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19 レイモンドと草原に

 レイモンドは散歩と言っていたのに、お社の外に出ると馬を連れていました。

 馬車に繋がれていない馬です。近くで見るとかなり大きいです。

 もしや……?


「おいおい。まさかとは思うが、ベス――お前、馬を見たことがないのか?」

「え? まさか、あります。馬車にだって乗ったことがあります」


 何がおかしかったのか、レイモンドはクククと笑いながら、「なるほどな」などとつぶやいています。


「お前を案内したいところは、オレでも歩くと小一時間かかるからな。お前じゃ辿り着けない。だから目的地までは馬で移動する」

「馬……とおっしゃいますと、その馬でしょうか?」

「ああ。心配はいらない。オレは馬の扱いが上手いからな」

「え? あ、あの」


 相変わらず笑いを堪えているようなレイモンドに、ヒョイっと抱き抱えられました!


「きゃあ」

「ほら。そのまま、じっとしてろ」


 馬の背に横向きに座らされてしまいました。

 馬の背中はかなり高く、丸くてとても座るところではありません。

 怖くて動けないままの私の後ろにレイモンドが跨り、私のお腹の辺りを左手で抱え右手で手綱を持ちました。


「まさか……このような不安定な状態で……」

「慣れないうちは舌を噛むかもしれないから、喋らない方がいい。いいな?」

「は、はい」


 馬に乗るとはそこまで危険なことなのでしょうか。

 

「じゃあ、出発だ」






 最初のうちはパカパカと、私が歩く倍くらいの速さで馬は進んでいました。


「そんなに力を入れなくても大丈夫だ。そのまま黙って前を向いていればいい」


 私が口元に力を入れていたのがわかったのでしょうか?

 それでも舌を噛むおそれがあると言われては油断できません。


「……!」


 あら? もしかしてこの馬――駆け出したいのを我慢しているのかしら?

 少し速くなったかと思うとまた元の速さになって――を繰り返しているようなのです。

 私を乗せているせいで思うように走れないのですね。


「あの」

「どうした?」

「もう少しだけ早く進んでもらっても大丈夫ですが」

「本当か? まあ早駆けは無理でももう少しだけ走らせるか。ここから先は到着まで口を開かない方がいいぞ」

「え?」

「ほらっ」


 レイモンドは何をなさったのでしょう?

 ドンと振動を感じたと思ったら馬が走り始めました。

 こ、これの――どこが少しなのでしょう!

 馬の背中から滑り落ちてしまいそうなほど揺れているのですが!

 それでも口を開くことができないので、レイモンドの腕に必死にしがみついていました。






 どれくらいそうしていたでしょうか。


「ほら。見えてきた。あそこまで行ったら馬を降りるぞ」


 レイモンドがそう言うと馬にも伝わったのか、徐々に減速していき、のんびりとした歩調になりました。


 レイモンドが「あそこ」と言ったのは、小高い丘のようなところでした。

 背の低い木々がまばらに生えていて、地面は草に覆われて緑一色になっています。


「この辺でいいだろう」


 レイモンドが馬を止めて降り、手綱を近くの木に結びました。

 そして「ほら」と私に手を伸ばすと、小さな子どもを抱き上げるように両脇を下から支えられて降ろされました。

 なんだか恥ずかしいのですが。



「オレが案内したかったのは、その丘を登りきったところだ」

「丘を登りきったところ?」


 馬から降ろされたのですが、まだ体が変な感じです。

 それでも丘を登りきったところがどういう場所なのか気になり、ヨタヨタとですが登って行きました。



 登りきった時、レイモンドが私に見せたかったものがわかりました。

 登りきった場所ではなく、登りきったところから見える景色です!


「こんな場所があったなんて……」


 丘から望む風景の素晴らしさといったら!

 どこまでも続くなだらかな斜面を柔らかい草が覆っていて、果てしなく緑が続いています。


「前から気になっていたんだけどさ。そんな上品な靴しか持っていないのか?」


 いつの間にかレイモンドも来ていました。


「他にも靴があるのですか?」

「は? あっはっはっ。いや、そうか。うん。なら、靴を脱いで歩いてみるといい。ここはそういう場所なんだ」


 レイモンドは何を言っているのでしょうか?

 ここは紛れもなく外です。ベッドに入るわけでもないのに靴を脱ぐとはどういうことなのでしょうか?


「誰も叱ったりしないさ。ほらっ」


 何が「ほら」なのかわかりませんが、ひざまずいたレイモンドが右手を差し出したので、私はそのまま左手を出しました。

 すると、レイモンドが私の手をしっかり握り、左手で私の右足を靴ごと持ち上げました。

 よろめいて倒れる前に、彼が私の靴を脱がしたことがわかりました。

 いったい何を!?

 私はストッキングのまま地面に足を着いてしまいました。

 どうしましょう!


 ……でも。

 初めての感触です。足の裏に感じるのは固い地面ではなくサワサワとした草です。

 なんというか――なんだか――とても気持ちのよい感触です。


「これは、草が重なっていて柔らかく感じるのでしょうか?」


 転びそうになったことも忘れてレイモンドにそう尋ねると、「ははは。平民の子どもはみんな知っていることだぞ?」と言いながら、今度は同じように私の右の靴も脱がして、あろうことか放り投げました。


「あっ」


 靴は遠くに転がっていきました。

 私はとうとう靴を脱いだ状態で草原に立ってしまいました。

 大地に直接足をつけています!


「ここはその状態で歩き回って遊ぶところなのさ!」


 見ればレイモンドは裸足です!

 向こうの方まで走ると、そのまま仰向けに寝転がりました。


 そのようにして遊ぶところとお聞きしましたが、私にはできそうにありません。

 確かに寝転んでも痛くはなさそうですが。

 それでも立ったままでいる訳にもいきませんし……。

 どのみち靴を探しに行かなければなりません。


 誰にも見られていないのが不幸中の幸いです。

 とにかく靴を履くことにしましょう。それからゆっくり考えます。

 そう思って一歩踏み出すと、草を踏む感触にぞくりとしました。

 一歩ずつ進む度に、草が束になって私の足の裏にぶつかってきているように感じられます。

 私も負けないように歩きます。

 幾重にも重なった草は、私が踏もうと痛くも痒くもないと言いたげです。



「気持ちいいだろー!」


 遠くからレイモンドに大声で呼びかけられました。

 私は靴を取りに行くことを忘れて、いつの間にか草を踏んで歩き回っていたようです。

 そして強敵に感じられた草の中にも弱いものがいたようで、私のストッキングには緑色の染みがついていました。


 こんな風にストッキングを汚すつもりはなかったのですが。

 これを洗う方はどう思われるでしょう?

 こんな遊びはすべきではない気がしてきました。


 私の顔色が変わるのを見ていたのでしょうか。レイモンドが靴を持って私の側までやって来ました。


「平民の子どもでも、大人になったら行儀よくしなきゃいけないことくらいわかっている。子どもだけに許されることだってあるんだ。お前は、そんなことすら一度もやったことがないだろ?」


 子どもだけに許されること――ですか。

 大地に直接立つようなこと以外に、どんなことがあるのでしょうか?


「おいおい。何も思い当たらないって顔をしているな。はあ。まあ幸い、ここでは大人になったお前を叱るような奴はいないから、今からでもやれるさ」

「……はい?」

「フッ。とりあえず、ここは気に入ったみたいだから、いつでも連れてきてやるさ」

「ありがとうございます」


 口調は乱暴ですが、レイモンドはとても優しい方です。

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