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図書室の文通相手は…  作者: しゅり
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第4章 中編 「途切れたやりとり」

月曜日の朝、教室の窓から差し込む光は、やけに強く感じられた。


机の上に落ちるその光を、ぼんやりと眺めながら私は席に座る。


周囲では、週末の出来事を話す声が飛び交っていた。


「昨日さ、買い物行ったんだけど——」

「え、いいな、それで?」


楽しそうな会話。

笑い声。


いつも通りの朝。


私はその中にいながら、どこか会話の輪の外にいるような感覚を抱いていた。


鞄から教科書を取り出す。

ページを開いても、文字がすぐには頭に入ってこない。


——返事、どうだろう。


気づけば、そんなことを考えている。


まだ月曜日。

確かめられるのは、木曜日のはずなのに。


それでも、頭の中から離れない。


一度空白を知ってしまうと、

その静けさが意識のどこかに残り続ける。


授業が始まる。


黒板に書かれる数式。

チョークの粉が、光の中でかすかに舞う。


先生の声は一定のリズムで続いているのに、どこか遠くに感じる。


ノートにペンを走らせながらも、思考は別のところへ流れていく。


——忙しいだけ、だよね。


自分に言い聞かせる。


たった一回、返事がなかっただけ。

それだけでこんなに気にするなんて、おかしいかもしれない。


でも。


胸の奥に残る小さな違和感は、消えなかった。


昼休み。


窓際の席でお弁当を広げる。


外では、グラウンドに出た生徒たちの声が響いている。

風に乗って届く笑い声が、少し遠く感じた。


箸を動かしているうちに、ふと視線が上がる。


——今、何してるんだろう。


自然と浮かぶその疑問に、少しだけ戸惑う。


顔も知らない相手なのに。

それでも、気になってしまう。


たった数枚の便箋でつながった関係。


それなのに、その存在は確かに心の中にあった。


放課後。


帰宅すると、私は机の引き出しを開けた。


そこにある小さな缶を、しばらく見つめた。


これまで受け取った便箋を入れている、大切な場所。


ふたに手をかけ、静かに開く。


中には、重ねられた便箋。

一枚一枚が、これまでのやり取りの証。


私はその中から一枚を取り出し、ゆっくりと広げる。


文字を追う。


あのとき読んだはずの言葉が、今の自分には、少し違って見えた。


やわらかい言葉。

少しだけ不器用な言い回し。


でも、どこかまっすぐで、温かい。


『ここで話せると、少し楽になる』


その一文に、胸が静かに揺れる。


——私も。


同じだった。


教室では言えないこと。

うまく言葉にできない気持ち。


それを、ここでは書くことができた。


そして、ちゃんと受け取ってくれる誰かがいた。


私は便箋をそっと重ね直し、缶の中に戻す。


ふたを閉じる音が、部屋に小さく響いた。


それだけで、少し安心する。


たとえ今、返事が途切れていても。


このやり取りは、確かにここに残っている。


それが、支えになっていることに気づく。


火曜日。


図書委員の仕事で、私は図書室にいた。


返却された本を棚に戻しながら、自然と視線があの場所へ向かう。


《まだ知らない君へ——》


あの本は、いつもと同じ場所にあった。


手を伸ばせば、すぐに取れる距離。


——見ようと思えば、見られる。


分かっている。


でも。


私は、その本に触れることができなかった。


触れてしまえば、確かめることになる気がして。


先週、何もなかったページ。


その光景が、頭から離れない。


もし、今日も何もなかったら——それを確かめることになる。


その想像が足を止めた。


そう思った瞬間、足が止まった。

指先も、わずかに動くだけで止まった。


結局、その日は一度もページを開かなかった。


仕事を終えて図書室を出るとき、

ほんの少しだけ後ろを振り返る。


本棚は静かに並んでいて、何も変わっていない。


それでも、その中にある一冊だけが、特別な意味を持っていた。


水曜日。


教室はいつも通りの空気に包まれていた。


隣の席の友達が、小さく声をかけてくる。


「ねえ、この問題分かった?」


私は一瞬遅れて顔を上げる。


「あ、うん……ここ、こうだと思う」


返事に間があいた。


それでも、友達は「ありがと」と笑ってくれる。


そのやり取りが終わったあと、私はふと考える。


——ちゃんと、ここにいるのに。


会話をしていても、心の一部が、あの本のある場所に残っているような感覚。


それが少しだけ不思議で、少しだけ寂しかった。


放課後。


窓から差し込む光が、やわらかく教室を包む。


私は鞄を持ちながら、少しだけ立ち止まった。


——明日。


次に図書室へ行く日。

返事があるかどうか、分かる日。


胸の奥が、ゆっくりとざわつき始める。


期待と、不安。


どちらも消えないまま、そこにある。


それでも。


私は一歩を踏み出す。


たとえ返事がなくても。 

また、自分の言葉を書けばいい。


この場所がなくなるわけじゃない。


そう思えることが、今の自分を支えている。


夜。


机の上に置かれた新しい便箋を見つめる。


まだ何も書かれていない、白い紙。


明日、何を書くかは決めていない。


でも。


書きたいと思っている。


その気持ちだけは、はっきりとあった。


胸の奥に残る不安と、それでも消えないつながり。


その両方を抱えながら、私は静かに目を閉じた。


次の木曜日へと、静かに時間は進んでいく。

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