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1 夢にうなされるイリヤ

新連載です。

よろしくお願いします。

 ゴードドドドドーと大地が割れるような轟音と振動に恐怖を感じていたのが嘘のよう。

 体を支えきれず膝をついた時の痛みも、部屋自体の大きな揺れも、もう何も感じない。

 自分が立っているのか床に転がっているのかさえ定かではない。

 ……私の体から感覚が失われつつある。

 感覚が……体が……私という存在が……。

 あぁ……私の願いは聞き届けられたのね……。



 ――どうか。

 ――どうか、この汚れた魂もろともこの身を消し去ってください。私という存在を無かったことにしてください。



 よかった……。

 これでよかったんだわ。



   ◇◇◇   ◇◇◇



「はっ」


 こんな風に飛び起きるのは久しぶりだ。

 どうやら、また変な夢を見ていたみたい。

 夢を見ていたことは覚えているのに、どんな夢だったのかは思い出せない。

 子どもの頃からずっとだ。



 ――夢っていうのは現実で叶えられなかった願望だよ。

 ――あはは。夢なんて目が覚めたら忘れるものさ。

 ――夢の話なんて何の得にもなりゃしない。そんなことを考えるだけ無駄、無駄!



 色んな人に色んなことを言われた。

 だから十五歳になった今では、誰にも夢の話はしない。


「ふう。もう、忙しいのに」


 夢を見るのが嫌なのは、こんな風に朝起きた時からぐったりと疲労感を覚えるせい。

 ぐっすり眠って元気よく一日を始めたいのに。


「イリヤ! 起きてるかい?」


 階下から母さんの心配するような声が聞こえた。

 寝坊したと思われちゃった。


「うん。起きてるよ。すぐ行くから」


 さっさと身支度を済ませて手伝わなきゃ。

 うちのパンを買いに来てくれるお客さんたちを待たせる訳にはいかない。







「イリヤ。そっちの発酵の様子を見てくれ。頃合いならガス抜きを頼む」

「わかった」


 今はまだ父さんの指示通りに作業することしかできないけれど、父さんの店を継ぐのは一人娘の私しかいないから、ちゃんと自分で作れるようにならなきゃね。


「イリヤ。そっちが終わったら、こっちの焼き上がったパンを並べるのを手伝ってちょうだい」

「わかった」


 母さんは売り子兼帳簿係だ。

 私は計算はあんまり得意じゃないけれど、店のやりくりをするためには必要だからと、母さんの下で特訓中だ。

 店内にパンを並べていると、出窓に小さな鉢が置かれているのが目に入った。


「もう、母さーん! また出窓に鉢植えを置いてるー! ここに置いちゃ駄目だよー」

「何が駄目なんだい? 日当たりのいい場所に置かずにどこに置くっていうんだい?」

「だって、ここは――」


 ここは? そうだ。どうして駄目だなんて思ったんだろ?


「そんなことより、そろそろ店を開ける時間だよ。イリヤ頼むよ」

「うん。じゃあ看板出してくる」


 外に出て、ドアにぶら下がっている木片を、「休業中」から「営業中」にひっくり返す。

 分厚い板に『トムのパン屋』と書かれた看板を、ドア横の壁に斜めに立てかける。

 よしっ。

 新しい一日の始まりだ。




「お! 開いたな!」

「ジーンさん。今日も一番乗りですね」

「おうよ!」


 鍛冶屋のジーンさんは父さんの幼馴染で、うちの一番の常連さんだ。


「おはよう、イリヤ。今日もいい匂いだねえ」

「セル婆さん。おはようございます」

「ふふふ」


 セル婆さんはうちの大家さんだ。

 すぐ隣に住んでいるので、うちの焼き上がったパンの匂いで目が覚めるらしい。




 二人が店内に入ると、そこからは続々とお客さんがやって来た。

 みんな口々に、「おはよう」とか「今日もいい匂いだね」なんて声をかけてくれる。

 

 うちは街のみんなに愛されるパン屋。

 優しい両親と一緒に働けて本当に幸せ。

 世の中には食べることに事欠く生活をしている人も少なくない。

 私は恵まれていると思う。

 

「『平凡な生活なんて退屈なだけ』って誰が言ったんだっけ? 私は、こんな平凡な生活というものの有り難さをよく知っている……」


 あれ……? 私、何を言ってるんだろう……?

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