12 聖母像が持つ球
この国の成り立ちについては、お母様から何度もお話を聞かされました。
『初代王は、その心根の気高さによって聖母様のお力添えを賜り、争いを収め一つの国にまとめられたのです』
『今でもこの国を守ってくださっている聖母様?』
『そうよ。聖母様は平定された後もこの国を見守ってくださっているの。それが初代王との約束だったそうよ』
『聖母様は約束をずっと守ってくださっているのですね』
『ええ。本当にずっとずっと長い間守ってくださっているの。どこの教会にも聖母様の像があるのよ?』
『教会?』
『ええ……いつかあなたも行く時が来るかもしれないわね』
そういえば、ここは教会なのでしょうか? 聖殿と教会は違うのでしょうか?
私は教会へ一度も行ったことがないので、よくわかりません。
でも聖母像があるのなら教会なのでしょう。
扉を開けて中に入ると、自然と扉が閉じました。
岩の中に入ったと思ったのですが、離宮にあった小さなホールのようです。
床も天井も壁も真っ白なのですが、ほんのりと光を発しているような不思議な色合いです。
石造りかと思いましたが、石でもないようです。
歩くとコツ、コツ、と音がするのですが、「大丈夫。転んでも痛くないわ」と自分の中から声が聞こえてきます。
「どうしてそんなことを思うのかしら……?」
足元とその周辺を見て驚いていたため、部屋の最奥に佇んでいらっしゃる聖母像に気づくのが遅れました。
聖母というからにはお母様くらいの年齢だとぼんやり思っていたのですが、初めてみる聖母像はずっと若くて少女のようでした。
「まあ、なんてお可愛いのでしょう」
近くに寄ると、なるほど全てのものを包み込んで下さるような慈愛に満ちたお顔をなさっておられます。
ですが、よくよく拝見すると、どなたかの元へ駆け寄ろうとなさっているような、そんな喜びに溢れたご様子に見えました。
「お幸せそうだわ。それを捧げるために……?」
聖母様は両手を――水を掬うような形にされて、その中に、それはそれは美しい球を乗せられていました。
ガラスでしょうか……?
どこまでも透き通っていて、とても儚げに見えます。
さすがに触ることなどできません。
「あっ」
この国をお守りくださっている聖母様へのご挨拶の仕方を習っていませんでした。
ここに入る前に教会の方にお聞きするべきでした。
「あっ」
そういえば、いつまでここにいてよいのでしょうか?
きっと皆さん、私が出てくるのを待っていらっしゃいますよね?
膝をついたままの姿勢でお待ちなのでしょうか?
「聖母様。また改めてご挨拶に来させていただきますので、今日はこれで失礼いたします」
確か、高貴なお方の前から辞する時は、お尻を向けずにそのまま後ろに下がり、十分離れてから体の向きを変えるのでしたね。
国王陛下との謁見では、陛下が先に下がられてしまったので、習った通りの下がり方を披露することなく終わってしまいました。
どこまで下がれば十分なのでしょう?
ひとまず扉にぶつかる手前まで下がってみました。
それから一礼して向きを変えて扉を開けようとすると、触れた程度で押してもいないのに外側に開きました。
私が外に出ると、教会の方が「おぉぉ」と低い声を漏らしました。
お待たせしてしまったのなら謝りたいと、その方へと足早に駆け寄ったのですが、私が口を開く前に目をギラギラさせてお尋ねになりました。
「球は――球は、いかがでしたかな?」
「……? 聖母様が手で大切そうになさっていた透明な球ですか?」
「透明……! さようでございますか……透明。はぁ――。ああ、コホン。それではお社に戻り、応接室でお話ししましょう」
「はい」
あの球がどうかしたのでしょうか?
この場であれこれと質問する雰囲気ではありませんので、大人しくお社に戻りました。