第2章 前編 「はじまりの返事」
火曜日の放課後、私はいつも通り図書室の扉を押し開けた。
静かな空気と、窓から差し込む午後の光が迎えてくれる。
机や本棚は淡く金色に染まり、ほのかに古い紙の匂いが混ざっている。
腕章を軽く整えながら、胸の奥で小さな期待が膨らむ。
先週、背表紙の隙間に差し込んだ白い封筒が気になり、そっと手に取る。
心のどこかで、「返事が届いているかもしれない」と期待していたが、封筒を開けると、中には自分の便箋がそのまま残っていた。
少し肩が落ちる。
返事はまだ届いていない――それでも、驚きや不安ではなく、どこか穏やかな気持ちだった。
図書室の静寂の中で、便箋をそっと元の場所に戻す。
背表紙の隙間に差し込んだまま、本を元の位置に戻す。
それだけで、少し満たされた気がした。
机に座り、窓から差し込む光に目をやる。
淡く揺れる光は、本棚や机の影をやさしく照らしている。
静かな空間に包まれ、空気の柔らかさや木の机の冷たさ、紙の手触り――そうした細かい感覚が胸に沁みる。
静けさの中で、手紙のことを思い出す。
先週、ペンを走らせていたときの感覚が、ふとよみがえる。
返事が届くのはまだ先かもしれない。
けれど、それで十分だった。
図書室の時計が、静かに時間を刻む。
午後の光が少しずつ傾き、机や本棚に長い影を落とす。
外の景色も、木々の影も、風に揺れる葉の音も、すべてが穏やかに日常を刻んでいる。
私は、少しだけその気持ちを噛みしめた。
帰宅の途上、少し足取りが軽くなる。
家に着くと、母が声をかける。
「今日、どうだった?」
私は少し照れくさそうに笑いながら答える。
「うん、先週図書室で手紙を見つけて返事を書いたんだけど、今日は返事なかったかも…」
母は目を細めて笑う。
「そっか。でもちょっと楽しそうね!」
私もつい笑いながらうなずく。
返事が届かなくても、誰かと文字でやり取りするという体験自体が、日常の中でちょっと特別な瞬間になっていることに気づく。
心の奥にひそかなワクワクが残る。
夜になり、静かな自室で机に向かう。
手紙のことを思い出すたび、胸の奥がじんわり温かくなる。
まだ返事は来ないけれど、私はその夜を静かに過ごした。




