第4話「芽吹く野菜と恋心と、黒衣の王国枢密院」
王宮地下の封鎖区画。ユウトが《収穫適期》で見抜いた“呪いの実”は、まだ完全に育ってはいなかった。
「今なら、間に合う……!」
ユウトは地中に特殊なハーブの種を植え、わずかな時間で周辺を浄化していく。
それはまるで、枯れた命を再生する“奇跡の様な光景”だった。
「農家にできることなんて……と思ってたけど、案外いけるもんだな」
「いけるどころか、お前がいなければ王女の命は……もう尽きていた」
声の主はレオナだった。肩に羽織る軍装のマントは、汚れを気にせず地べたに座るユウトの隣で揺れていた。
「それにしても……セリシア様の様子、どうです?」
「お前が、来てから呪いも無くなり、元気になってきている」
レオナは、王女の姉としての冷静さを保ちつつ、どこかユウトの言葉にすがるような表情を浮かべていた。
「……姉として、悔しかった。私は剣を振るえる。魔法も使える。でも、妹の命一つ救えないそう思っていた」
その横顔に、ユウトは思わず言った。
「……レオナ様、貴方のために俺、もっと……もっと育てますよ。野菜も、薬草も、呪いが無くなるまで」
「ふふ、今の言い方……ちょっとプロポーズみたいだったぞ?」
「えっ、いや、え!? いやいや、ちが――」
「……冗談だ。だが、嬉しいよ。農民」
そう言って立ち上がる彼女は、背を向けながら、ほんの少しだけ耳が赤くなっていた。
* * *
一方その頃、王宮の医療棟。
セリシア王女は、穏やかな日差しの中で、ベッドから小さく微笑んでいた。
「……ユウトさん、また土まみれになってるんだろうな」
窓辺に置かれたプランターの中には、ユウトが植えた“陽光トマト”が芽吹いていた。それはセリシアの身体に合わせて品種改良された特別な野菜。
朝の光をたっぷり受けて、少しずつ成長している。
「不思議ですね……あなたの野菜を食べると、心も温かくなるんです」
そっと、胸元を押さえる。
そこに芽生えた小さな想いを、セリシアはまだ“恋”と呼ぶことはできなかった。
だが、確かに“何か”が育ち始めていた。
* * *
そして、王宮に異変が起こる。
魔力警報の結界が、静かに破られた。
「侵入者!? いや、違う。……これは、内側から……?」
塔の最上階。そこに現れたのは、黒衣をまとった男―ー王国枢密院、ヴィセルトだった。だが、その顔には、理性の光がなかった。
「……実るまで、あと少しだったのに……王女の“命の実”を……完成させる……」
彼は完全に、魔族の呪いに取り込まれていた。
そして――
「セリシア様の病室が、狙われている!?」
その報せは、王宮全体を駆け巡った。
* * *
「くそっ、俺が畑を耕してる間にっ!」
ユウトは、王宮を駆ける。鍬を背負い、腰に携えた小さなスコップにまで魔力を込めながら。
「……セリシア様の命、絶対に守る!!」
王女の病室に駆け込んだ瞬間――
「来たか……“農民”」
今まさに、ヴィセルトの魔法が、黒い蔓のような呪いの波となって王女を包もうとしていた。
ユウトは叫ぶ。
「させるかァァァァ!!」
スキル発動。《収穫適期》が、ヴィセルトの放つ“呪い”の弱点を見抜く。
「見えた……お前の呪いの“芯”! そこが……今だッ!!」
鍬を構え、一閃。
ユウトのスキルが、農業の枠を超えて――“呪い”を断ち切る《収穫の一撃》となった!
黒い蔓が崩れ、魔力を失いヴィセルトは絶叫を上げながら倒れ込む。
「き、貴様ごとき……農民風情が……!!」
ユウトは息を切らしながらも、セリシアのもとへ駆け寄った。
「……セリシア様、大丈夫ですか!」
「……ユウトさん……また、助けてくれたんですね……」
弱々しくも、確かに笑う彼女に、ユウトはこみ上げるものを感じながら、そっとその手を握った。
「俺は……専属農家ですから!」
* * *
その後、王宮では呪いの根源が暴かれ、王国枢密院、ヴィセルトは拘束。
魔族と通じていた背景が明らかになり、事態は一気に“王宮の陰謀”へと拡大していく。
だが――
セリシアは日に日に元気になって行き、畑の野菜も実り始めた。
そして何より、ユウトの周囲には、少しずつ“恋”の気配が芽吹き始めていた。
「……今さらだけど、ユウトさんって、もしかして野菜バカですか?」
「野菜で王国救ってやるって、私も最初は信じられなかった」
「ちょ、なんか二人ともひどくない!?」
王女姉妹に囲まれて、ツッコミを入れながら、ユウトは思う。
(美女に囲まれ幸せだ――もう、田舎に帰れる気がしねぇ!)