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星降る国物語

星降る国物語外伝

作者: 橘 優月

 星の宮に盛大な音をたてて走る少女がいた。

「兄様!」

叫びながら少女は人馬宮に入ってきた。

「式を挙げたって本当なの?」

「もう。戻ったのか?」

アンテはごく自然に妹、ネフェルに声をかけていた。

「星降りは半年以上も前だよ」

「本当に星降りがあったの?」

いかがわしげに尋ねる。そしてそばにいたミズキに視線をやる。

「ふーん。この方が正妃様なのね。どれぐらいの身分の方かしら?」

不機嫌そうにミズキを上から下へと見る。

「ただの異国の舞妓ですわ。ネフェル様。お初にお目にかかります」

低姿勢でミズキが言葉をかけるとネフェルはさらに不機嫌そうにほほを膨らませた。

「お兄様、身分ある方との結婚はどうするの?」

わざと聞く。

「ネフェル、悪ふざけも過ぎるぞ。ミズキは私の正妃だ。私の代から妻は正妃のみになった。王位継承権も男女にかかわらず嫡出順に決まる」

そんな、とネフェルの声が上がる。

「お父様はなんといってらっしゃるの? お父様だって正妃以外に三人のお妃様がいるじゃない」

「それは父の代で終わったのだ。私とミズキが星を降らせたのは国民がすべて知っている。お前の許しを得て式を挙げるのは本末転倒だが? お前は私の妹だぞ?」

アンテに言われてネフェルは悔しげに唇をかむ。

「ミズキとか言ったわね。私はあなたが正妃だとは認めないからね!!」

そう言ってネフェルは飛び出していった。

「ネフェル!」

一瞬後を追いそうになったミズキとシュリンをアンテが止める。

「皇女用に乙女の宮がある。そこへ帰ったのだろう。少し頭を冷やす必要がある」

それでも不安そうな女性陣にアンテはコホンと咳払いをする。

「ネフェルに一番近かった乳兄弟をよこしておこう。これで心がほぐれるだろう」

「だといいけど・・・」

ミズキとシュリンは顔を見合わせたのだった。


「お兄様の馬鹿。大っ嫌い!!」

寝台の枕に顔をうずめると悔し涙を流しながらネフェルは悪態をついていた。

そこへ扉を軽く叩く音が聞こえた。

「誰よ? 今、誰にも会わないんだから!!」

ネフェルが叫ぶように言う。

「姫様、乳兄弟のホルスです」

「ホルス?」

ネフェルの頭の片隅の記憶に引っ掛かった名前だった。躊躇してるとホルスが語りかける。

「お戻りになられたのですね。お顔をと思いましたがお心乱れておられるようですからまたにします」

少しの沈黙の後立ち去るような気配を感じて扉の前まで出かけたが去りゆく気配に扉を開けることはできなかった。

「ホルス・・・か」

自分が異国で花嫁修業している途中ホルスは何をしていたのだろうか。

会うのが怖かった。先ほど身分に固執した自分がホルスにも要求してしまうのだろうか。幼き頃、純粋に人と付き合う事の出来た自分が壊れている気がして怖かった。

「ごめんね。ホルス」

つぶやくとまた寝台に戻った。


その夜だった。星降りは。窓から差し込むまばゆい光に目を覚ました。

窓からのぞくと星が降っている。そして暗闇を挟んでもう片方の星降り。誰がいるの?

ネフェルは乙女の宮を抜け出すと片方の星降りを目指した。

ほどなくして星が降っているところにいきついた。

「ホルス? ホルスよね? ネフェルよ」

確かめるようにして名を告げる。

「ネフェル様?」

二人は同時に駆け寄り手を取り合った。

「会いたかった!!」

ネフェルは心の底からの言葉を発した。

「私もです」

ホルスが答える。

「ホルスは私が異国へ行っている間何してたの? ああ。積もる話がいっぱいだわ。それにこの星降りはホルスと私が降らせているの?」

「それはなんとも。でもネフェル様の寝所の乙女の宮にも星が降っていました。そして私の上にも。畏れ多い事に」

ネフェルは一直線に考えを得た。

「これが星降りなのよ。ホルスと私は運命の恋人なのよ。朝になったらお兄様のところに行きましょう」

「え?」

ホルスは耳を疑った。一国の皇女とただの乳兄弟だっただけの自分が運命の恋人同士?

ありえないと思った。あまりにも身分違いだからだ。

「ネフェル様、お気を確かに。王様が正妃様を迎えられて気が動転なさってるのでは・・・。とても光栄なことですが」

「なに言ってるのよ。星降りが起きたのよ。私とあなたの間で。お兄様だって星を降らせたから式を挙げられたんでしょう? お兄様がそのつもりなら私だってそのつもりにするわよ」

「ネフェル様? これは意地の張り合いではないですよ。ネフェル様には釣り合う方々がたくさんおられるではないですか」

「いーえ! 星降りの相手はあなたよ。それとも私じゃ満足できない?」

その言葉にホルスに首を振る。

「じゃ。決まりね。朝になったら執務室へ行きましょう。式を挙げるのよ」

ぐいぐい迫ってくるネフェルに何も言えずホルスは従うしかなかった。


翌朝、ネフェルはホルスを探し出して執務室に殴り込んだ。だが、仕事好きな兄はそこにはいなかった。秘書がこともなげに言う。

「王様なら星の宮に居を移されておりますよ。こちらにはたまにしかおられません」

いつもの兄がいない。仕事熱心で女に現をぬかすことはなかった。全部あのミズキがたらしこんだのだ。自分の星降りを棚に上げてネフェルは星の宮に強制突入した。

「兄様!!」

「なんだ。はしたない。走ることしか知らないのか? ホルスもいるじゃないか」

「兄様、女に現ぬかして星の宮に居を移したって本当なの??」

「うつつを抜かしてはいない。現にこうしてここで政務をおこなってるじゃないか。今はミズキのつわりがひどいからそばにいるだけだ」

「つわり? 子供もいるの?!」

「当たり前だろう。夫婦の間にできて悪いか?」

うっ、とそこでネフェルは口をつぐんだ。

「で、ホルスまで連れてきて何の用だ?」

それでやってきた一番の理由を思い出す。

「兄様! 昨日の夜、星降りがあったの!!」

「だから落ち着いて話せ。誰と誰の間の星降りだ?」

「私とホルスよ」

名前を聞いてアンテは不思議そうな表情をした。

「ホルスと? お前の身分ある人との星降りじゃないのか?」

「違うの。昨日の晩、私とホルスの上だけに降ったの」

「それはあり得ないな。星の石は私とミズキのそばにあった。触れてもいないのに星降りを行えるのか? それに私は夜遅くまで執務していたが見てない」

アンテが即座に却下する。

「本当だもの。二か所に降ったのよ。私とホルスの上にだけ」

「信用できないな。見たものの証言を得ないと」

とアンテが言っている先からミズキが口を出した。

「昨夜、乙女の宮のあたりで発光していたようよ。星降りじゃなくて?」

シュリンも言う。

「私も乙女の宮のあたりで光を見ましたわ」

「ちょっと。あなたたちの意見を聞きに来たわけじゃないわよ」

むっとしてネフェルがいう。

ネフェル、とアンテは厳しい声をかける。

「ミズキは義理の姉だ。正妃と呼べとは言わない。せめて姉と呼べ」

「いやよ。兄様をとるなんて許さないんだから」

断固としてネフェルは言う。

「兄様は私のものだもの。兄様がほかの人のものになるなんて許さない」

「そういってお前はホルスも得て両手に花か? 兄妹は式あげられないのはわかっているはずだ。子供じみたことはやめろ」

「兄様も、みんな大っ嫌い!」

そのまままた星の宮をかけ出ると丁度シュリンの様子を見に来たユリアスの馬の手綱を取った。

「ネフェル様!!」

ネフェルはそのままユリウスの愛馬を奪うと走り去っていった。

それを見たユリアスはあわててアンテに知らせに行ったのだった。

知らせを聞いたアンテは、しばらくすると頭も冷えて戻ると高をくくっていたが、何刻たっても帰ってこない。

「ミズキ。悪いがネフェルを探してくる。不出来な妹ですまない」

「何を言うの。ネフェルはアンテのことが大好きなのよ。大人になったらわかるんだから今は好きにさせてあげて」

「お前からそんな殊勝な言葉を聞くとは思わなかったな」

「アンテったら」

同じく心配していたホルスも立ち上がる。

「馬のことなら私も・・・」

「そうだな。馬番なら役に立つ。ついてこい」

「はい」

ホルスもアンテについていく。

「ユリアスはミズキとシュリンを頼む」

「わかりました。無事のお戻りを」

うむ、とアンテとホルスは星の宮を出て行った。



ヤースミンの丘にネフェルは来ていた。

母と乳母とホルスとよく来ていた秘密の花園。泣いていた。自分の兄が他の誰かにとられると知っていたがこんなにつらいとは思わなかった。

おまけにホルスとのことも否定された。すべてを失ったような気がしてネフェルは心がからっぽだった。

「ネフェル!」

「ネフェル様!」

ホルスが探し当てたのだろう。アンテとともに馬に乗ってやってきた。

会いたくなかった。涙でぐしょぐしょの顔を見られたくなかった。

急ぎユリアスの馬にのり立ち去ろうとした。だが、いつもの主人でないものを乗せた馬は嘶き、馬首を高くそらせた。バランスを崩したネフェルは馬から落ちた。

兄とホルスの声が遠くで聞こえる。

助けて!

言葉は声にならず、意識の底にネフェルは落ちて行った。


気づくとそこは自室だった。心配そうな顔がずらりと並んでいた。男子禁制というのにアンテもホルスもユリアスも会いたくないミズキやシュリンまでいた。視線をさまよわせてホルスを見るとネフェルは微笑んだ。

「ネフェル様。痛いところはございませんか? 外傷はないのですが」

視線の合ったホルスが尋ねる。

「大丈夫。兄様はいたくお怒りのようね」

ため息とともにいうとアンテが口を開いた。

「まったくだ。他人の馬を奪って逃走しあげくのはてには落馬して意識を失ったからな。腕の一本や二本折って反省すればよいものの」

「アンテ。そこまでひどいことは言わないほうがいいわ。大好きなお兄さんとられたら誰だって最初は受け入れられないわよ」

ミズキが指摘し優しく微笑みかける顔を初めてまじまじと見つめた。黒い瞳と黒髪の似合う正妃。自分の気持ちを知っていた。意地悪を何度言おうと許してくれたミズキ。嫌いにならないの?

目は口ほどに物を言うというやつだろうか。

目と目でミズキと話せた。

ごめんなさい、小さな声で謝る。瞳から涙がこぼれる。その涙をアンテは指ですくってやる。

「大事ないからもういい。ミズキともうまくいくようだからな。仲良くしてくれないと執務に戻れない」

「別にそれでもいいわ。ミズキの・・・いえ、正妃様のそばにいる兄様はとても人間らしいから」

「ミズキと呼んでいいのよ。シュリンもそうだし。妹ができて私もうれしいのよ。あなたと会うまで妹がいるということすらアンテは教えてくれなかったんだから」

すねたように言うミズキがネフェルには愛らしく思えた。自分はどこまでひん曲がった感情でミズキを見ていたのかと後悔の念に襲われた。

「義姉様」

姉様と呼んでみる。なにとミズキが柔らかな表情で見る。

「ごめんなさい。兄様を変えてくれたのに。なにもちゃんといえなくて」

どう謝ればいいのかもわからないでいるとミズキはにっこりと笑った。

「いいのよ。私だってアンテが誰かにとられたらそう思うから」

「しばらくこの国で療養すればいい。ホルスが入れるように指示しておいたから」

ホルスと二人きりになる。改めて考えると照れてくる。真っ赤な顔をしているネフェルとホルスにアンテが付け足す。

「まだ子供だからな。ミズキやシュリンのお目付けもつけておく。また戻るまでによく話すといい」

「もう。子供じゃないもの。十六よ。それにまだ行かないとダメ?」

「誰かのために素敵な女性になることはいいことよ。離れ離れはつらいけどアンテも次は一か月で手紙が届く範囲と言ってるし」

ミズキがうまくとりなす。

「しばらくは皆でお見舞いに来るわ。今日はもうゆっくりしていて」

「そうだな。疲れているだろう。ホルスを今日は連れ帰るぞ」

「もう。兄様の意地悪」

人間らしく笑っているアンテを見るとミズキが本当に変えてくれたのだと思う。身分ばかり見ている女性ではなかったのだ。思いあっているのが見ていてわかった。

自分は何も見えていなかったのだ。反省の気持ちでアンテとミズキを見る。

「ありがとう。兄様、義姉様」

「いつでもなんでもいうといい。当分は甘やかしてやる」

そう言って皆ネフェルの部屋から出て行った。広い部屋ががらんとして妙なさみしさを覚える。でも今わかった。ホルスのことが本当に好きと。だから思い出の丘に行ったのだ。ちゃんとホルスは来てくれた。それでいい。しばらくしたらまた行儀見習いでもなんでも行こう。素敵な女性になるために。ホルスに似合うように。確かに身分なんて関係ないのだ。

その夜ホルスのことを思っていたからか夢を見た。幼き日の約束を。

ヤースミンの丘で花を摘みながらネフェルはホルスに言っていた。大きくなったら星を降らせて式を挙げるのよ。それまでほかの女の子を好きになったらだめよと抱きつくと言い聞かせていた。ホルスはにこにこと笑って承知してくれた。そしてそっと手をとると貴族のするような口づけを手の甲にしていた。

約束のあかしと言って。

すべてが終わって戻ってこられたらホルスと式を挙げよう。幼き日の約束をまもって。アンテとミズキのようになりたかった。あの星降りはうそじゃない。きっとホルスも納得してくれるだろう。

それから一か月ほどは乙女の宮は賑やかになった。あれやこれやと贈り物が置かれ、女性同士の花を咲かせたり、ホルスと二人で幼き日の思い出を話した。アンテとユリアスはあまり来られなかったが、来たときは皆で食べきれないほどのお菓子をもってやってきた。ある日控えの間にミズキとシュリンがいるおり、ホルスはネフェルをヤースミンの丘に誘った。徒歩で行くのでミズキたちも気を利かせて二人きりにしてくれた。

ヤースミンの花が咲き誇っている。いい季節に帰ってこられた。ホルスは器用に華冠を作るとネフェルの頭に飾った。どんなティアラよりもうれしかった。

そしてホルスはしばらくもじもじしていたが意を決すると小さな箱を取り出した。

一瞬、星の石かと思ったが大きさが若干違う。

ホルスはそっと箱を開けると石を見せた。本物ではないがこぶりの小さな星が輝いているような石がそこにはあった。

「本物じゃないけど僕たちの星の石です。これを持っていてください。帰られた日、式が挙げられるようつりあう身分の男になって見せます。僕と式をあげてくれますか?」

ネフェルの瞳からぽろぽろ涙がこぼれた。

「そんなにお嫌ですか?」

ホルスがびっくりしながら布で涙をふく。

「ううん。うれしいの。一度も好きといわなかったのにこんなに素敵な贈り物をしてくれるなんて」

「言いましたよ」

え、とホルスの言葉に驚くネフェル。

「幼き日あなたが私を好きといいました。私もあなたが好きです。その言葉ではいけませんか?」

「ううん。ありがとう。ホルス」

がばっとネフェルがホルスに抱き着く。

ホルスはおずおずと背中に手を置く。

「いつかお互い大人になったらこの丘で再会しましょう」

「うん。うん」

隠れてみていたアンテは複雑な気持ちでみていた。これがネフェルの気持ちかと思うと納得するものもあった。ずいぶん無理させてしまった。すまないと心の中で謝る。そしてアンテは二人を置いて星の宮に戻った。愛するミズキのいるところへ。

そして嵐の姫君はまた異国へと戻って行った。


三年後。


ネフェルはヤースミンの丘に立っていた。

足音が近づいてくる。振り向かずともわかる。ホルスだ。

「ネフェル様。約束を守りに来ました。馬番からやっと執務官になることができました。アンテ様より式を挙げる許可をいただきました。妻になっていただけますか?」

背中を向けたままネフェルはホルスの言葉を聞いていた。

ゆっくり振り向く。

「もちろんよ。そのために幾千の夜も越えてきたんだもの。ホルスもその丁寧語いい加減やめてちょうだい」

「そうですね・・・じゃない。そうだね・・・かな? やっぱり駄目です。当分丁寧語でいさせてください」

「しかたないわね。ちゃんと約束の石をもっているわ。式をこれであげましょう」

「はい」

そして二人は初恋の口づけを交わした。

式当日。星の石を持ってきたアンテはネフェルとホルスの石でいいのか聞いていた。

「それでいいんです」

「私たちの星の石なの」

式が始まる。二人の手が石に重なると星降りが始まった。

まばゆい星が次々と降ってくる。本当に二人の上にだけに。

「しかし。ここ数年で星降りが多発するようになったな」

本当に二人だけの星降りだったと思いながらアンテは言う。

「みんな幸せでいいんじゃない?」

ミズキが言ってアンテも納得の微笑みを向けた。


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