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新月を照らす  作者: ぴっころ
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妃とお屋敷と不思議な本

 月代妃は今日も退屈な日々を過ごしていた。

 起きて、食べて、お医者に診てもらっていまた食べて、寝る。その繰り返しだ。

 病弱な体で、家族も友人もいない妃にとって日中やることといえば屋敷の散策くらいだろう。生まれた時から住んでいるこの屋敷だが、馬鹿のように広く、妃も入ったことのない部屋は多い。また、父は生前熱心な収集家だったようで、家のそこかしこに骨董品やら絵画やらが飾られていて大変興味深い。学校にも行けず、暇を持て余しているのでかなり助かっているといえるだろう。

 今日もまた、そんな退屈な日が始まる予定だった。

 そう……この時までは。


「ここ最近……明らかに数値が悪いです。あと良くて半年ですかね」

 

 あと、半年。それは妃の残りの寿命のことだ。

 父から遺伝したこの心臓病は進行が速い上に世界でも症例が少なく、小学校低学年から妃をずっと蝕んできた。

「……分かりました。良くて、ということは、本来はあと…どれくらいなんですか?」

 主治医は目を泳がせ、そしてようやく妃を見たかと思うと、重々しげに口を開いた。

「正直、なんとも言えません。今日かもしれませんし……明日かもしれない。むしろ今生きているのが奇跡だと言って良いでしょう。」


  診療を終えた妃は、いつものように屋敷を散策していた。

 普段通りに振る舞っていながらも、どこか足が地につかないようなふわふわした感覚だった。

 ……いまは何も考えたくないな……

 いつもの癖で、とりあえず広間に出ると、ぐるりとあたりを見渡した。そしてなんとなく螺旋階段を駆け上がり、窓の外を見つめた。昼間のカンカンに照りつける日光は、妃にとって無縁のものだった。小麦色に日焼けした小学生を見て少し落ちこむと、もう一度、階段を駆け上がる。自分以外の生き物がまるで存在しないような静けさには慣れたが、この階はやはりどこかぞわぞわとした悪寒を感じずにはいられない。真っ暗などこまでも続いていそうな廊下が目の前に広がっていた。

 妃はごくりと唾を飲むと一歩一歩、歩みを進める。この廊下に来たのは人生で2回目だ。もっと幼い頃に一度来て、怖すぎてリタイアした。どうやらお手伝いさんもあまり掃除していない場所のようで少々埃っぽい。

 転ばないように、壁に沿って進んでゆく。ところどころドアがあるようだが、今回の目的ではないのでスルーしてどんどん進む。まるで冒険小説に出てくる、魔物の洞窟のようで、怯えながらもどこか心が浮き立っていた。

 どれほど時間が経っただろうか、ようやく目当ての場所、廊下の最奥に着いた。

 もしかしたら本当に無限に続いているのではないかと思ったが、そうではなかった。……よかった。

 妃は注意深く最奥の壁を撫でる。すると突起があることに気づき、そうっと手をかける。力を入れて回すと耳障りな音がして少し動いた。やはりドアノブだ。もう一度全身の体重をかけて回すと、今度はバコンという音がして、扉が開いた。


 扉を開けたまま、妃は中を散策する。どうやらどこかに採光窓があるようで、そこそこ明るい。最奥の間はどうやら図書室のようだ。 広さは屋敷の客室ほどだろうか。結構広いが、掃除されてない分埃っぽい。天井もかなり高めで、おそらく上の方から光が差し込むようになっているのだろう。廊下よりよっぽど明るかったが、明るすぎることもなくちょうどいい。今までずっと使われていなかったのが不思議なほど、手の込んだ空間だ。

 ……これだから探検はやめられないんだよー!

 壁面にはびっしり本が置かれ、そのほかに本棚が5つ、文机と椅子が一対置かれている。

 妃は埃にむせながらも、目を輝かせ図書室の中を見分する。時々手に取っては開いてみたりもしたが、その多くは外国のクタクタに古びた本のようで、よく読むことができない。そもそも紙自体が黄ばんでぼろぼろになっているものもあるようだが。

 一つ一つ棚を見て回ると、妃は首を傾げた。一番大きな棚に一冊だけ、何故か鎖に繋がれた本が置かれていたのだ。黒い表紙に金糸で細かい刺繍が施され、中央にトパーズのような黄色い石が嵌め込まれている。

 少々気になったので鎖をぎゅっと引っ張り、外せないか試みたが、うんともすんとも言わない。

 落胆して妃は大人しく、表紙を眺めることにした。まるで引き寄せられているかにように、その本から目が離せない。黄色い石がキラキラと色を変えながら輝いている。

 この本もおそらくは父の収集品なのだろう。生まれてこの方、ほとんど屋敷にいた妃にとって、父の遺した収集品の数々は世界をのぞくのぞき穴みたいなものだ。キラキラ眩しくて、ずっと近くにあるのに、届かないもの。

 妃はつーっと本を撫でる。撫でた部分だけ埃が落ちて本来の色が露わになる。


 石に手を当てた時、それは起こった。


 パリンッ


「ひゃっ⁉︎」

 鎖が四方に飛び散り、無理矢理本が開いたのだ。妃は全くわけがわからず、目を白黒させる。

 足元には大量の鎖の破片が飛び散っている。


「ねえねえ君、その鎖ってさ〜」


 おかしい……人の声が聞こえる。

 この部屋はずっと閉め切られていて、自分しかいないはずなのに。誰か入ってきたのか、一体いつから。

 妃は目を見開いて俯いた。心臓がバクバクと音を立て、背中につーっと嫌な汗が伝った。

「やっぱり!封印、解いてくれたんだあ!ありがと!」

 恐る恐る声の方に目線を向ける。もし強盗さんだったらどうしよう……殺されるのだろうか。

「……おとこのこ……」

 本の上に座る少年の姿に、妃はぽかんと口を開けた。小学校中学年ほどだろうか。少年は目にかかるほどの深い紺色の髪に青い目をしている。

「あはは!そっか、僕まだ人間に見えるんだあ」

 少年はそういうと肩を震わせながら笑い始めた。涙目になりながら笑いころげる少年に、妃は狂気を感じて一歩後ずさる。

 ……そもそも誰なの?なんでここにいるの?

「うふふ…僕はねえー君たちの言う死神とか悪魔とかそーゆーやつ。」

「……あく、ま……悪魔…」

 妃の声が裏返る

「まーまー信じられないのも無理ないよねえー。ふふん」

 心臓がドキドキバクバクとうるさい。もう何がなんだか…。これは新手のドッキリか何かで、本から出て来た少年?悪魔?はプロジェクションマッピングかなんかで……なんか、そういうの…なんだろうか?

「ねえねえ君、名前、何て言うの?」

「…きさき」

「じゃあ妃、なんか願い事とかーある?」

 悪魔はぐいっと妃に顔を近づけて問いかけた。左目が髪に隠されて見えない。

「…?」

  悪魔は隠していない方の右目を細めると、にやりと笑った。

「僕らはねえ、代償さえ払ってくれればどんな願いだって叶えてあげることができるんだ…封印を解いたお礼におひとついかがかい?」

 妃はさあっと肌が泡だった。

「だ代償って?」

「そりゃー願い事によりけりさ。爪の先から心臓まで…文字通り()()で払ってもらう事になるけどね」

お礼なのに……なぜ代償払わせるのだろうか。というかこの少年は本当に悪魔なのだろうか……。悪質な人身売買の勧誘のようだ。

「まーまー、気が向いたら考えといてね。」

 今度はずいっと顔を遠ざけて悪魔は本に手をかざした。

パタン!

「へ?悪魔さん、吸い込まれてっちゃった…」

 

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