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18 レイモンドとの出会い

「はい、猫さん。包帯を変えましょうね」

「みゃあ」


 猫さんは神出鬼没だけれど、毎日ふらりと私の部屋を訪ねてきてくれます。


「今日もお利口さんにして傷口を触らないで我慢してくれていたのね。随分よくなっているけれど、完治するまで頑張りましょうね」

「みゃみゃっ」


 ……あら?

 いつもなら、包帯を替えたらすぐに窓から出ていくのに、今日はどうしたのでしょう?

 トコトコとドアの方に向かって行きます。


「今日はお澄ましさんなのね。一緒にお出かけしたいの?」


 ドアを開けても猫さんは走り出すことなく静かに歩いています。


「ふふふ。それじゃあ一緒にお散歩しましょう」


 お世話係も何も言わないので、私と猫さんはそのままお社の外に出ました。







 猫さんは気ままに歩いているようですが、しばらくすると奇しくも聖殿へと続く道に出ました。

 猫さんを聖殿に近づけてもよいのでしょうか?

 私たちの後をついて来ているお世話係も遠巻きに見ているだけで何もおっしゃらないし……。


「みゃっ」

「あっ! 待って!」


 猫さんは突然走り出すと、鬱蒼と生い茂る樹木の中へ入って行ってしまいました。

 さすがに追いかけるのは無理です。

 私との散歩はここまでということでしょうか?


 気が変わって戻って来てくれるかもしれないと、少しだけ待っていましたが、猫さんの姿は見えません。

 諦めて帰ろうとした時でした。


 ザザッ。ザザザ。

 何かが木々の葉を揺らし、下草をかき分けているような気配がしました。


「当代様。お下がりください」


 お世話係にもそう言われましたので、私は急に怖くなって背を向けて駆け出しました。


「やあ。もしかして君の猫だった? 怪我をしているのかな?」


 人の声に振り向くと、猫さんを抱き抱えている男性が立っていました。

 サラサラな黒髪に褐色の肌――そのような人を初めて見ました。瞳は燃えるような赤い色をなさっています。

 お歳はいくつくらいでしょうか? 背は高いですが、今までお会いしたどの男性よりもお若いです。

 聖協会の方とは明らかに身なりが違いますが、エシルさんのところの方でしょうか?

 

「あの……私の猫ではないのですが、毎日遊びに来ている猫と申しますか……」

「ははは。飼っている訳じゃないが、懐いているってことか」

「ええ、まあ……」

「じゃあ君に返すのも変な話だな」

「そうなりますね」

「ははは。それじゃあ猫自身に決めてもらおうか」


 その方が猫さんを地面に下ろすと、猫さんは元来た道を走って行くではありませんか!


「え? えぇ……」

「ははは。今日は相手をしてもらわなくてもいいって言っているみたいだな」

「そうですね」


 私が猫さんに振られてしょんぼりしたせいでしょうか、男性が焦ったように言い訳を始めました。


「あ、いや、あれだ。猫なんてそんなもんさ。あー、えーと、オレはレイモンド。最近こっちに引っ越して来たんだ」


 お名前を!

 お名前をおっしゃいました!

 辺境伯家でも普通にご挨拶してくださったので、お名前を使われないのはどうやら聖教会の方だけのようです。


「これはご丁寧に。申し遅れました。私はイザベラ・フォ――ただのイザベラです。どうかベスとお呼びください」

「ベスか。わかった。オレのことは好きに呼んでくれ」

「ではレイモンド様と」

「いやいや。様なんてやめてくれよ。オレもベスって呼ぶから、そっちもレイモンドって呼んでくれよ」

「わかりました。ではレイモンド――と呼ばせていただきます」

「ああ、よろしくな」

「はい。よろしくお願いいたします」


 どうやらエシルさんに続いて二人目のお友達ができたみたいです。



   ◆◆◆   ◆◆◆



「よおっ」

「え? ええっ?」


 あれからレイモンドはちょくちょく私を訪ねてくださるのですが、なんといいますか、訪問の仕方が猫さんと同じで窓からなのです。

 ひょいっと現れては、いつも出窓に腰掛けて私に話しかけてくださいます。

 二階の窓までどうやって上がって来ているのでしょう?


「それにしても、いつ来ても殺風景な部屋だな」

「確かに! お客様がお見えになることがあるのでしたら、お花でも飾っておくのでした」

「いや、そういうことじゃなくて――まあいいか」

「……?」

「そろそろ『お散歩』の時間だろ? まさか『今日はやめた』なんて言わないよな?」


 レイモンドがわざとらしく『お散歩』と強調しているのは、レイモンドにとって散歩はただ歩くだけのことですのに、私がことさら大袈裟に何かの仕事みたいに言っているのが滑稽なのだと思います。

 私は散歩自体にそこまでの意味を見出せてはおりませんけれど、今のところ散歩以外に仕事がないのも事実なので、言い返せないでいます。


「もちろんです。傷が治った途端に猫さんが来なくなったので少しばかり億劫になっていたのは事実ですが」

「ふーん。散歩以外で出かけることはないのか?」


 思わず鸚鵡返しに言ってしまうところでした。


『散歩以外で出かける?』


 そんなこと――考えたこともありませんでした。


「ないって顔だな。よっし。今日はオレがとっておきの場所を案内してやる」

「え?」

「何も特別なことをする訳じゃない。お散歩の目的地を変えるだけさ。お前さ、いつも同じところしか歩かないだろ?」

「そう――ですが」


 お世話係――レイモンドが訪問して来た時だけそっと部屋に入り隅に立っていらっしゃる――の顔色を窺いましたが、私とは目を合わさず何もおっしゃいません。

 彼に好きなだけ付き合ってよいようです。

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