14 夢の中の王女は可哀想
「はっ!」
久しぶりに飛び起きた。
「覚えてる。あの子……母親と引き離されてあんな遠いところへやられて……それにおかしなお役目……」
結局、夢は見てしまうんだ……。
でも以前と違って、しっかりと内容を覚えている。
少女の生活を覗き見しているようで申し訳ない気持ちになる。
夢の中で同調しているのか、少女の感情が流れ込んできて少し辛い。
「……はあ。最後まで見るってどういうことなんだろう。まさかあの少女の一生分の出来事を見終えるまでなんて言わないよね?」
そんなのたまったもんじゃない。
毎晩夢を見ても追いつかないじゃないの。
「ため息をついても無駄無駄。早く支度して下りなきゃ」
そう思っても、ついつい机の上の日記帳に目がいってしまう。
夢を見たということは、またページに文字が刻まれているのかな?
私、夢を見ている間、起きてペンを走らせているの?
いやいや、わかんないことを考えたって仕方がない。やめやめ。
着替えていると、パタパタと雨粒が窓を叩く音が聞こえた。
「雨かー」
雨はあまり好きじゃない。
誰かも言っていたっけ……え? 誰が、何を……?
いつも通り開店準備を整えて表に看板を出していると、向かいの店の軒下で咲いている紫陽花が目に飛び込んできた。
そういえば毎年あそこで咲いている。
薄い色の割に雨粒に負けない強さを感じさせる花。でもなぜか私を寂しい気持ちにさせる花。
子どもの頃からあんまり好きじゃない。
「おはよう、イリヤ」
「あ、おはようございます」
大家のセル婆さんだ。
「もしかして今日は私が一番かい?」
「はい。ジーンさんは雨で支度が遅れているのかもしれませんね」
「ははは。そうかもしれないね。どれ、じゃあ入らせてもらうよ」
「はーい」
「よっこらしょ」と言いながら店に入るセル婆さんに私も続く。
「あら。おはようございます。今日はセルさんが一番客ですね」
「そうみたいだね。いつものを二つもらおうかね」
「はい。あ、イリヤ。焼き上がったパンを出しておくれ」
「はーい」
厨房に入ると、固めのバゲットとブリオッシュが焼き上がっていた。
「あれ? 父さん。もうブリオッシュ焼いたの? いつもは昼前に出しているのに」
「ああ、昨日注文が入ったのさ。早めに焼いておいてほしいってな」
へー。手土産にでもするのかな?
売り場にパンを持って来ると、まだ母さんがセル婆さんと世間話をしていた。
まあいつものことかとパンを並べていると、急にセル婆さんに話しかけられた。
「イリヤ。今度の建国祭は楽しみだねえ。毎年興味なさそうにしていたけど、今年は一緒に行ってくれる人がいるんだって?」
もー、母さん!
勝手に誤解している分にはいいんだけど、他人に言いふらすなら話は別だ。
「はあ? そんな人は、いません! 母さん、おかしなことを言わないでよ!」
私は真面目に否定したのに、なぜか母さんもセル婆さんもニヤニヤしている。
「へえそう? こそこそ付き合っていたって、どうせバレるのにねえ。まさか私たちに紹介できないような相手じゃないだろうね?」
母さん!
「あはは。イリヤに限ってそんなことはないと思うけどね。でも婿に来てもらわないといけないんだよね? うーん。次男坊か三男坊あたりならいいねえ」
セル婆さんは信じちゃってるじゃないの。
「商売人の家の息子なら言うことないんだけどね」
十五の娘に何を言ってるんだか。
「私は、毎日こうしてお店を手伝って、ご飯を食べていければそれで満足なの。それに建国祭っていっても、ちょっと飾り付けをして、いつもと違う商品を売っているだけでしょ? 馴染みの店を回って何が楽しいんだか」
そう言うと、母さんとセル婆さんは同じように呆れた表情になった。
「若い子の言うセリフじゃないよ、全く。そういうことを言っていると、可愛げのない子だと思われるよ?」
「誰に何て思われたって平気だもん。それに、建国祭はうちだって忙しいのに、私がフラフラ遊んでいて大丈夫なの?」
母さんは、一瞬だけ「うっ」と言葉を詰まらせたけれど、主張は変えないみたいで、「忙しいのは昼過ぎまでなんだから、早めにあがって遊びに行けばいいって、いつも言ってるだろ?」と言い張る。
ちょっと親子喧嘩みたいになってしまったので、セル婆さんが宥めてくれた。
「まあまあ、二人とも、それくらいにしときな。じゃあまた明日」
「ああ、どうも。ありがとうございます」
セル婆さんと入れ替わりに数人の客が入ってきたので、母さんとの口喧嘩はひとまずお預けとなった。




