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図書室の文通相手は…  作者: しゅり
8/10

第4章 前編 「途切れたやりとり」

木曜日の放課後。


私はいつものように

図書室の扉を押し開けた。


窓から差し込む光が

机の上を白く照らしている。


季節がゆっくりと進んでいるのを、

こういう瞬間に感じる。


腕章を整えながら、本棚の間を歩く。

足音は静かに吸い込まれていき、

いつもと同じはずの空間が、

今日はどこか、すべてが少しだけ遠くにあるように感じられた。


触れようとしても、指先が届かないような距離だった。


——今週も、来ているだろうか。


自然と、あの一冊へと手が伸びる。


《まだ知らない君へ——》


背表紙に触れた瞬間、

胸にわずかな期待が走った。


本を引き抜き、ページを開く。


けれど——

そこに、便箋はなかった。


一瞬、目を疑う。


しばらくのあいだ、

目の前のページを見つめた。


ページをもう一度めくる。

急いで確認するが、何もない。


「……あれ」


小さく声が漏れる。


おかしい。

今までは、ちゃんとあったのに。


理由がすぐには思いつかない。

ただ、一週間に一度そこにあるものだと、

いつの間にか思い込んでいた。


私は本を閉じかけ、もう一度開いた。


見落としているかもしれない、

そう思って、指先でページをなぞる。


けれど結果は同じ。

何も挟まれていない。


胸の奥に小さな引っかかりが残る。


——忙しいのかもしれない。


前の手紙にも、

やることが多いって書いてあった。


それとも——

何か別の事情があるのかもしれない。


きっと今週は、

たまたま時間がなかっただけだ。


そう言い聞かせて、私は静かに息を吐く。


鞄から便箋を取り出す。


本当なら、返事を読んでから書くはずの言葉ばかりだった。

今日は、それがない。


それでも——書こうと思った。


ペンを持つ。


けれど、すぐには言葉が出てこない。

ペン先だけが、紙の上で止まったままだった。


いつもなら、

相手の文章を思い返せば自然に浮かんでくるのに。


迷ってから、ゆっくり書き始める。


『今週は、忙しかったのかな。無理していないといいなって思ってます。』


本音をそのまま書くのは勇気がいる。

でも、何も書かないよりはましだ。


『ここは、いつでもあるから、落ち着いたときにまた話せたら嬉しいです。無理のないタイミングで大丈夫です。』


書きながら、自分の気持ちを確認する。


——待っている、という気持ち。


その言葉を、直接書くことはできないけれど。

確かに、そう思っている。


手紙を書き終え、そっと折りたたむ。


本のページの間に挟む手が、一瞬止まる。


このまま返事が来なかったら——

そんな考えが一瞬頭をかすめる。


すぐに打ち消したつもりだったが、

心のどこかに小さく残っていた。


そんな考えは、すぐに振り払う。


考えすぎだ。

今まで続いてきたものが、急になくなるわけではない。


本を元の場所に戻し、私はゆっくりと立ち上がった。


図書室の静けさが、今日はいつもより広く感じる。


窓の外の空はいつもと変わらないのに、

どこか遠くにあるように見えた。


―――――


翌日、金曜日。


教室の窓から差し込む光が、黒板に反射している。

チョークの粉がかすかに舞い、

先生の声が淡々と続いていた。


数学の授業。


ノートに数字を書きながら、

私はふと昨日のことを思い出す。


——何もなかったページ。


先生の声が少し遠くに聞こえる。

隣の席の友達が、小さくため息をつく音。

後ろの席から聞こえる、シャーペンのノック音。


いつもと同じ教室。


でも、少しだけ違う。


授業の内容が、いつもより頭に入ってこない。

気づけば、ノートの手が遅れていた。


昼休み。


窓際の席でお弁当を広げながら、ぼんやりと外を見る。

グラウンドでは、誰かがボールを追いかける声が風に乗って届く。


私はその音を聞きながら、ふと思う。


——来週、返事は来るだろうか。


分からない。少し怖さもある。


でも。


完全に途切れたわけじゃない。まだ、一回だけだ。


そう言い聞かせる。


家に保管している手紙を思い出す。

自分が書いた言葉。

届いているはずの想い。


それが、誰に届いているのかは分からない。

でも、自分はここにいた——それだけは確かだった。


午後の授業が始まる。


国語の時間、教科書の文章を読み上げる声が教室に響く。

文字を追いながら、ふと思う。


——あの子は、今どうしているんだろう。


顔も知らない。

名前も知らない。


それでも、気になってしまう。


たった数枚の便箋でつながった関係なのに。

こんなにも、心に残る。


チャイムが鳴る。


私は静かに教科書を閉じた。


窓の外の光が少し傾き、放課後が近づく。


でも今日は、図書室には行かない。


期待してしまう自分が、

がっかりする未来を想像してしまう。


その気持ちを、そっと押し込める。


——大丈夫。来週になれば、きっと。


胸の奥に小さな不安を抱えつつ、

それでも、微かな期待だけが消えずに残っていた。

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