第06話 二見さんと出会う!
葉月に誘われて、学校に行った。
……と思ったら、なぜか一緒に散歩することになった!
30分後!
「先輩ぃ……。 暑いですぅ……」
真夏の太陽の日差しにさらされて、私たち2人は汗だくになりながら、とぼとぼと歩いていた。
ここは海沿いの工場地帯である。 いつも私が散歩しているコースの一つだ。
海が見えていて、横には巨大な工場が立ち並んでいる。 大きなトラックだけがたまに行き来するだけで、人はほとんどいない。
向こうには、大きな橋が見えている。 あの橋の上に行けば、海の向こうまで見える島々を見渡すことが出来る。
ここは景色がすっきりしていて、私は好きなのだ。
「暑いよねぇ」
私は先導するように歩きながら、適当に相槌を打つ。 後ろで歩く葉月は、ヘロヘロになりながらもついてきている。
「せ”んぱいぃ……。 こんなことして、何が楽しいんですか?」
別に私も、楽しいわけではない。
部屋の中で小説を書いていると、行き詰って外に出たくなる。 引きこもって小説を書き始めてから、無駄に散歩コースが増えたのだ。
とはいえ、確かにもう引き返した方がいいかも。 この真夏に散歩するのも、あまり好ましくない。 最近の夏なんて、35℃を超えるのが普通だ。 そろそろ40℃を超えてくるわね。イェイっ!w
私は引き返そうと振り返ると、葉月は後ろですでに立ち止まっていた。 学生カバンからスマホを取り出して、時刻を確認している。
「あっ、そろそろ待ち合わせの時間だ。 先輩、ちょっと来てくださいっ!」
葉月はいきなり元気になって、私のもとに勢いよく近づいてきた。 腕を抱き着くように掴んできて、肩ごとグイッと引っ張って、引き返して歩いていく。
あ”ぁっ! 意外と力強いわね、この子。 葉月は、私より身長は小さいし、体も細い。 こんな体のどこにこんな力があるんだろう。
私は無理やり引っ張られるままに、葉月に連れられて行った。
……で、どこに行くって?
「待ち合わせ?」
「学校が近い人に、一人だけ声をかけてみたんです。 会いませんかって言ったら、OKしてくれたんですよ」
詳しく聞くと、ネット小説を読んでいると、明らかに近くの学校をモデルにしている人がいたらしい。 話しかけてみたら、あっさり会うことになったとのことだった。
すごいな、積極的すぎないか? 普通はそんなに気安く話しかけられないだろう。
このご時世、誰もかれも互いに警戒しているし、プライバシーに敏感だ。 相手の人も、よくOKしてくれたものだ。
葉月が向かったのは、学校からほど近い場所にある公園だった。 住宅地にあるような普通の公園だ。
自然は少しあり、ビルは周りに少なく、景色がさっぱりしていて見晴らしが良い。 少し向こうには、ガラス張りの未来感あふれる建物なんかがあって、爽やかな風景だ。
公園に着くと、葉月はその辺の茂みに身を隠して、きょろきょろと公園の中を眺め始めた。 眉をひそめて獲物を探すみたいにしていて、フゥフゥと鼻息が荒い。 あなた完全に不審者よ。
「えーと……あっ、いました!」
葉月はこそこそ声で、そばにしゃがんだ私の腕を揺すってくる。
ちなみに、ここに来るまでずっと腕を絡まれていた。 気づけば互いの胸やらお腹やらに、腕や手がぶつかりまくっている。
私の短い人生の中でも、ここまでスキンシップが多いタイプは初めてだ。 最近は人と接してなかったこともあって、妙に刺激が強く感じる。
私は息を乱しながら、葉月が示した方を見る。 この公園には、端っこの方に休憩所みたいな場所があった。 ブラインド目隠しみたいな天井と、その下にテーブルがある。
そのテーブルには、夏服の白い学生服を着た女の子が一人座っていた。 スマホを見ているみたいだ。
葉月は相手を見つけたきり、黙り込んだ。 私の横でじっとしていて、茂みに隠れたまま出ていこうとしない。
「……行かないの?」
「うーん……」
私が聞くと、葉月は首をひねった。
一体何がしたいのか不明である。 約束もして、ここまで来て、会わないっておかしいでしょ。
私はイライラし始めて、葉月を急き立てた。
「何してんの。 ほら、行くよっ!」
「ギャーッ、先輩っ!」
今度は逆に、私が葉月の手首を引っ掴んでいった。 立ち上がって、茂みから出て歩いていく。
テーブルに座った女の子は、耳にイヤホンをつけて、スマホを横向きにしてみていた。 動画でも見ているんだろうか。
私たちが近づいていくと、こっちに気づいてイヤホンを外し、テーブルから立ち上がった。
葉月は私に連れられて正面に立つと、逃げる場所もなく、恐る恐る話しかけ始めた。 体をビクビクさせながら腰を丸めて、まるで茹でられ始めたエビのようだ。
「えぇっと……クワガタ丸権兵衛さん……でしたっけ?」
「はい。 二見です」
さっそくかみ合ってないんだけど、大丈夫かしら。
女の子は見た感じ、普通そうだった。
落ち着いた雰囲気で、周りを邪魔しないことを第一目標に掲げてそうだ。 いかにも現代の学生らしく、複雑な社会の中で自分を見失っているのを感じる。
白い半そでの夏服が軽やかで、爽やかな雰囲気をまとっている。 髪は長く、肩を越えて背中まで流している。
背筋を伸ばして立っている姿は奇麗だが、この女の子は何で構成されているんだろう? そう思い見るが、何も見出せそうにない。
見よう見まねで覚えたしょうもない社交性と、共感という名の同調圧力で90%が構成されてそうな感じである。 目の前にいるのに、まるで存在感がなく、空気と同化しているかのように輪郭があやふやだ。
わずかに見出せる心の強さは、しかし社会の中でそれを発揮していいのか、不安を感じているのが分かる。
葉月はやはり社交性に問題があるようで、まだコミュニケーションの波に乗れないようだった。
気づけば吐き気を催して、過呼吸になりながらも、私の肩に手を置いて、頑張って話し続けている。
「ふー……はー……オエエ”エ”ッッ。 えぇっと……その……クワガタ丸さんの小説はよく分からなかったんですけど……。 …………あっ! こちら、黒縁さんっていう私の学校の先輩です」
葉月はそう言って、話の途中で、思い出したように私を紹介する。
二見さんはこっちに目をやると、不審者を見るような目で見てきた。 いいわよ慣れてるから、好きに見なさい。
ずっと気になっていたんだけど、葉月は『先輩』というが、私は退学したから、もう学校の先輩じゃないのだが。 まあいいけど。
葉月は横で、話し続けている。 ようやく本題に入ろうとしているみたいだ。
「えーと、今日こうやって集まってもらったのはですね、昨今は小説文化も大きくなってきたことですし、小説を書く仲間として集まってもらってですねぇ、そのぅ……」
そこまで言って、葉月は完全に沈黙した。 その場の全員固まったまま、視線は葉月へ注がれている。
1………………。
2…………。
3……。
イェイっ!ww
ちょっとっ! なんか言いなさいよ、あんたが呼んだんじゃないの。
二見さんは落ち着いた人のようで、黙って葉月を見つめたままでいる。 私は肘で、葉月をつっついた。
「ちょっと、葉月?」
「えっ? あぁ……んぅ……」
葉月は一瞬何かを言いかけたが、また口を閉ざす。 二見さんは少し怪訝な表情を見せたが、それでも静かに待っている。
私たちを集めて、葉月は何がしたいんだろう? 駆り立てられるようにここまで来たが、考えてみれば私も葉月の事情を知らない。 何か、明確にやりたいことがあったんだろうか。
少しして、私は改めて聞いた。
「何がしたいの?」
「うーん、何なんでしょう……」
葉月は俯いたまま、首をかしげる。 自分でもよく分かってないの、あなた。
なんとなく場所が近かった人にメッセージを送って、話してみたかったわけでもないように見える。
学校で部活を立ち上げようとした話を思い出す。
もしかして葉月は、学校の外で部活みたいな活動をしたいと思ってるんだろうか。 そう考えると、筋が通っているように思える。
私は、俯いたままの葉月に聞いた。
「……学校の外で、部活みたいなことをしたいってこと?」
「あっ! そうですっ!!」
葉月はいきなり満面の笑みになり、私にズイッと顔を近づけた。 びっくりするぐらいの早業である。
葉月は水を得た魚のように、生き生きと話し始めた。 私の手を取って、嬉しそうにぶんぶんと振り回す。
「そうなんです! 先輩たちを誘って、一緒に活動をしてみたいと思ったんです!」
あぁ、なるほど。 それで私を呼んだのか。 目の前の二見さんも理解したらしく、頷いて言う。
「じゃあ、別のところに行こうよ。 ここ暑いし」
二見さんはそう言って、カバンを椅子から拾い上げている。
葉月の変な挙動にも全く動じることなく、落ち着いたふるまいだ。 結構しっかりした子なんだろうか。
私がおごるよ。(黒縁)