23 【エシル視点】*15年前
聖協会があの聖騎士を当代に近づけさせていたとは驚いた。
王家ではなく聖協会が擁する聖騎士団に所属する聖騎士。
もっとも、あの男の場合は、聖騎士ではなく性騎士として名を馳せている。
どんな女性でも手練手管で落としてしまうと有名な男。
噂しか聞いたことがなかったけれど、実物を見て納得した。
人伝に聞いていた噂を凌駕する顔の良さ。うっかり見惚れるところだった。
聖母様が世の女性のために観賞用にお与えになったのではないかと思うほど整った顔立ち。
確かにあの美貌で愛を囁かれたら初心な女性はイチコロだろう。
十二歳で男性と話したことすらなかったという当代など、赤子の手をひねるよりも簡単なはず。
当代に聞かれた時は、「美貌の騎士として名高い方ですのよ」と、一応醜聞の方は伝えないでおいたけれど。
私があの男の素性に気がついたことを、彼の方もすぐに察したらしい。
次の瞬間には私に対して、「猫をかぶっていることなどとっくにお見通しだぞ」と言いたげな顔で不敵な笑みを浮かべていた。
私を屋敷まで送り届けるなどと言って、堂々と我が家の馬車に乗り込んできた時にはさすがに驚いたけれど。
「辺境伯のご令嬢はまだデビュタント前だと聞いていたが、早くも夜会の話題に精通しているようだな」
「辺境の地にいる私のような小娘でも情報収集ができるのかと驚かれまして?」
「……ほう?」
「そういえば私としたことが。あなた様をご紹介する際、『悪名高い』と付けるのを失念しておりましたわ」
「ククク。当代はどうしてまたお前みたいな奴を友達にしたんだろうな」
「そのお言葉、そっくりそのままお返しいたしますわ」
大人の真似事のような会話は疲れる。
単刀直入に聞いてみよう。
「私たちの一族は、聖殿を――聖母様をお守りして、この国が聖母様のご加護を失わないように努めておりますのに。聖協会は何を考えてあなたのような方を当代様のお側に遣わしたのかしら?」
「ほんと、さっきから随分と失礼だよな。オレは当代様を喜ばすことしかしていないつもりだが? 別に何をしろとか命令は受けていない。辺境伯家が気にすることではない。お前こそ友達のふりをして裏で足を引っ張るような嫌な女に当代様を染めようなんて魂胆じゃないだろうな?」
あの世間知らずをそこまで染めるには、相当な時間が必要な気もするけれど、そっちの方向にもっていきたい訳じゃないのよ。
「嫌ですわ。あなたのおっしゃる通り私はデビュタントもまだですのよ? 社交界のあれやこれやはよくわかりませんわ」
「……そういうところだって言ってるんだけどな」
「あら、悪いお顔。どうでしょう――私たちはどちらも、聖殿と当代様をお守りする立場ですので協力関係を築けるのでは? せめて互いに邪魔をするのだけはやめませんこと? それくらいの譲歩すらしていただけないならば、私、ついうっかり、あなた様の悪名について口を滑らすかもしれませんわ」
「オレを脅すってことは聖協会を敵に回すってことだぞ。利口なお前にわからない訳ないよな?」
「まさか。当代様にお友達として今後もしょっちゅうお茶にお誘いいただくと宣言されている身ですのよ?」
「まあ、いいだろう。互いに邪魔はしない、ということだな」
「ええ。むしろ私はあなたに期待しておりますのよ? 当代様のお守りをね。彼女に万が一のことがあれば、国が傾くことになる訳ですし」
レイモンドは最初からお父様に会うつもりはなかったようで、途中で止めた馬車から降りると、どこかへ消えて行った。
「ふふふ。レイモンドか……。私の役に立ってくれるかもしれないわね」
さあて。当代は彼にどんな感情を持つのかしらね。




