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ゲーム・オブ・ザ・ワールド

作者: 藜 栗栖亭

神山操かみやまみさおは、亡くなった父の家に足を踏み入れた。古びた一軒家は、静寂に包まれ、どこか時間が止まったような雰囲気を漂わせていた。埃っぽい空気の中、懐かしい木の匂いが鼻をつく。母と別れて以来、父・神山誠とはほとんど会うことがなかった。最後に会ったのは操が中学二年生のとき、夏休みに一週間だけこの家に泊まった時だ。それから数年が経ち、突然の訃報が届いたのは一ヶ月前のこと。遺品整理のために訪れたこの家は、操にとって遠い記憶の断片でしかなかった。


母に頼まれ、操は重い足取りで二階の書斎へと向かった。階段を上がるたびに軋む音が響き、幼い頃の記憶が少しずつ蘇る。書斎のドアを開けると、埃をかぶった本棚と乱雑に散らばったノートが目に飛び込んできた。父は生前、歴史や科学の本を好んで読んでいた。その趣味がそのまま残された空間には、どこか寂しさが漂う。


机の上に目をやると、古びたゲーム機が置かれていた。見た目は80年代のレトロなコンソールに似ているが、角が鋭く、黒いボディには奇妙な光沢があった。操の知るどのゲーム機とも一致しないデザインだ。画面には白い文字で「Game of the World」と浮かんでいた。


「ゲーム・オブ・ザ・ワールド?」

操は首をかしげながら、埃を払って電源ボタンを押した。低い起動音とともに画面が点灯し、カラフルなグラフィックが広がる。選択画面には「国を選んでください」と表示され、世界地図が映し出されていた。地図上には無数の国名が点在し、どれも現実の国と一致している。興味本位で、操は「日本」を選択した。


ゲームが始まると、驚くほどリアルな日本の風景が広がった。東京タワーの赤と白が鮮やかに映え、渋谷のスクランブル交差点には人々が忙しなく行き交っている。画面を切り替えると、田舎の田んぼや山間の小さな集落までが再現されていた。操はコントローラーを手に持ち、試しにキャラクターを動かしてみた。走る、ジャンプする、道端の石を拾う——自由度が異常に高い。まるで現実世界にいるかのように、細かな行動までが可能だった。


「すげえ…こんなゲーム、見たことない」

操は目を輝かせ、時間を忘れて操作に没頭した。学校の宿題も、母からの電話も頭から消え、ただゲームの世界に引き込まれていった。


その日の夕方、操はゲームの中で山岳地帯にたどり着いた。画面に映るのは、山梨県の深い森だ。木々の葉が風に揺れ、小川のせせらぎまで聞こえてくる。あまりのリアルさに、操はしばらく見とれていた。だが、ふとメニューを開いたとき、「火をつける」というコマンドが目に留まった。


「火をつける? 何だこれ…面白そうじゃん」

出来心が湧き、操は軽い気持ちで実行ボタンを押した。すると、画面の中で小さな炎が点き、枯れ草に燃え移った。やがて炎は木々に広がり、黒い煙が立ち上る。リアルすぎる映像に、操は少し興奮した。火の手が山全体を包み込む様子を眺めていると、どこか達成感のようなものさえ感じた。


「ゲームだから何してもいいよね」

そう呟きながら、操は満足してゲームを終了した。時計を見ると夜の10時を過ぎており、慌ててベッドに潜り込んだ。



翌朝、目を覚ました操はリビングでテレビをつけた。朝のニュースが流れ、キャスターが緊迫した声で伝えていた。

「昨夜、山梨県の山林で大規模な火災が発生しました。火元は不明で、現在も消防隊が鎮火作業にあたっています。周辺住民への避難指示が出されており…」

操は一瞬、昨日のゲームを思い出した。山火事の映像が、ゲームの中で見た光景と酷似している。だが、「まさかね」と笑いものにした。ゲームと現実が繋がるなんてありえない。偶然だろうと思い、朝食のパンをかじりながら学校へ向かった。


学校ではいつものように授業を受け、友達の翔太と他愛もない話をした。翔太はゲーム好きの少し内向的な少年だ。放課後、翔太が「ねえ、操、最近何か面白いことあった?」と聞いてきたが、操は「別に」とだけ返した。ゲームのことは、まだ誰にも話すつもりはなかった。


家に帰ると、操は再びゲーム機の前に座った。今度は東京の街を歩き回り、高層ビルを見上げていた。渋谷の雑踏を抜け、新宿のネオンが輝く夜景を眺める。ゲームの中の東京は、現実と寸分違わぬ精巧さだった。すると、メニューに「爆撃」という項目があることに気づく。

「爆撃って…マジかよ。どれくらいリアルなんだろう」

好奇心に負け、操は実行ボタンを押した。画面が激しく揺れ、爆音が響き渡る。東京の街が炎に包まれ、ビルが次々と崩れ落ちた。煙が空を覆い、遠くでサイレンが鳴り響く。ゲームとは思えない臨場感に、操は息を呑んだ。

「すげえ…でも、ただのゲームだよね」

満足した操は電源を切り、眠りについた。



翌朝、操が目を覚ますと、家の中が騒がしかった。母がリビングでテレビの前に立ち尽くし、顔を真っ青にしている。

「操! 見て! 東京が…!」

画面には信じられない光景が映っていた。東京の街が燃え、煙が立ち上り、ニュースキャスターが慌てた声で状況を伝えていた。

「昨夜未明、東京で原因不明の爆撃が発生しました。死傷者が多数出ており、政府は緊急事態を宣言。現時点でテロの可能性も含めて捜査が進められています」


「何だよこれ…」

操の頭が真っ白になった。昨日のゲームでの行動がフラッシュバックする。山火事も、そして今回の爆撃も——偶然では説明がつかない。

「まさか…ゲームが現実に…?」

震える手でゲーム機を手に取り、電源を入れた。東京の街が再び画面に映し出される。そこはまさにニュースで見た光景だった。崩れたビル、燃える街並み、逃げ惑う人々。操は自分のしたことに気づき、冷や汗が背中を伝った。


「僕が…やったのか…? 」

混乱しながらも、操はコントローラーを握り直した。爆撃を止める方法を探さなければ。メニューを必死に操作し、状況を元に戻すコマンドを探したが、そんなものは見当たらない。ゲームの中の東京は、操の行動によって破壊され続けていた。


学校に行く気力もなく、操は一日中ゲームの前に座り込んでいた。ニュースでは東京の被害が拡大し、死傷者数が刻一刻と増えていく。SNSでは「東京が攻撃されてる」「終わりだ」とパニックに陥った投稿が溢れていた。操の胸は罪悪感と恐怖で締め付けられた。

「どうしよう…僕の…僕のせいで…」

泣きながらゲームを眺める操の目に、奇妙な影が映った。画面の隅に、見覚えのある人物が立っている。


ゲームの中で、東京の廃墟を歩いていると、その人物がはっきりと見えた。背の高い、瘦せた男——操の亡くなったはずの父、神山誠だった。

「お父さん…!?」

操は声を上げ、コントローラーを握る手が震えた。誠は静かに振り返り、悲しげな笑みを浮かべた。

「操…お前がここに来るとはな」

父の声は現実そのもので、低く落ち着いたトーンは操の記憶と完全に一致していた。操は混乱しながらも近づいた。

「お父さん、死んだんじゃなかったの? どうしてゲームの中に?」


誠は深く息をつき、ゆっくりと説明を始めた。

「このゲームはただのゲームじゃない。世界を操る力を持ったゲームなんだ。俺はこれを見つけて、深入りしすぎた。現実を変えようとして、失敗して…結局、自分をゲームの中に閉じ込めた。そして、現実では死んだことになったんだ。」

操は呆然とした。父がゲームの世界に囚われていたなんて、想像もしていなかった。

「それなら、東京の爆撃も…僕がやったことが現実になったってこと?」

誠は重々しく頷いた。

「そうだ。お前がやったことはすべて現実になる。このゲームは、世界そのものと繋がってる。俺が閉じ込められたのも、暴走を防ぐためだった。でも、お前が触ってしまったことで、また動き出したんだ」


操は涙をこらえ、拳を握った。

「だったら、一緒に爆撃を止めて、お父さんを現実に戻すよ! お父さんがいなくちゃ、僕…僕、どうしていいかわからないよ」

誠は一瞬、目を細めたが、やがて静かに頷いた。

「いいだろう。一緒に戦おう。だが、俺を現実に戻すのは難しいかもしれない。それでもいいか?」

操は首を振った。

「絶対に戻す。お父さんを失いたくない」



操と誠はゲームの中で奔走した。爆撃を止めるには、ゲームの「中枢」にたどり着き、システムをリセットする必要があった。中枢は東京の地下深く、仮想の地下施設に設定されており、そこに至る道は敵や障害で溢れていた。


二人は力を合わせ、爆撃機を破壊し、炎を消し止めていった。操は現実世界のニュースを見ながら、ゲームの状況が少しずつ改善していくのを確認した。テレビでは「爆撃が弱まりつつある」と報じられ、希望が湧いてきた。だが、中枢に近づくにつれ、敵の抵抗が激しくなった。ゲームとは思えないほどの痛みと恐怖が操を襲う。敵の攻撃が操のキャラクターをかすめると、現実の操の腕に鋭い痛みが走った。

「痛っ…何!? これ、ゲームなのに?」

誠が叫んだ。

「気をつけろ! このゲームは現実とリンクしてる。お前が死ねば、本当に死ぬ可能性がある!」


操は恐怖に震えながらも、父を信じて進んだ。地下施設の最深部で、最後の敵——巨大な戦闘機械が立ち塞がった。操と誠は息を合わせ、機械の弱点を攻撃した。だが、機械の反撃が誠を直撃し、彼は膝をついた。

「お父さん! ダメだよ、死なないで!」

操は泣きながら父を抱き上げた。誠は弱々しく笑い、操の手を握った。

「操…お前なら大丈夫だ。中枢をリセットしろ。俺はここまでだ」

「お父さん、いやだ! 一緒に帰るって約束したじゃん!」

誠の体が光に包まれ、薄れていく。

「約束は守れなかったな…すまない。でも、お前は生きろ…。母さんを、よろしくな…。」

「お父さああああああああぁぁぁん!!!!!!」


誠が消え、操は涙を流しながら中枢にたどり着いた。システムの前に立ち、「リセット」のボタンを押す。ゲームが暗転し、現実の東京が静寂を取り戻した。操はゲーム機を手に持ったまま、床に崩れ落ちた。



数日後、世界は平和を取り戻した。東京の爆撃は「原因不明の災害」として処理され、操は日常に戻った。学校では翔太が「大変だったね」と声をかけてきたが、操は笑顔で誤魔化した。心の中には父との別れの痛みが残り、夜になると涙が溢れることもあった。


「もう二度と、あんなことはしない…」

操はゲーム機を箱にしまい、押し入れの奥に隠した。父の遺品として、捨てることはできなかったが、二度と触れるつもりはなかった。


その日の夕方、翔太が家に遊びに来た。操がトイレに立った隙に、翔太は押し入れを物色し、ゲーム機を見つけた。

「ねえ、操! これ何!? めっちゃ面白いじゃん!」

操が慌てて戻ったとき、画面には再び「Game of the World」の文字が浮かんでいた。操の顔が青ざめる。

「やめて! 触らないで!」

画面には、燃え盛る町の景色が映っていた。

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