7 情のない国王
陛下にお尋ねしなければ。
「陛下。発言をお許しいただけますでしょうか?」
陛下は何とも面倒臭そうな表情で、「許す」とおっしゃいましたので、思い切ってお尋ねしました。
「『北へ行け』との仰せですが、それは私一人だけでしょうか? お母様は――」
「お前だけだ」
「……っ! はい。かしこまりました。それではお母様にもそのように――」
「不要だ。事は急ぐ。下がってよいのでその足で向かえ」
「は、はい」
陛下は私が下がるよりも先にお立ちになり、謁見の間から出て行かれました。
ああ、そんな……。
お母様は私が北へ行くことをご存じなのでしょうか?
もしご存じだとしてもお別れのご挨拶もできないとは……あまりに……あまりに。
いけません。もう少しで泣いてしまうところでした。
十二歳の誕生日に、人前では泣かないとお母様と約束しましたのに。
――よいですか、ベス。王族には王族にしかできないお務めがあるのです。いつかあなたにもあなたにしかできない尊いお務めを果たすべき時が来るかもしれません。
そうでした。お母様から何度となく言われていたことを忘れていました。
きっとその時が来たのでしょう。
それでも先ほどのお別れが今生の別れになるとは思いもしませんでした。
「お母様……」
どうかお元気で。
私も精一杯頑張ります。
◆◆◆ ◆◆◆
初めて見た第二王女は、本当に王族の、この私の血が流れているのかと疑いたくなるような顔をしていた。
ほんのひとかけらも自分の子だという実感が湧かなかった。
もしかしたら顔を見た途端に親心が芽生えるかもしれないと不安に思っていたが、全くの杞憂だった。
フン。いらぬ心配をしてしまったわ。
だが、しかし――。
「それにしても側妃が産んだ王女とはいえ、王族から当代を出す前例は作りたくなかったのだがな。これまでは某系の公爵家の役目であったのに」
まさか聖殿へ出立する前日に亡くなるとは思いもよらなかった。
病気がちとだは聞いていたが、そこまで悪かったのか?
公爵が娘可愛いさに死を偽装したのかと調べたが、死体は本物の公爵令嬢だったという。
「ふふふ。おかしなことをおっしゃいますなあ。イザベラ様に関しましては、六歳のお披露目もなさらなかったではありませんか。病弱な公爵令嬢のスペアとしてお考えだったのではありませんか?」
聖教会の者どもは我ら王族に対しても遠慮がない。
もう慣れたとはいえ、癇に障る。
「フン。『血の盟約』など本当に存在するのかどうかさえ怪しいがな」
「陛下……さすがにそれは――」
「わかっておる。皆がおる前では口にはせぬわ」
はるか昔の伝説にいつまで縛られねばならぬのか。
「では、陛下。彼の地では首を長くして当代様の到着を待っておりますゆえ、早速お連れしたいと思いますが。本当に母君とのお別れの時間を取らなくてよろしかったのですか?」
「ああ。寂しがる程度の感情は問題なかったな?」
「はい、陛下。曇りなき魂の持ち主であっても、寂しさは感じるものでございます。寂しいだの悲しいだのといった感情は、聖母様を曇らせたりはいたしません。それは歴代の当代様が証明なさっております」
「ならばよい。せいぜい機嫌を取ることだ」
「ふふふ。それは私どもにお任せを。あの年頃の少女が喜びそうなものを一緒に送る手筈を整えてございます」
◇◇◇ ◇◇◇
「イリヤ! いつまで休憩しているの! 店の片付けを手伝ってちょうだい!」
「はーい!」
あれ? いつの間にうたた寝なんかしていたんだろう。
急いで一階の店へと降りていったイリヤは、開きっぱなしの日記帳に文字がびっしりと書かれていたことに気がつかなかった。
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