20 初めての星空
「当代様。お花はこちらでよろしいでしょうか?」
「ええ。ありがとう。とっても綺麗ね」
「では、何かございましたらお声がけくださいませ」
「ええ」
お世話係に、部屋に花を飾りたいと伝えると、すぐさま色とりどりの花を花瓶に入れて持ってきてくださいました。
そのまま出窓に置こうとされたので、申し訳ないですが花瓶を置くためだけの小さなテーブルもお願いしました。
これで殺風景な部屋ではなくなったはずです。
レイモンドは二日と空けずに来られていたので、きっと今日訪ねてくださると思っていました。
ですが結局お見えにならず、夕食前に窓は閉められてしまいました。
夕食後、部屋に戻ると、ペチンという音が窓の方から聞こえました。
「……?」
窓を確かめていたら、飛んできた何かが窓にぶつかって、またペチンと音がしました。
「あら?」
外に灯りが見えたので窓を開けると、「おーい、ベス!」と名前を呼ばれました。
声ですぐにわかりました。
レイモンドが外にいるようです。
窓を開けて覗くとレイモンドが手を振っています。
「出てこいよ」
「え? 出て――え? レイモンド。日が暮れて真っ暗なのにどうされたのです? こんな時間に外に出ているなんて……」
お母様から、夜外にいるのは騎士の方くらいだとお聞きしています。
日が沈んだ後に外に出るなんて……。
「真っ暗じゃないさ。いいから出て来いよ」
「確認してまいりますので少々お待ちください」
尋常でないことだけは確かですので、お世話係にお尋ねしましたら、「お心のままに」と言われてしまいました。
この地では夜の外出が珍しくないのでしょうか?
「レイモンド。お許しが出ましたので、そちらまで参ります」
「おう!」
私も灯りを用意していただき外に出ました。
「まだ寒くないから大丈夫だろう。そんなに時間がかかるものでもないしな」
「どちらへ行かれるのですか?」
「ん? そうだなあ。まあこのお社から少し離れたところかな」
「……?」
レイモンドがそれだけ言って歩き出したので、私もついて行きました。
やはり、こんな時間に外を歩いている人は私たち二人以外いないようです。
「まあ、この辺でいいか」
レイモンドは何もない道の真ん中で立ち止まり、灯りを足元に置きました。
「ええと……?」
「怖くないから、灯りを置いて空を見てみろ」
レイモンドの言っている意味がわかりません。
空を見る?
とりあえず灯りを足元に置いてレイモンドの顔を見ていたら、「オレじゃなくて空だよ、空」と、上の方を指さされました。
レイモンドが指す上を見上げると――これは……いったい何なのでしょう!
「空を見上げようなどと考えたこともなかったのですが……まさか、こんな……こんな」
言葉が出ませんでした。なんと美しいのでしょう……。
儚く光る小さな灯りが無数に散らばっています。
「綺麗ですね……。夜の空がこのように美しとは……」
「まさか、夜空を見上げたのは初めてなのか?」
「はい! そもそも夜に出歩くこともございませんし。こんな風に夜空を見上げたことなどありませんでした。こんなに美しいなんて。この地にお住まいの方々は皆ご存じなのですか?」
「ああ、まあ、そうだな」
「王都の夜空はどうなのでしょうか」
「王都だってそれほど変わりはないさ。昼間の喧騒が嘘みたいに、夜になればああやって星々が照らしてくれるのさ」
「あの点のような小さな灯りは星というのですか?」
「ああ」
レイモンドはそれきり黙ると静かに星を見ています。
お母様はご存じだったのでしょうか?
夜空を見上げた経験がおありだったのでしょうか?
離宮の大きな窓からならば、こんな風に外に出ずとも今日と同じ星とやらが見えたのでしょうか?
しばらく星を見ていましたら、スーッと空を横切るように動く光がありました。
「ベス! 今の見たか?」
「はい。光が動いたかと思うと、あっという間に消えてしまったように見えました」
「流れ星だ」
「流れ星?」
「ああ。流れ星が消える前に願い事を言えば叶うって言われてるんだ」
「まあ! でしたら次はお願い事をしなくては」
「ははは。滅多にないから頑張れ!」
それから流れ星を待っていたのですが、とうとう出会えませんでした。
「そろそろ戻るか。今日は雲がなくて空気が澄んでいたから、こうして外に出て見上げれば、たくさんの星が見えると思ったんだ。お前の部屋からだって見えるんだぞ?」
「そうだったのですね。知っていれば毎晩見ましたのに」
「ははは。ベスの知らないことはまだまだたくさんありそうだな」
レイモンドは私に色々な初めてを教えてくださる先生のようです。
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