第03話 会場からの帰り道にて
会場の近くの駅に戻ってくると、帰るべく逆方向へと足を動かしていった。 多くの人が行きかっている駅舎の中を、私は人をよけながら歩いていく。
色んな人の顔が目に入ってきて、声が聞こえてくる。 流行のファッションで身を包み、スーツを着て、洗練された足取りで歩いている人たちが見える。
私はよれよれの服を着て、帽子を深くかぶり、隠れるようにしてその中を歩く。
やたらと人の多い電車に乗ると、隅っこに押しやられながら、私は窓の外を眺めた。
ふと、隣の人たちが、楽しそうに会話しているのが目に入った。
一見楽しそうだが、よく見ると笑顔がうすら寒く、お互いどうでもいいと思ってることを話しているのが分かる。
私は嫌になって目を背けた。
引きこもって小説を書くようになってから、社会の嫌な部分にやたらと目が行くようになった。
小説で本音を表現するほど、他の人の嘘に敏感になってくる。 気づけば嘘くさい笑顔に、嘘くさい会話ばかり聞こえてくる。
でも振り返れば、今までも社会はそうだった。 ただ、私が気付かなかっただけなのだ。
会話を無視して、私は窓ガラスのほうに目をやり、ぼうっと外の暗い景色を眺める。
さっきの女の子の、貼り付けたような笑顔を思い出す。 あの子は、いったい何を考えていたんだろう。
最近世間は、ますます表面的になっている気がする。 今までもそうだったが、必要以上に奇麗なものをまといたがる。
そして、それはコミュニケーションについても同じだ。
今は、共感性の時代だと聞くことがある。
私は正直に言うと、共感性が乏しい方だから、感覚的にはよく分からない。
だが、私には、人々が共感的になっているようには見えない。
優しいような行動を、人の気持ちを考えているような行動を、ダウンロードして表面に貼り付けているだけに見えるのだ。
空気を読めない人がいれば、やんわりと集団から外そうとする。 『優しくて共感的な行動』を、ただの便利な道具として他の人とシェアしようとして、共有できない人は、あっさりと排除しようとする。
中身は成長していない子供で、本質的な行動原理はエゴに満ちている。 共感的で周りのことを考えているような『表面行動パッケージ』を、自己中心的に運用している。
共感性のはずが、共感していない。 言葉の定義と実際が正反対になっていて、そのズレが、どうにも気持ち悪いのだ。
たぶん彼らは、良いことをやっている気分なんだろう。 なんとなく気持ち良いことをして、奇麗なものを選り分けているつもりなのかもしれない。
でも、意識のうわべで感じる気持ちよさに身をゆだねているだけで、本当の世界を見ようともせず、心の底で思っていることにも目を向けない。
そんなことをして、いったい何が得られるというのか。
実は以前は、私も表面的な社交性を持っていた。
ただ気持ち良いという理由だけで、いい人のような表情を浮かべていた。
精神など何も持っていないくせに、きれいごとを並べていた。
正解に見えるコミュニケーションを享受するように、友達とうわべだけの楽しい時間を共有していた。
今さら人に言えないほど、『表面行動パッケージ』に頼って行動していたのだ。
しかし小説で本音を書けば書くほど、そんな薄っぺらい社交性を使いたくないと思うようになった。
心の中で思っていることは、どれだけ表面を繕ったとしても、いずれ外に漏れ出てくる。 なら、最初から正直でいた方がいいじゃないか。
それに、見よう見まねで覚えただけの表面的な行動なんて、脆くて弱々しいものだ。
最初から与えられた正解に頼り切っているから、子供のまま成長しない。
精神という中核から行動してないから、行動に一貫性が無くあやふやで、変化にも弱い。
表面だけで行動できてしまえるから、自分の本当の気持ちも分からなくなる。
結局、表面で出来ることなどたかが知れている。
私はそれに気づいて、常に本音全開で行こうという気持ちになったのだ。 ……でもその結果、社交性が果てしなく落ちたのだが。
……まあ、いいか。 どうせ私が何を思ったところで、世界は変わらない。
それに私は、我が強くてプライドが高い。 引きこもったこの数年間で分かったが、そんなことを言っていたら、社会の中で生きていくなんて無理だ。
自分の嫌なものも受け入れなくては、どんどん一人になって、引き返せないところまで分離してしまう。
でも、それでも嫌だと思ってしまう。 そんな矛盾が、心の中で渦巻いているのだ。
家に帰り、玄関のドアを閉める。 明かりはついていて、家族がいることを示していた。 奥のリビングの方を見ると、部屋から光が漏れているのが分かる。
私は玄関を上がると、リビングへは向かわずに、そのまま2階へと向かった。 フローリングの床を歩いて、上へと向かう階段に近づいていく。
階段からは、ちょうど兄が下りてきていた。 変な目で私を見ながら、すれ違っていく。
大学生の兄には、私が小説を書いて金を稼いでいることが、いまいち理解できないらしい。
ネット小説で生計を立てるのは、最近では珍しくもなくなったが、不安定なのは間違いない。 こういう目で見られるのは、仕方がないのである。
家族とも全く口をきいてないから、嫌な奴だと思われてるんだろう。 だが、それでいいのだ。 どうせ性格が違いすぎて、話すことがないのだ。
私は慣れたように無言ですれ違うと、階段を上っていった。
2階の自分の部屋に入ってドアを閉めると、落ち着いた空気に包まれた。
ため息をつきながら、部屋の中へとゆっくり進んでいく。
あぁ、今日もたくさん汗をかいた。 髪の毛も臭いし、生々しいにおいがまとわりついている。
着ている服からも、人がたくさんいるところだったからか慣れないにおいがしている。 私はにおいに敏感なのだ。
正直、風呂に入りたいが、今だと家族が入っているかも。
……まあいっか、もう諦めよう。
手を持ち上げると、帽子と眼鏡を外して、その辺に放り投げた。
そのままベッドに倒れこみ、布団の感触を確かめながら落ち着きを取り戻していく。
久しぶりに人と話した。
まだ今日起きたことを自分の中で消化できてなくて、変な感じがするけど、イベント自体も刺激になった。
ああいうイベントは、最近ではしょっちゅう開催している。 自分が投稿している小説サイトのイベントなのに、興味を持てずに行ったことが無かったのだ。
私はうとうととし始め、電気も消さないままに眠った。
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