第一話 授かったスキルが、放浪だった
皆様、いつもおつかれさまです。
こちらは不定期になってしまうかと思いますが、コツコツがんばります。
十五歳の誕生日。
この世界では、その日に神殿でスキルを授かる。
剣術、魔法、錬金術、鑑定、料理。
人によって授かるスキルは違うが、どれも生きていくうえで役に立つものばかりだ。
中には『勇者』や『賢者』といった、国を挙げて保護されるような希少スキルを授かる者もいるらしい。
だから、俺も少しだけ期待していた。
剣士になれれば冒険者として稼げる。
魔法使いになれれば、貧乏な実家を助けられる。
錬金術師なら、いつか自分の店だって持てるかもしれない。
別に特別な才能が欲しいわけじゃない。
ただ、今より少しだけマシな人生を送りたかった。
「では、祈りなさい」
神官に促され、俺は祭壇に手を置いた。
目を閉じる。
胸の奥が温かくなり、頭の中に文字が浮かんだ。
――スキルを授かりました。
よし。
何だ?
何を授かった?
期待に胸を膨らませながら、俺はステータスを開いた。
そして。
「……は?」
思わず声が漏れた。
神官が不思議そうにこちらを見る。
「どうしました?」
「いえ、あの……これ、何ですか?」
「授かったスキルでしょう?」
「いや、それは分かってるんですけど」
俺は表示された文字を何度も読み直した。
見間違いではない。
何度確認しても、そこには同じ文字が並んでいる。
スキル:『放浪』
「……放浪って、スキルですか?」
神官は少しだけ首を傾げた。
「聞いたことのない名前ですね」
「ですよね?」
「しかし、神から授かったものに間違いはありません。きっと、あなたに必要な力なのでしょう」
出た。
困ったときの神様理論。
必要だから授かった。
意味があるから授かった。
今は分からなくても、いつか分かる。
そういう話は嫌いじゃない。
嫌いじゃないが。
「具体的には、何ができるんですか?」
「それは……」
神官は黙った。
俺も黙った。
祭壇の周りに、気まずい沈黙が流れた。
結局、神官にも分からなかった。
*
家に帰ってから、俺は父に相談した。
「父さん。俺、放浪ってスキルを授かったんだけど」
「そうか」
「……驚かないの?」
「驚いている」
父は薪を割る手を止めずに答えた。
「顔に出ないタイプなんだ」
「そういう問題かな……」
「放浪か。聞いたことはないな」
「だよね」
「旅に出るのが好きになるとか?」
「それ、スキルなの?」
「知らん」
父は薪を割り終えると、斧を壁に立てかけた。
「まあ、スキルなんて使ってみなければ分からん。明日、町まで行ってみたらどうだ」
「町?」
「お前、ここ数年は村から出ていないだろう。何か分かるかもしれん」
なるほど。
確かに、スキルの効果を確かめるのは大切だ。
俺は翌朝、町へ向かった。
村から町までは徒歩で半日ほど。
特に何も起きなかった。
町の門を通り、商店を眺め、昼食を食べ、日用品を買う。
夕方には村へ帰った。
ステータスを確認した。
スキル:『放浪』
変化なし。
「……まあ、一日じゃ分からないか」
俺はそう自分に言い聞かせた。
翌日も町へ行った。
その翌日も行った。
三日目には町の門番に顔を覚えられた。
五日目には行商人から「仕事を探しているなら、荷運びをしないか」と声をかけられた。
七日目。
俺は気づいた。
「これ、ただ歩いてるだけじゃないか?」
もちろん、ただ歩くだけでスキルが分かるなら苦労はしない。
俺は町の冒険者ギルドで相談してみた。
「放浪? 聞いたことないな」
受付嬢は困ったように笑った。
「移動系のスキルなら、地図作成や方向感覚、空間転移なんかがあるけど……」
「空間転移!?」
「いや、あなたが持っているとは言ってないわよ」
「ですよね……」
「そうね。試しに、どこか遠くまで歩いてみたら?」
その言葉が、妙に頭に残った。
遠くまで歩く。
遠くまで行けば、何かが起こるかもしれない。
何も起こらないかもしれない。
でも、ここにいても仕方がない。
俺は村に戻り、父に告げた。
「旅に出るよ」
「そうか」
「……止めないの?」
「お前が一週間、毎日町まで歩いていたのは知っている」
「見てたの!?」
「村の入口から帰ってくるところをな」
父は小さな袋を差し出した。
中には保存食と、わずかな金が入っていた。
「いつでも帰ってこい」
「うん」
「それと、スキルが何なのか分かったら教えてくれ」
「分かった」
こうして俺は、生まれ育った村を離れた。
立派な冒険者になるためでもない。
世界を救うためでもない。
ただ、自分のスキルが何なのか知りたかった。
それだけだった。
*
旅に出て三日目。
俺は街道を歩いていた。
道の両側には草原が広がり、遠くには森が見える。
天気は快晴。
魔物の気配もない。
実に平和な旅だった。
……いや、平和すぎる。
「そろそろ何か起きてもよくないか?」
俺はステータスを開いた。
スキル:『放浪』
何も変わっていない。
試しに、少し走ってみた。
何も起きない。
歩く速度を変えてみた。
何も起きない。
後ろ向きに歩いてみた。
危うく転びかけた。
「何なんだよ、もう!」
思わず叫んだ、そのときだった。
頭の中に、聞き慣れない声が響いた。
『放浪スキルの熟練度が上昇しました』
「……え?」
足が止まる。
今、何て言った?
熟練度?
スキルに熟練度なんてあったのか?
俺は慌ててステータスを確認した。
スキル:『放浪』
熟練度:1
「おおっ!」
初めての変化だ。
ようやく、スキルらしい反応があった。
俺は期待に胸を膨らませ、スキルの詳細を確認した。
すると、新しい説明文が表示された。
『放浪:移動を継続することで熟練度が上昇する。一定の熟練度に達すると、放浪に関連した能力が解放される』
「……それだけ?」
いや、待て。
重要なのは最後の一文だ。
能力が解放される。
つまり、このスキルは成長するタイプなのかもしれない。
最初は役に立たなくても、熟練度が上がれば強力な能力を得られる。
そう考えれば、悪くない。
むしろ、かなり夢がある。
「よし。歩こう」
俺は再び街道を進み始めた。
ひたすら歩いた。
日が暮れたら野営し、朝になったら歩き出す。
雨の日も、風の日も。
ときには道に迷い、野犬に追いかけられ、ぬかるみに足を取られた。
それでも歩いた。
そして七日目。
『放浪スキルの熟練度が上昇しました』
熟練度が10になった。
俺は期待を込めて詳細を確認した。
新しい能力が解放されている。
『方向感覚』
「……おお!」
ついに来た!
方向感覚。
どこに向かえばいいのか分かる能力だろうか。
これがあれば、もう道に迷わずに済む。
旅をするうえで、かなり便利な能力だ。
俺はさっそく使ってみた。
すると、頭の中に不思議な感覚が生まれた。
東。
西。
南。
北。
そして、今まで歩いてきた道の方向が、何となく分かるようになった。
「……うん」
便利だ。
確かに便利だ。
でも、俺が欲しいのはそういうことじゃない。
転移とか。
高速移動とか。
せめて、疲れなくなるとか。
そういう、旅をするうえで圧倒的に有利になる能力が欲しかった。
方向が分かるだけなら、普通に地図を買えばいい。
「いや、贅沢を言うな。まだ熟練度10だ」
俺は自分に言い聞かせた。
まだ先がある。
きっと、あるはずだ。
*
さらに十日が過ぎた。
熟練度は25になった。
解放された能力は『野営適性』だった。
野営地を選ぶのが上手くなり、以前より快適に眠れるようになった。
その次は『歩行耐性』。
長時間歩いても疲れにくくなる能力だった。
どちらも便利ではある。
便利ではあるのだが。
「……俺は冒険者になりたいんだけどな」
魔物を倒す力が欲しい。
魔法を使いたい。
せめて、戦闘で役に立つ能力が一つくらい欲しい。
だが、俺のスキルは容赦なく移動と旅に関係する能力ばかりを解放していった。
しかも、歩き続けなければ熟練度は上がらない。
立ち止まって休んでいる間は、当然ながら何も起こらない。
納得できない。
納得できないが、他にスキルはない。
だから、歩く。
ひたすら歩く。
そうして俺は、王都から遠く離れた辺境の町にたどり着いた。
その町の冒険者ギルドで、俺は運命の出会いを果たすことになる。
「おい、そこの兄ちゃん」
酒場の隅で食事をしていた俺に、髭面の男が声をかけてきた。
「ずいぶん遠くから来たみたいだな」
「まあ、そうですね」
「一人でか?」
「はい」
「何日歩いた?」
「王都を出てからなら、三週間くらいです」
男の目が変わった。
「三週間、一人で?」
「途中で町には寄りましたけど」
「そういう話じゃねえ」
男は俺の前に座った。
「兄ちゃん、冒険者か?」
「一応、登録はしてます」
「ランクは?」
「Fです」
「戦闘系のスキルは?」
「ありません」
「……は?」
「放浪っていうスキルしかなくて」
男はしばらく俺を見つめた。
そして、突然笑い出した。
「はははっ! そいつはすげえ!」
「何がですか!?」
「兄ちゃん、もしかして知らねえのか?」
「何を?」
「この辺りから先は、普通の冒険者なら馬車を使うような距離だぞ。しかも、その先には街道のない地域が続いている」
「はあ……」
「それを一人で歩いてきたんだろ?」
男は笑みを浮かべた。
「うちの隊に来ないか?」
「え?」
「護衛任務だ。目的地までは徒歩で移動する。報酬も悪くねえ。兄ちゃんみたいに長距離を歩ける奴がいれば助かる」
俺は少し考えた。
確かに、金は欲しい。
旅を続けるにも、食料を買うにも金がいる。
「戦闘は苦手ですけど、それでもいいんですか?」
「戦闘は俺たちがやる。兄ちゃんには道案内と荷物の運搬、それから長距離移動を手伝ってもらいたい」
「分かりました。お願いします」
こうして俺は、初めてまともな依頼を受けることになった。
そして、その依頼の途中。
俺はようやく、自分のスキルが普通ではないことを知る。
*
護衛隊は俺を含めて六人だった。
隊長のガルドは斧使い。
ほかに剣士が二人、魔法使いが一人、弓使いが一人。
俺だけが戦闘能力に乏しい。
ただし、歩くことに関しては誰にも負けなかった。
隊長たちが休憩を求める頃にも、俺はまだ歩ける。
荷物を背負っても、足取りはほとんど変わらない。
道が分からなくなっても、方向感覚のおかげで迷わずに済む。
俺のスキルは、確かに役に立っていた。
問題は、目的地まであと二日というところで起きた。
「止まれ!」
先頭を歩いていたガルドが叫んだ。
道の先に、巨大な魔物が立っていた。
黒い毛並み。
湾曲した二本の角。
人間など一撃で吹き飛ばしそうな巨体。
「グレートホーンだと……!」
剣士の一人が顔を青くした。
「こんな場所に出る魔物じゃないぞ!」
ガルドが斧を構える。
「全員、戦闘準備!」
魔法使いが詠唱を始め、弓使いが矢をつがえる。
俺も腰の短剣を抜いた。
正直、何もできる気がしない。
それでも、逃げるわけにはいかなかった。
グレートホーンが地面を蹴った。
巨体が迫る。
「散れ!」
全員が左右に飛び退いた。
俺も反射的に走った。
だが、魔物は俺を追ってきた。
「うそだろ!?」
俺は全力で走った。
グレートホーンの足音が背後から迫る。
速い。
とにかく速い。
こんなもの、普通の人間が逃げ切れるはずがない。
それでも俺は走った。
走って、走って、走り続けた。
やがて、頭の中に声が響いた。
『放浪スキルの熟練度が上昇しました』
こんなときに!?
俺はステータスを確認する余裕もなく、必死に足を動かした。
すると、突然。
『一定条件を満たしました』
『固有能力《帰路標》が解放されました』
「はあ!?」
視界の端に、見慣れない表示が浮かんだ。
その瞬間、俺の頭の中に一本の道が現れた。
今まで歩いてきた道。
護衛隊の仲間たちがいる場所。
そして、そこへ戻るための最短経路。
道筋が、はっきりと分かる。
俺は直感的に理解した。
この能力を使えば、あそこへ戻れる。
俺は方向を変えた。
「グルルルッ!」
グレートホーンが吠える。
俺は木々の間を駆け抜け、岩場を飛び越え、狭い斜面を駆け下りた。
魔物の巨体は地形に阻まれ、少しずつ距離が開いていく。
そして。
「戻ったぞ!」
護衛隊の姿が見えた。
「おい! 無事だったのか!」
ガルドが叫ぶ。
「後ろから魔物が来ます!」
「何だと!?」
直後、グレートホーンが木々をなぎ倒して姿を現した。
だが、今度は違った。
仲間たちはすでに陣形を整えていた。
魔法が放たれ、矢が飛び、ガルドの斧が魔物の脚を打つ。
激しい戦闘の末、グレートホーンは地面に倒れた。
静寂が戻る。
俺は膝に手をつき、荒い息を吐いた。
「……死ぬかと思った」
ガルドが俺の肩を叩いた。
「よく戻ってきたな。あの魔物を引きつけて、こっちに誘導するとは」
「いや、別に誘導したわけじゃ……」
「謙遜するな。お前のおかげで助かった」
違う。
俺はただ逃げていただけだ。
けれど、ステータスを確認した俺は、そんなことを考える余裕もなくなった。
スキル:『放浪』
熟練度:48
固有能力:《帰路標》
説明:一度通った道をたどり、任意の地点へ帰還するための経路を認識する。熟練度に応じて、経路の認識精度と距離が拡張される。
「……帰路標?」
つまり、帰り道が分かる能力。
ただし、瞬間移動ではない。
自分の足で帰らなければならない。
「いや、地味だな!」
思わず叫んでしまった。
「何がだ?」
「いえ、何でもないです……」
それでも、俺は少しだけ考えを改めた。
このスキルは、ただ歩くだけの能力ではないらしい。
歩き続けることで成長し、成長することで新しい能力を得る。
そして、その能力は必ずしも戦闘向けではないが、使い方次第で命を救うこともある。
……ならば。
「もう少しだけ、続けてみるか」
俺はステータスを閉じた。
納得したわけではない。
もっと格好いいスキルが欲しいし、魔法だって使ってみたい。
けれど、今さら別のスキルが手に入るわけでもない。
だったら、仕方がない。
俺は歩く。
ひたすら歩く。
このスキルが何なのか、どこまで成長するのか。
それを確かめるために。
そして、このときの俺はまだ知らなかった。
世界地図に記された街道をすべて踏破した者がいないことも。
地図に載っていない土地の先に、古代文明の遺跡が眠っていることも。
そして、かつて世界を救った英雄たちが、最後にたどり着いた場所の記録が、すべて失われていることも。
俺がただの放浪だと思っていたスキルは、やがて世界の誰も知らない道を見つけ出す。
それがどんな意味を持つのか。
今の俺には、まだ分からない。
「さて、次はどこへ行こうか」
俺は地図を広げた。
まだ歩いたことのない道が、いくつもある。
納得はしていない。
していないが。
「……まあ、歩くしかないよな」
そうして俺は、再び旅に出た。




