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9 不幸に見舞われる王家

 翌日。


「もう、ちょっと! イリヤったら何をやってるの! それはバターロールなんだから、クロワッサンみたいに折りたたんじゃ駄目でしょ!」

「……あ」


 朝起きた時から私の頭の中が日記帳でいっぱいだったせいだ。


「ごめんなさい」

「それは最後に焼くしかないわね。今日のあんたのお昼ご飯だからね」

「えー?」

「『えー』じゃない!」

「はーい。あ、母さん。お昼なんだけど、私、今日遅番でいいかな? ちょっとだけ外出したいんだ」

「いいけど。どこに行くの?」

「ん? まあ、ちょっとね……」


 目的を濁すと、母さんは、「ははーん」と何やら誤解したみたいだけど、まあ別にそう思っててくれていい。とにかく出かけることさえできればいい。






 昼のピークが終わって母さんと交代で昼食を取ると、すぐに店を飛び出した。

 日記帳は直接触るのが嫌で、スカーフで包んで持っている。

 エシルさんは商売っ気がないらしく、『占いの館』という看板の類が一切表に出ていない。

 きっと知らない人はここが占いの店だなんて知らずに通り過ぎているのだろう。

 

 トントントンとノックすると、中から、「どうぞ」という声が聞こえた。

 店内に入ると、エシルさんが先日と同様の()で立ちで椅子に腰掛けていた。


「あら! イリヤじゃないの」


 エシルさんは私が抱えている物が何かすぐにわかったらしく、「持ってきてくれたのね」と言って椅子を勧めてくれた。




 エシルさんの向かいに着席して、テーブルの上に日記帳を置き、開口一番、「お返しいたします」と彼女の方へ押し出した。

 エシルさんは無言で日記帳を手に取って開いた。

「危ない!」と注意する間もなかった。

 エシルさんも自分と同じように椅子に座ったまま夢を見るかと思ったのに、彼女は目を閉じることなく、その視線は日記帳に記された文字を追っていた。

 心なしか表情が険しい。


「あの……大丈夫ですか?」

「え? ええ。それにしても凄い量ね。書くのに随分と時間がかかったでしょう?」


 やっぱり私が書いたのかな……自覚がないんだけど……。


「それが、あまり覚えていなくて。夢の中だなって気がついて、慌てて起きたら書いていたというか。ははは。そんな訳ないですよね」

「……」

「あの。でも思い出した夢ですけど、荒唐無稽な夢物語だったので、もう気にしません。この日記帳はお返しします」


 私は真面目にそう言ったのに、エシルさんは駄々っ子を前にして「あらあら」と呆れるような、そんな表情を浮かべた。


「ねえ、イリヤ。夢というものはそもそも現実離れした荒唐無稽なものが多いのよ? 『夢解き屋』なんて家業があるくらいだから、相談できずに戸惑うものよ。あなたが受け止め方に迷うのも無理ないわ。でも、夢解き屋だって、物語の最初の部分だけでは判断できないはずよ。夢の内容を覚えておこうという意思が少しばかり強く出たようだけれど、でも……きっと今までもその夢を見ていたんじゃないかしら? それなのにあなたが忘れてしまうものだから、何度も繰り返し見ていたのだとしたら? ちゃんと最後まで思い出してみた方がいいんじゃない? 結末がわかればもう見なくなるんじゃないかしら?」


 あの夢の結末……あの少女の結末に何か意味があるの?

 私に何か伝えたいことでも……?


「それは、そうかもしれません」

「そうでしょう? 夢の話は現実とは何の関係もないのだから、怖がらずに続けてみたらどう? また書き溜めたら見せに来てちょうだい」

「はい」






 何だか釈然としないけど、続けることになってしまった……。

 やっぱり「もう結構です」って言うべきだったかな、とか、「もうコツをつかんだので」とか、穏便に断ることができたんじゃないかと悶々としながら歩いていると、目の前の道が人だかりで塞がれていた。



「俺にもくれよ」

「あいよ」

「こっちにもくれ」

「あいよ」


 いつもと違って、どうやら新聞を求めて押し合いへし合いしているようだ。

 そんな面白い記事が載ってるの?

 どれどれ。

 大人たちの間をかいくぐって先頭まで出ると、新聞売りのおじさんが投げるように新聞を売っていた。


「おじさん。私にも新聞ちょうだい」

「あいよ」


 新聞を受け取ると、するりと横へ逃げる。

 いい具合に帰り道の方へ出られたので、少し歩いて人通りが少なくなったところで広げてみた。

 一面にデカデカと載っていたのは、王妃様が雷に打たれたという悲報だった。

 雷に打たれるなんて――そんなこと本当にあるんだ。


 あれ? それにしても王様や王妃様って、毎年のように不幸に見舞われてない?

 王子様やお姫様もそうだったような……?

 元々王様は建国祭のお目見えの時だって、衝立のようなものに隠れていたけれど、三年くらい前からは姿も見せなくなったという話だ。

 


「やっぱ、呪われてんじゃねーか?」

「かもな。どんだけ不幸が襲うんだよ」


 同じ新聞を持っている男たちが面白おかしく話しながら歩いている。

 呪いかぁ。


「でも王様が呪われてるなんて、この国は大丈夫か?」

「何かありゃあ、聖教会が発表するだろ? そのための聖母像なんだから」

「そうだよな。災いが起こる前には、教会の聖母像に凶相が現れるんだから、その発表がないうちは何の問題もないよな」


 ……そう。

 どの街にも聖教会の教会があり、一つの街に一体の聖母像が祀られている。

 悪いことが起きる前には、聖母像が知らせてくれるという言い伝えがある。

 王様たちは、ただ運が悪いだけだ。可哀想に。

 あっ、そんなことよりも早く店に戻らなきゃ!

 

「帰ったら母さんがニンマリしているかもなー。あー面倒臭い」


 とにかく遅れれば遅れるだけ母さんの勘違いが酷くなる。

 そう思うといつの間にか小走りになっていた。

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