第1章 前編 「図書室の手紙」
火曜日の放課後、図書室はいつもと同じ静けさに包まれていた。
廊下の向こうから聞こえる生徒たちの笑い声や靴音は、厚い扉の向こうでかすかにこだまするだけ。
柔らかな午後の光が窓から差し込み、古い木製の机や整然と並ぶ本棚を金色に染めている。
私は図書委員の腕章を軽く整えながら、今日もいつものように本棚の整理を始めた。
返却された本を本棚に戻している最中、
次にどの本を整理しようかと背表紙を眺めていたとき、ふと違和感に気づいた。
手をのばそうとした本の背表紙側に、小さな白い封筒が差し込まれている。
――その本のタイトルに、ふと目が留まった。
《まだ知らない君へ》
――少しだけ、不思議な名前だと思った。
角は少し擦れていて、紙は薄く、でも丁寧に折られていた。封はされていない。
指先が、少しだけ震えているのが分かった。
図書室は静かなはずなのに、自分の心臓の音だけがやけに大きく聞こえる。
――どうしよう。
少しだけ迷ったあと、私はそっと封筒を取り出した。
中には便箋が数枚入っていて、柔らかな丸文字でこう書かれていた。
『はじめまして。
この本を読もうとしているあなたへ――
もしよければ、私と文通しませんか?
書く内容は読んだ本の感想や日常で楽しかったこと、嬉しかったこと、悩み…何でも構いません。
同封した返信用紙に書いて、また本に挟んで返してください。』
文字は丁寧で、でもどこか秘密めいた匂いが漂っている。
誰が置いたんだろう。
どうして、ここに――?
図書室には私以外の人影はなく、静寂だけが支配している。
机の上の本の山、本棚の奥の暗い影、そして窓から差し込む光。
すべてが、この手紙の存在を際立たせていた。
手紙を読み終えると、私は自然に周りを見渡した。誰にも見られていない。
誰かと秘密を交わす不思議な感覚に、体の内側が少しだけ温かくなる。
私は手紙と返信用紙をそっと背表紙に挟み、本を元の場所に戻した。
返事を書くかどうかは、次の木曜日――図書委員として勤務する日までに考えよう。
その後も本棚の間を歩きながら、いつも通り整理を続ける。
窓から差し込む光が午後の時間をゆっくりと刻む。
背表紙の色や文字。
そして本の隙間にある小さな秘密。
――それだけで、少し特別に思えた。
火曜日と木曜日――私は図書委員としてこの図書室に立つ。
誰かとつながるかもしれない。
そんな気持ちが、胸の奥に残っていた。
帰り道を歩きながら、私は自然に笑みを浮かべていた。
次の木曜日、私はまたこの図書室に戻る。
――あの手紙が、まだそこにあるか確かめるために。




