踊る悪役令嬢
「アクヤ、お前との婚約はこの瞬間を持って破棄する。お前が行ってきたインダー男爵令嬢ヒロに対する嫌がらせはオレの結婚相手として相応しくない」
この国の王太子が曰わった。それもよりにもよって二人の公式な婚約発表を行うはずのパーティーのその場で、である。
「要するに殿下は私と結婚しない、ということでよろしいでしょうか」
確認するクレイ公爵家の令嬢たるアクヤ
「その通りだ」
応える王太子
「本当に?」「くどい。誰がないと言おうがお前と婚姻を結ぶことは金輪際決して無い」
「やりましたわー 王太子殿下と結婚しなくて済みますわー。ラン・ラッ・ラー、ラン・ラッ・ラー♪」
満身の笑顔で一人社交ダンスを始めるアクヤ嬢
「えーい、踊るな、聞け。とにかく俺はお前との婚約を破棄し、ヒロ嬢と結婚する」
「え、嫌ですよ」
当のヒロ嬢が即答する。
「え?」
困惑する王太子
二人のやり取りを無視してアクヤの踊りは一人盆踊りになっていた
「なんの落ち度もない女性を蔑ろにしてこのような場で婚約破棄宣言をするような誠意のない殿方と結婚なんてしたら、私より魅力的な女性が現れたら同じようにひどい目に遭わされるに相違ありませんわ。明日は我が身ですわ」
周囲の女性たちが一様に頷く
「だが、アクヤから嫌がらせを受けていると言っていたのは君じゃないか」
反論を試みる王太子
アクヤは一人よさこいを踊っている
「私そんなこと申していませんわ(本当は何度も言ってるけど)。仮に言ったとして、男爵家の小娘の発言だけで裏付けもなしに公爵令嬢を処断するなんてあってはならないことだと言うことも理解できないのですか?」
ヒロ嬢は続ける
「そもそもお姉様には常々良くして頂いておりますのよ。きちんと調べれば嫌がらせなんて受けていないことくらい直ぐに判明いたしますわ」
「だが君は俺のことを好きだとも言っていた」
「それは遊び相手としては、です。結婚相手としては最悪ですね」
ヒロはアクヤから嫌がらせを受けたという発言は王太子以外には聞かれないよう最新の注意を払ってきた。逆に王太子以外には彼女が如何に人格者か、自分が良くしてもらっているかを語っていた。もちろん王太子の耳に入らないよう注意して。
アクヤの踊りは何故かリンボーダンスになっていた
「ところでお姉様とはアクヤのことか?」
「ええ、クレイ公爵家とインダー男爵家は懇意にしておりまして、その縁でアクヤお姉様には幼少の砌より妹のように可愛がって頂いてました。それより殿下、こんな場面を大勢のご令嬢に目撃されて、新たな結婚相手を見つけるの大変じゃございません?」
口ぶりは心配そうに、しかし表情は楽しそうに問いかける
クレイは阿波踊りを一人踊っている。その表情は実に幸せそうだ。
「誠意のなさが露呈した上に婚約破棄されたお姉様があんなに嬉しそうにしているのだから、殿下がどれだけ結婚相手として嫌がられていると思われてますよ」
「くっ。だがそれは君も同じではないか、俺との関係を露呈してしかもそれを遊びとまで言い放った。そんな女に結婚相手が見つかるのか?」
「ご心配なく。結婚しようとしまいとに関わらずインダー男爵家は私が継ぎますし、その次は私が産んだ子であれば、最悪私生児でも問題ありませんから。それにすでに結婚相手なら内定していて後は公式に発表するだけですの。彼には意中の女性がいらっしゃるようなので、その方の同行を認める代わりに殿下との関係を容認してもらいましたわ」
「相手は一体どこの誰だ」
自分が結婚しようと思っていた女が実は相手がいると聞いて、驚く王太子
「とある辺境伯の四男の方ですわ。妾腹でもあるので、家を継げませんのでご自分で事業を興しまして、我が男爵領との取引があった御縁で婿入りしていただくことになりましたの。爵位を継いで領地の運営をするのは私なので、事業はお続けになりますわ。互いの条件をすり合わせ、私の立場も相手の女性も尊重する事のできる誠意のある方ですの。殿下と違って」
その場で固まる王太子
アクヤは一人フォークダンスを踊っている。
「お姉様にとって殿下との婚姻が最悪のことでしたが、家や国との柵で断れませんでしたが、殿下の方から婚約破棄していただいたのであのように喜んでいらっしゃるのですわ。クレイ公爵家ならお姉様が結婚なさらなくても幸せに暮らせますし、跡継ぎもお兄様がいらっしゃいますから問題ありませんね」
殿下以外は皆幸せですわね、と心のなかで続けるヒロ
「殿下は結婚して世継ぎを設けなくてはいけませんから周りからさぞうるさく言われるでしょうね。私と違って王妃として振る舞える教養を身につけている必要がありますから、誰でも良いというわけには参りませんから、苦労なさるでしょうね」
「お姉様ぁ、ご一緒に踊りましょう」
話は終わりとばかりに、王太子を放置してアクヤに駆け寄るヒロ
「まあ、素敵ね。ヒロ。今日という人生最良の日を共に祝いましょう」
タイトルに誤りがありました。正しくは「踊るアクヤ・クレイ嬢」です
あらすじの「傍らにはヒロインだー」も「ヒロ・インダー」の間違いです
ヒロと王太子の会話以外はアクヤ・クレイ嬢が踊るだけの話となります