽目になる」
つまり先に叩くということだろう。
焦りから草葉さんを見た。
「お手並み拝見するわ」
余裕の表情で少しほっとした。
陰陽一族というだけあって少しは頼れそうだと思ったからだ。
森に入ってすぐ山田が脚を止めた。
「おい」
「なんすか」
俺は山田が言わんとするその不自然さに気づいてしまった。
夜の森は思ったよりも暗くて危険な場所だった。
自分たちが歩いている以外の音が一切ない、そのはずだった。
「誰か付いて来てないか?」
「あのお婆さんですかね?」
「馬鹿いうな」
そう言って山田が歩くとやはり遠くで音がした。
カサカサという風よりもはっきりと聞こえる。
まるで動物のような足音だ。
「熊とか?」
俺は何となしに言ってみた。
「鹿でしょ。鹿は夜行性なのよ。熊はこれだけ集団でいたら寄ってこないはずだわ」
草葉は平気そうだった。
こういうことに慣れているんだろうか?
「いや、動物の足音に聞こえるかよ?」
山田はそう言って少し歩き、また帰ってきた。
山田にぴったりと足音を合わせているのが分かった。
知性のある生き物の動きなのが分かる。
「……」
俺たちは何も言えなかった。
音のする方にライトを向けるが何も見えない。
覆い茂る木々がよくないのか、見えないのだが向こうまでいって確かめるという気には誰もならなかった。
何しろ森は真っ暗でライトだけが頼りなのだ。
どこかで脚を滑らせて崖下へ転落という危険さえある中、山田しか道を知らない以上は俺たちは山田の言いなりに近い。
それから金属の影がちらっと先に見えた。
俺はそれを見た途端目的地に着いたと悟った。
「すごいっすね師匠。夜なのに迷わず来られるなんて」
まったくだと俺は思った。
いっそのこと道に迷って朝まで掛かれば帰れると心のどこかで期待していた。
金属の影は鉄柵だった。
発電所なんかによくある上に進入防止の返し鉄線が張ったやつだ。
それが20m四方ほど囲ってあった。
中にはコンクリ製の小屋があるくらいで他に目立ったものはない。
こんな廃村同然の村に発電所かと思ったがどうやら見た感じから違うらしい。
「全員婆から貰った布きれ出せ」
俺は老婆から貰った掛け布をこんなことに使うのかと思った。
鉄線に次々掛けていき、乗り越えるために山田は使ったのだ。
「師匠、どうっすか」
罰当たりだとは思ったが、ここまで来ては山田を止める者は誰もいないだろう。
結局ないと言われた場所を勝手に見つけ、山田は勝手に入ろうとしている。
本来は入ってはいけない場所のはずなのにだ。
「この中に何があるっていうのよ」
草葉は軽くキレ気味だった。
30分近く歩かされて付いた先がこんな色気も何もない場所じゃ怒っても無理はない。
「ヤバいもんだろ。写真に撮ったらこの中に女の影が映ったんだ。ぜった、い、何か、あるね!」
山田は鉄線を乗り越えた。
あんな斜めに反り返ったところを乗り越えなきゃならないなら女子には無理だろう。
「聞いてないぞ」
無駄だと思いつつも抗議すると山田はニイっと嗤うだけだった。
岡部はすいませんと詫びを入れるが、俺は返って腹が立った。
五十鈴と草葉にはここで待つように勧めた。
「そうね、ここで待たせて貰うわ」
「ん」
どうせ目と鼻の先だからと思ってのことだったが、意外とすんなり了承してくれた。
そうして俺と岡部と山田の3人で小屋までいくとそこには今時の南京錠で施錠された扉があった。
「明らかに空気が変わったな」
「なんか急に静かになりましたね」
俺はやめとけと思うもこいつらはどこまでも行くつもりのようだった。
山田は背負った鞄からピッキングツールのようなものを取り出して南京錠に挑み始めた。
それを見守る俺と岡部。
たまに五十鈴たちの方からライトの明かりが飛んでくるがしばらく経つとそれもなくなった。
2人で何かお喋りでもしているのかと思ったが、五十鈴にそんなコミュ力があるはずもない。
想像しやすい光景を考えていると岡部が急に語り出した。
「あの、なんで師匠に付いて行くかって話でしたよね」
「あ、ああさっきの」
「実は俺、師匠に命救われてるんすよ」
岡部はぽつぽつと語り始めた。