2 占い師エシルとの偶然の出会い
まるで天国の一角にあるかのような、清らかで幸せに包まれた場所……。
麗らかな日差しの中、テラスに設置された丸テーブルに母娘と思しき二人が向かい合って座っている。
女の子はまだ五、六歳だろうか。大人用の椅子に座っていて、足がぶらぶらと宙に浮いている。
「お母様。今日はお母様がお客様の番よ。ふふふ。私のお茶会にようこそ」
「まあ! 私の可愛いお姫様に招待していただけるなんて嬉しいわ。うふふふ」
「今日はアールグレイにしてみまちたの。あっ。してみましたの」
「そうでしたの? 私の大好きなお茶ですわ」
紅茶と茶菓子をセッティングしている侍女も口元が緩んでいる。
◇◇◇ ◇◇◇
「はっ」
初めてかもしれない。
夢の内容を覚えている。
あの小さな女の子は本物のお姫様みたいだった。
住んでいるところも綺麗で――壁も床も見たことのない白っぽいツルツルのものだった。
この辺りの木造の建物とは雲泥の差だ。
二人の顔はよく思い出せないけれど、今の王様や王妃様みたいな金髪じゃなかった気がする。
あの二人……高貴な身分なのに、母娘二人っきりでひっそりと暮らしていた。
……何となくだけど、なぜだかそうなのだとわかる。
はあ。嫌だなあ。いい加減に夢をみる癖を直したい。
「きゃっ」
「あ! すみません! 大丈夫ですか?」
今日の料理当番は私だから野菜を買い出しに来ていたのに、ぼーっと歩いていたせいで他人にぶつかってしまった。
痩せっぽっちなお婆さんを勢いよく吹っ飛ばしてしまったと思ったけれど、その女性は何とか踏ん張ってくれた。
よく見ると、お婆さんというほどは歳を取っていない。母さんよりも少し上ぐらいだ。
「ええ、まあ」
女性は、頭に巻いていたショールがはだけたのを直しながら優しく微笑み返してくれた。
「あ、あの。私、あの角を曲がったところにあるトムのパン屋の娘なんです。イリヤといいます。もしお時間があるようでしたら、お詫びにパンを差し上げたいので一緒に来ていただけませんか?」
「まあ、そんな……それほどのことではないのに」
「いいえ。ぜひ!」
「あら、そう? そこまで言うのなら……。ああ、私の名前はエシルよ」
エシルと名乗ったその女性を連れて店に戻り、母さんに事情を話すと、慌ててパンを見繕ってエシルさんに渡してくれた。
「うちの娘が本当にすみません。十五にもなって、本当にそそっかしくて困っているんです」
何も知らない人にそんな風に言わなくても――と思ったけれど、実際こういうことが起こってしまったので何も言い返せない。
「私も病み上がりのせいで体がいうことを聞かなくて。若い方なら避けられたのに、何だかかえって申し訳ないことをしました」
「いえいえ! 悪いのはイリヤですから! エシルさんが気に病むことなんかありません。イリヤ?」
母さんが片方の眉尻を上げて睨んでいる。これは相当怒っているな。
「はい。あの、本当に申し訳ないです。これからはちゃんと周囲を見ながら歩きますので」
私だって本気で反省している。
ぶつかったのがエシルさんじゃなくてお婆さんだったら、転んだ拍子に骨を折っていたかもしれないんだし。
「もう、それくらいにしましょう。パンもいただいたことですし、何より私は怪我もしていませんしね」
「そう言っていただけると助かります」
母さんがぺこぺこと頭を下げてなおも謝るので、私もそれにならう。
「助かります」
エシルさんは「ふふふ」と笑って帰って行った。
それからというもの、エシルさんと街ですれ違ったりすると、自然と立ち話をするようになった。