第2章 後編 「はじまりの返事」
何気ない授業の時間が、いつもより少しだけ長く感じる。
ノートにペンを走らせながらも、意識のどこかが図書室に向いていた。
——今日こそ、返事があるだろうか。
木曜日の放課後、私は図書室の扉を押し開ける。
火曜に確認したときにはまだ返事は届いていなかった。
今日こそはどうだろう――胸の奥がそわそわとする。
腕章を整え、あの本がある場所に向かう。
背表紙の隙間に差し込んだ白い封筒を手に取ると、先週入れた便箋はなくなり、新しい便箋がそっと差し込まれていた。
返事が届いている――その事実だけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
封筒を開く。
柔らかな丸文字が目に飛び込んできた。
『返事ありがとう。
正直、返事が来ると思っていなかったので、ビックリもしましたが、とても嬉しかったです。
図書室で読む本、どんなものが好きですか?』
少し微笑み、私は便箋を手に取る。
胸の奥で、緊張と嬉しさが入り混じる。
まだ相手が誰なのかはわからない。
でも、この文字のひとつひとつが、確かに私に届いた。
私は深呼吸をひとつして、ペンを握る。
ゆっくりと文字を書き始める。
『返事をありがとうございます。
私もイタズラかな?って思っていたので、返事が届いて良かったです。
私は小説が好きです。日常の中の小さな出来事を丁寧に描いた物語や、少し不思議なファンタジーが特に好きです。
読んでいて落ち着くものや、ちょっとドキドキする話があると、つい夢中になってしまいます。
あなたは、どんな本が好きですか?』
書き終えると、胸の奥がじんわりと温かくなる。
文字を書くだけで、少しだけ心が落ち着いた。
便箋を封筒に戻し、そっと背表紙に差し込む。
中身だけが新しくなっていく感覚が、静かな空間に小さなリズムを生む。
私はしばらく手元の本を見つめ、心を落ち着ける。
誰もいない図書室。
光と影がゆっくりと交錯し、木製の机や古い本棚を柔らかく照らす。
こんなふうに文字を通じて誰かとつながれること――まだ名前も知らない相手と――
それが少しだけ特別に感じられた。
家に着き、鍵を閉めると、私は自室に向かう。
お気に入りの四角い缶を取り出す。
これまではお菓子や小物を入れていたが、今日からは手紙を貯める場所になる。
便箋を折り、封筒ごとそっと中にしまう。
手紙に触れるたび、紙の温かさや文字の感触が手に伝わる。
返事が届いたことを確認しながら、私は小さく微笑む。
窓の外では午後の光がさらに傾き、机や本棚に長い影を落とす。
図書室で過ごした放課後の時間も、この四角い缶も、すべてが心の中でひそかに特別な場所になる。
返事が届くたびに、秘密の宝物は少しずつ増えていく。
夕食の話題として「返事が届いた」と言おうと「そういえば…」と口に出す。
しかし、ふと考える。
これは私だけの秘密だ。
誰にも知られず、胸の奥だけで楽しむからこそ、心がワクワクするのだ。
結局、別の話題を口にした。
ベッドに腰かけ、今日のことを思い返す。
誰かとの文字のやり取り――まだ匿名の小さな冒険――それが、日常の中で静かに、でも確かに彩りを添えてくれている。
次の火曜日、私はまた図書室に戻り、この文通がどのように進むのかを確かめるのだろう。
胸の奥で、少しだけ緊張し、少しだけ期待しながら。
この小さな秘密は、まだ始まったばかりだ。




