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25 雨上がりの虹

 外は久しぶりの雨ですが、私は雨が嫌いではありません。

 大雨は怖いですが、そぼ降る雨は、この世の全ての(けが)れを落とし、爽やかさを増すように感じます。

 雨粒を受け止めている葉や花びらも、気持ちよさそうにその身を揺らしているみたいです。


 本当は窓を開けるべきではないことはわかっているのですが、お世話係も部屋の外にいらっしゃるので、思い切って窓を開けてみました。

 雨音が大きくなり、出窓がすぐに濡れました。

 それでも空から落ちてくる雫が空気を洗っているようで、独特の雨の匂いと、しっとりとした空気を感じられます。


 もうしばらくこのままでいたかったのですが、さすがに出窓を濡らして汚すのは申し訳なく思い、窓を閉めようとしましたら、ガタン、ダンダンと音がして、レイモンドがヌッと現れました。


「まさか、窓を開けているとは思わなかった」

「レイモンド!?」

「来るつもりはなかったんだけどな……つい足が向いてな」


 心なしかレイモンドは元気がないようです。いつもと少し雰囲気が違うのは全身がぐっしょり濡れているせいでしょうか?

 普段はサラサラと頬を撫でるように揺れている髪の毛も、今は頬に張り付いていますし、服が濡れているせいで寒いのでしょうか、少し背も丸まっているように見えます。


「どうかされたのですか? あ、その前に、どうぞ室内にお入りください。窓を閉めましょう」

「あ、ああ。悪いな」


 本当にどうされたのでしょう? いつもより動きが緩慢な気がします。


「すぐに温かいものを持ってきていただきますね」

「いや、いい」

「いいえ。温かいものを召し上がれば、きっと落ち着かれるはずです。私が元気がない時は、お母様がよくそうおっしゃって温めたミルクを持ってきてくださいました」


 レイモンドを慰めようとしたのに、なぜ私は自分の昔話をしているのでしょう?

 レイモンドに――火が消えたようなくすんだ橙の瞳で見つめられました。


「お母様は――今はどのようにお過ごしなのかわかりませんが。ああ、そういえば、『便りがないのは良い知らせ』というのでした。お母様からお返事は届いておりませんが、きっとお元気でお過ごしなのだと思います」


 それでも、一言だけでもお返事をいただけると私は嬉しいのですが。

 私のことをお忘れではないですよね?



「母親に会いたいか?」


 それは――ここで答えるのは――何だか憚られます。そんな風に自分の気持ちを素直に口にしてよいものなのでしょうか?

 何と答えたものか迷っていましたら、レイモンドに目を逸らされてしまいました。


「会えるといいな。オレはもう会えないから」


 え? どういうことでしょうか?


「……母の墓参りに行ってたんだ。母が好きだった紫陽花を供えてきた」

「まあ、お母様の……そうでしたか」


 まさかお母様を亡くされていたとは。おいたわしい。


「それにしても紫陽花のどこがいいんだろうな。もっと花らしい花があるだろうに。薔薇とか、ほら、その花瓶の――」

「ガーベラですか?」

「ああ、そういうやつ」

「でも紫陽花は晴れた日も雨の日も見応えがあって、私も好きです。ガーベラや薔薇だと、今日のような強い雨粒には耐えられそうにない感じがしませんか?」

「そういうものなのか? 今日の雨は短い時間にザーッと降る雨だから少し強いんだ」


 レイモンドは視線を逸らしたまま話をされています。

 どうしましょう。温かい飲み物を頼むタイミングを逸してしまいました。


「なあ。地面が濡れてるが、よかったら外に出てみないか? もう少しして雨が上がってからだけど」

「……? レイモンドは、いつ雨が上がるのかわかるのですか?」

「ははは。そんな正確にはわからないさ。一日中降り続く雨か、すぐに止む雨かの違いがわかるだけさ」

「すごいです。とてもすごいと思います。私にはわかりませんもの!」

「そうか? お? 上がったみたいだな」


 レイモンドが窓を開けると、大好きな雨上がりの風景が広がっていました。


「うーん。それにしてもお前の靴……まあ仕方がないか」

「あの。前もおっしゃっていましたよね? お世話係に頼めば他の靴も用意してくださると思うのですが、私にはどうお伝えすればよいのかわかりません。レイモンドからお伝えしていただけると嬉しいのですが」

「ああ、任せとけ」

「ありがとうございます」

「まあ今日は遠出する訳じゃないからそのままでも問題はない」

「はい」






 レイモンドは聖殿の方へ向かっているようでした。


「あの」

「別に聖殿に行く訳じゃないんだ。あの近くが見晴らしがいいからな」

「はい」


 声を掛けただけですのに、レイモンドは私の言いたいことをわかってくださいました。




「この辺りでいいと思うんだけどな。この時間だとあっちの方かな……?」

「……?」


 レイモンドは何かを探してキョロキョロと周囲を見渡しています。


「あ! ベス! あっちだ!」

「え?」


 レイモンドが指差した方を見ると、どなたかが大空に絵を描いたような、そんな不思議な光景が見えました。


「レイモンド……あれは……」

「虹っていうんだ」

「虹……」

「ああ。綺麗だろう。雨が上がった直後に見えることが多いんだ。あんな風に空に橋をかけたように見えるんだ」

「いったい幾つの色を重ねているのでしょう? 綺麗……」


 レイモンドと私は、それっきり黙って虹を見ていました。




「ベスと一緒にいると、なんだかこっちまで子どもに戻ったように感じるから不思議だ」

「え?」


 レイモンドが不意にそんなことを言って笑いました。

 あら?

 『こっちまで』ということは、私が子どもだと笑われているのでは……?


「何でそんな風に不思議がるかな? あっはっはっ」


 私には、どうしてレイモンドが顔をクシャクシャにして笑うのかわかりませんが、彼の笑顔を見ていると、先ほどの疑問など何だかどうでもよくなりました。


「おいおい。今度は何だ? まさか、人が笑うところを見たことがないなんて言うなよ?」

「さすがにそんな訳がないことくらいご存じですよね?」


 レイモンドが私のことを茶化しているのはわかりますが、少しばかり失礼だと思います。

 

「ははは。そう拗ねるなって。何ていうか、お前は人間を知らな過ぎるから、ちょっとな」

「ずっとお母様と二人で暮らしていたのですが、そんなに私は無知なのでしょうか?」

「いや、そういう意味じゃない。今度生まれ変わったら、騒々しい街で大勢に囲まれた暮らしをしてみるといい。オレの言いたいことがわかるはずさ」

「生まれ変わったら? そうですね。そんな風な暮らしをしてみたいです」

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