第2話「王宮の陰謀と農業スキルの限界」
王宮の朝は早い――と聞いていたが、ユウトにとっては遅すぎた。
「くっそ……畑に行けないって、こんなにストレスなのか……」
豪華な寝台、絹のシーツ、専属の侍女、食事も三食付き。至れり尽くせりの生活なのに、ユウトの顔には不満が浮かんでいた。
畑がない。
農地がない。
王宮の敷地内には小さな薬草園がある程度で、本格的な野菜栽培には到底足りなかった。
「……ユウト様、本日もセリシア様のお食事用に、農地からの特別輸送を手配しております納得の行く野菜をお選びください」
「そうじゃないんだよ……自分で育てたいんだよ、俺は……!」
執事の説明に苦笑しつつも、ユウトは納得できなかった。畑で、土に触れて、育てて、収穫する。その工程すべてがあってこそ、自分の野菜は“生きる力”を持つ――そう信じているからだ。
そのとき、ドアが控えめにノックされた。
「失礼いたします」
入ってきたのは、一人の宮廷医師――そしてその後ろには、鋭い目をした貴族風の男。
「……おや、この方が“奇跡の農民”ですか?」
「……え? あんた誰?」
男は口元に笑みを浮かべたが、その目に笑みはなかった。
「おやおや、口の聞き方も知らない猿が、私は王国枢密院、ヴィセルト・カイレル。王女の“状態”に、興味がありましてね」
ユウトは背筋を伸ばした。何かがおかしい。
ヴィセルトは王女の病の記録を見ながら、こう言った。
「……王女の衰弱症、その根は深い。“呪い”の可能性も否定できませんな」
「やっぱり……呪いだったんだ」
「ですがそれは、あなたのような庶民ゴミ農民が口を挟む話ではない」
「……っ!」
言葉にはトゲがあった。見下すような態度に、ユウトは怒りをこらえた。
「それでも、俺の野菜だけがセリシア様に効いたんだ。だったら、少しくらい言わせろよ」
「ふふ……面白い。ですが、農業スキル如きで呪いが断ち切れるとお思いで?」
ヴィセルトの言葉に、ユウトは胸の奥がザラつくのを感じた。《収穫適期》――あくまで作物の一番美味しい時を、見抜くスキルだ。それで“呪い”なんてものに太刀打ちできるのか?
不安が、頭をよぎる。
* * *
「ユウトさん……私、最近、また夢を見るようになったんです」
セリシア王女が、控え室の椅子に座りながら話す。顔色は以前よりも明るくなっている。だが、それは決して回復とは言えない儚い輝きだった。
「どんな夢ですか?」
「広い畑……風が吹いて、たくさんの野菜が揺れてて……ユウトさんが、笑ってるんです。『いっぱい実ったぞー!』って」
ユウトは少し照れながらも、心が温かくなるのを感じた。
「そりゃ俺の夢じゃん。王女様にまで伝染ってたかー」
王女はふふっと笑い、それからそっと呟いた。
「……もし、私の病が“呪い”なら。それを断ち切るには……あなたの野菜以上の何かが必要になるかもしれません」
「……大丈夫。俺のスキルは、ただの農業スキルじゃない。きっと、他の使い方もあるはずだ」
そう口にしたものの、ユウトの内心は揺れていた。
“農業スキル”で“呪い”に勝てるのか?
そんな非現実的なことが……本当に?
* * *
そして数日後――
王宮で、奇妙なことが起こった。
ユウトが、いつものように収穫適期を使っていると、野菜の一つが、真っ黒に枯れ果てたのだ。
「これは……呪いの気配だ」
現れたのは、王宮魔術師団の副団長・リシェル。魔術と呪術の識別に長けた彼女は、野菜を見て驚愕した。
「この野菜……王女様に届ける直前だったのね。ギリギリで気付いたのは、あなたのスキルが……“呪いの兆候”を察知したから」
「……兆候?」
「《収穫適期》の本質は“最も命が満ちる瞬間”を見抜くこと。逆に言えば、“命が損なわれる直前”も分かるはず。つまり――」
「《収穫適期》は……呪いの兆候を見抜けるってことか!」
ユウトは拳を握った。これは、ただの農業スキルじゃない。命を育む力だ。そして命を蝕む呪いに対しても――
対抗できるかもしれない。
ただし、それを実現するには――ある“人物”の力が必要だった。
そして次回、ついに彼女が登場する。
伝説の癒し手にして、天才少女。ユウトの運命を大きく変えるヒロイン――
セリシア王女の姉、第一王女・レオナが。