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図書室の文通相手は…  作者: しゅり
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第5章 後編 「気づいてしまったこと」

木曜日の放課後。


私はいつもより少しだけ早く、図書室へ向かっていた。


廊下を歩く足音が、やけに大きく感じる。

心臓の音と重なって、落ち着かない。


昨日、あの事を確かめるように書いた手紙。

あの一行。


『あなたは、元気になりましたか』


遠回しな問い。

でも、きっとあの人なら気づく。


気づいて、考えて――

きっと、返事を書く。


そう思っただけで、胸の奥がじんわりと熱くなる。


扉の前に立つ。

一瞬、手が止まる。


もし、なかったら。

もし、まだ何も変わっていなかったら。


そんな考えがよぎる。


でも、私は小さく息を吐いて、扉を押した。


静かな空気。

いつもの図書室。


窓から差し込む光が、本棚の背を柔らかく照らしている。


私は鞄を置くのもそこそこに、あの場所へ向かった。

足取りが自然と速くなる。


――お願い。


心の中で、誰にともなく呟く。


そして。


本棚の隙間に手を差し入れる。


指先に触れたのは――

紙の感触。


その瞬間、息が止まった。


あった。


確かに、そこにあった。


ゆっくりと引き抜く。

白い封筒。


見慣れた形。

でも今は少しだけ特別に感じる存在。


胸が大きく跳ねる。


私はその場で開けたい衝動を抑えて、そっと席に戻った。


椅子に座ると、手が少し震えていることに気づく。

大丈夫、と自分に言い聞かせながら、封を開いた。


中から便箋を取り出す。

見慣れた文字。


――やっぱり、同じだ。


そう思った瞬間、安心と緊張が同時に押し寄せる。


ゆっくりと、読み始める。


『少しだけ間が空いてしまいましたね。』


最初の一行で、胸がきゅっと締め付けられる。

同じ言葉。

でも、少しだけ違う響き。


続く文字を追う。


『怪我をしてしまって、しばらく来られませんでした。』


あの空白は、そういうことだったんだ。


でも――

それだけじゃ、終わらなかった。


『あなたの手紙は、ちゃんと読みました。』


一瞬、息を呑む。


読んでいた。

図書室に来られなくても、

あの人は、どこかで手紙を受け取っていた。


やっぱり、学校に関わる誰か。

その可能性が、さらに強くなる。


ページを持つ指に、力が入る。


『元気かと聞かれると、まだ完全ではないけれど。』


その一文で、胸の奥が少しだけ痛くなる。


でも、続く言葉は穏やかだった。


『こうしてまた書けるくらいには、元気になりました。』


ほっと、息が漏れる。


よかった。

心から、そう思った。


その気持ちが、自然と広がっていく。


でも――

次の一行で、心臓が強く打った。


『それと、少し驚きました。』


驚いた。

その言葉に、視線が止まる。


『あなたが、気づきかけていること。』


――やっぱり。


一気に、体の奥が熱くなる。

見透かされている。


あの遠回しな一文だけで。

全部ではない。

でも、確実に「何か」を。


私は思わず、便箋を握りしめた。


続きが、怖い。

でも、読みたい。


そのまま、目を落とす。


『でも、それでいいと思っています。』


その一文に、少しだけ力が抜ける。


否定されなかった。

避けられなかった。


それだけで、胸が軽くなる。


『今まで通りでも、少し違っても。』

『どちらでも、このやり取りが続くなら。』


静かで、でも確かな言葉。


——あの人らしい言い方だと思った。


距離を保ちながらも、

ちゃんと近くにいるような言い方。


私は無意識に、小さく笑っていた。


——やっぱり。


この言葉の感じ。

この優しさ。


教室で見る姿とは、少し違うのに、

でも、確かに同じ人。


最後の一行に目を移す。


『また、図書室で。』


短い言葉。

でも、その中に全部が込められている気がした。


読み終えたあと、しばらく動けなかった。


膝の上に置いた便箋を、ただ見つめる。


もう、疑う余地はなかった。


文字。

言葉。

タイミング。


全部が繋がっている。


そして何より――

あの人自身が、気づいている。


私が気づいたことを。


その上で、続けようとしている。


それが――答えのような気がした。


「……そっか」


小さく、声がこぼれる。


胸の奥が、じんわりと温かい。


驚きもある。

戸惑いもある。


でも、それ以上に。

納得している自分がいた。


あの手紙を書いていた人。

優しくて、少し距離を取る人。

本音を隠しながら、それでも誰かと繋がろうとしていた人。


それが――


同じ教室にいる、あの人だった。


その日の帰り道。

私は何度もその手紙を思い返していた。


言葉の一つひとつ。

行間の空気。


そして、最後の一文。


――また、図書室で。


それは、まるで約束みたいだった。


言葉にしなくても、ちゃんと伝わるもの。


今までずっと、そうやって繋がってきた。


でも、これからは少しだけ違う。


顔を知っている。

声も知っている。

同じ時間を過ごしている。


それでも――

直接は話さない。


図書室と、手紙を通してだけ。


その距離が、少し不思議で。

でも、とても大切に思えた。


家に帰ると、私はいつもの缶を取り出した。


中には、今までの手紙がきれいに重ねられている。


一枚一枚、そっとめくっていく。


最初のぎこちない言葉。

少しずつ増えていったやり取り。

途切れかけた時間。


そして、今日の手紙。


全部が繋がって、今ここにある。


私は新しい便箋を取り出した。

ペンを持つ。


今度は、もう迷いはなかった。


書きたいことが、はっきりしている。


ゆっくりと、最初の一行を書く。


『――おかえりなさい。』


書いた瞬間、胸の奥が少しだけ熱くなる。


これは、ただの挨拶じゃなかった。


戻ってきたこと。

また繋がれたこと。


全部を含めた言葉。


続けて書く。

少しだけ、今までより素直に。


でも、全部は言わない。


そのバランスが、今の私たちらしい気がした。


書き終えたあと、そっと封筒に入れる。

大切に、大切に。


まるで壊れ物を扱うみたいに。


翌日。


図書室の本棚に、その手紙を挟みながら。

私はふと、思った。


きっとこれから。


教室であの人を見かけるたびに、

少しだけ意識してしまう。


視線が合うかもしれない。

何気ない一言に、意味を探してしまうかもしれない。


でも。


それでもいい。


この距離も、この関係も。

全部ひっくるめて――大切だから。


私はそっと、本を棚に戻した。


指先が、少しだけ震えている。


でもその震えは、不安じゃなかった。


期待と、少しの照れと。

そして、確かに繋がっているという実感だった。

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