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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

告白させて下さい。齢9つの私が、自〇を踏み止まれた些細なワケを

作者: 目くじら

 こんなタイトルの小説を執筆している事からも明白かもしれないが──幼い頃、私は虐められていた。

 より具体的には、当時9歳の時分。


 正直、虐められていた理由に関しては、この際どうでも良い。

 外的要因の為か。あるいは内的要因──つまりは自分のせいだった、とか。

 子供の頃の記憶などマトモに残っているはずはなく、そもそも原因が片方のみだとは考えづらい上に、今更確かめる術もない。

 考えるだけ、時間の無駄だ。


 当時の記憶はぼんやりとしていて、あまりにも判然としない。

 教室中で詰められていた気がする。トイレで用を足していれば、頭上には同級生の顔があったような気がする。教師が親身になってくれた事は無い。

 自分より体格が良く、数も多い同級生らに喧嘩した気がする。椅子の下で発狂していた覚えもある。親にも詰められていたので、帰宅後も居場所は無かった。


 世の中には、こんな口上がある──どんな理由があろうと、虐めたヤツが悪い、と。

 虐められていた経験がある私が断言する。そんな訳はない。

 虐められる様な人間は、どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ。私も含めて。

 本人が自覚しているかどうかは別としてだが。


 何にせよ、目先に光の見えない小学生時代、私が取れたはずの選択は2つ。

 戦うか、逃げるか。

 誰と戦い、あるいは逃走するかといえば、私を虐めていた人間──いや、この時の私にとって、自分以外の全ては敵に見えていたので、その表現は相応しくなかったな。

 強いて言うなら、私か私以外だろうか。要するに、自分以外の全てが敵に見えていた。

 我ながら、実に極端なゼロイチ思考だ。数学やってんじゃあないんだから、まったく。


 なんにせよ、当時の私は未熟だった。

 浅薄な思考回路。他者とは定型スラングでしか会話できない、低レベルのコミュニケーション能力。

 これといった取り柄もなく、欠片の自信もない。

 

 だからこそ、その選択を取ったのだろう。

 後者の方を。




 ※※※




『これまで、短い人生でした。

 産んでくれて、どうもありがとうございました。

 先立つ不孝をお許し下さい」


 簡素な文面。

 スーパーの特売チラシの裏面、ツルツルの用紙に記入した油性マーカーによる三行。

 それを、詰まらない顔で見やる児童が居た。

 幼き日の私だった。


 「これから死ぬぞ」とある種の脅迫めいた宣言を綴ったチラシを床に放り投げたまま、私は俯いていた。

 フローリングの固い床上で胡坐を組み、目をつむる。

 遠目には、居眠りしているように見えたかもしれない。

 実際のところは、眠気の一つも感じられなかったが。



 

 凶器は、あらかじめ決めていた。1本の包丁である。

 喉元目がけて、ひと思いに刃先を突き立てる算段だった。

 料理包丁を逆手に握り、ブスリと突く。

 たったそれだけで、楽になれる──そう、子供ながらに考えた私の安直な計画は、しかし。

 程なく1時間経過しても尚、遂行されずにいた。


 私は首を直角に下ろしては、チラシを覗き込んでいた。

 瞳孔に鼻孔、それらの言葉も知らない年齢ながら、私はそれらを可能な限り開き、あるいは膨らませていた。

 半開きの口からは粘性のヨダレが糸を引いていたし、空気の漏れた風船のように、「ヒューヒュー」と浅い呼吸が出づっぱりだった。

 

 当然ではあるが、刺殺用の包丁の場所が不明だったのではない。

 包丁が台所の収納スペースに整頓されている事くらい、知っていた。

 むしろ、自分が動けない理由こそ、当時は分からなかったものだ。

 チラシとはいえ、遺書まで書いておいて、何を尻込みするのかと。


 まあ、今でこそ死を恐れていたと承知している。今でこそ容易に分かるが、それすら知らぬ時節もあった。

 というか、分からない事が分からないと言うべきか。

 出口の見えないトンネルに放り込まれた気分だった。


 現実に希望は無く、自殺という唯一の逃走手段も『何故か』取れない。

 前進も、後退もできない現状で。

 自然と顔が──否、顔の一部分だけが熱をもっていた。

 

 熱はとめどなく溢れ続け、行き場を探し求めていた。

 体内に留めておけない多量の熱はやがて、流動的な液体として、体外へと伝い落ちていった。


「……みっともない」


 ポロポロとこぼれ、折角書いた遺書に染み込む涙を見ながら、顔を拭う真似もせず、悪態を吐く他になかった。


 当時の私は、学校に限らず家でも鼻つまみ者だった。

 自らが一度やると決めた事すらマトモにやり遂げられず、うじうじと悩むのみ。現状を変えるのに必要な行為を惜しみ、中途半端に二の足を踏み続ける性分。

 そんな、『虐められても仕方のない』己自身に辟易していたのもつかの間、次の瞬間にはそんな事を考えていなかったのだから、驚きだ。

 涙で滲んだ視界のせいで発見に時間こそかかったが、その時、私の視界には影が落ちていた。


 反射的に、顔を上げる。

 影を落とし、私の視界を僅かに黒く染めた影の正体。

 背後から見下ろす『ソイツ』の正体を見やるように、私は振り向いた。


 其処に立っていたのは、私の──祖父だった。




 ※※※




 私と祖父との関係は、良好なものだとは言い難かった。

 別に嫌ってはいなかったが、それだけだった。

 当時、既に祖父のボケは進んでおり、お互いの間に会話というものは成り立っていなかったからだ。

 数年後には本格的にボケて手に負えなくなった事をふまえれば、その頃はまだマシだったのだが、当時まだ9歳の若造がそんな事情を想像できるはずもなかった。


 ──刺激すると、面倒なじいさん。


 その程度の認識だった。




 ※※※




 遺書の存在が祖父にバレた──。

 そう認識した瞬間、血の気が引いた。


 祖父に限らず、誰に対しても遺書の存在はトップシークレットだったが、その中でも取り分け祖父にだけはバレたくなかったのが、正直な感想だった。

 理由は至極単純なもので──祖父の反応が、最も予想しづらかった為だ。


 もしも、発見したのが両親であれば、その場限りの優しい言葉を吐き、自殺を止めようと画策しただろう。

 小学校の友人が聞けばケラケラと笑い転げ、自殺を教唆しただろう。

 上記したように良くも悪くも私に関心のある人物であれば、その反応は、ある程度推察できる。


 けれど、会話の成立しない相手も、同様の物差しで測ってしまって良いのだろうか?

 私には出来なかった。


 祖父の顔色を窺い見る事が叶わず、何を言われるか知れない。

 人は未知のものこそ恐れるというが、私が其れを学んだのは、間違いなく此処だった。


「……じ、じいちゃん。オハヨー」


 今が朝か昼かなんて理解できないくらいには、頭は回っていなかった。

 青白い顔で、ガラガラの喉で、挨拶をする孫。

 この場をやり過ごそうと虚勢を張る歪な私を前に、しかして祖父の方はと言うと──


「………………………………」


 ──何も、言わなかった。

 それどころか、干渉の1つもせずに私の傍を通り過ぎていくと、そのまま部屋を出て行った。

 

 後から思ったのだが、祖父は私の書いた遺書の存在に気付いてすらいなかったのかもしれない。

 普通の思考回路なら、齢9つの童が自殺を試みているかもしれないなどと、考える方がどうかしている。

 チラシに何か書いている孫を見ても、祖父にしてみれば、ラクガキをしている風にしか受け取らないだろう。


 手前の孫が、今にも自殺しそうだなんて。

 そんな与太を思い付くようなら、きっと、祖父は作家になっていたに違いない。




 ※※※




 オチ、という程でもないのだが、その後について少し触れておくと。

 結果的に、私は自殺という手段を取らなかった。

 威勢が削がれたというか。千載一遇の機を失したような。

 ともあれ、私は今に至るまで存命で、こんな小説を書けている。


 それにしたって、今でも時折、考えるのだ。仮に、あの時、祖父が通りかからなければどうなっていたか。

 ひょっとすると有言実行して、本当に死んでいたかもしれない。

 または、1人で勝手に日和り、自殺なんて中途で止めていたかもしれない。

 

 どちらにせよ、確かめる算段なんて今となっては何もないのに、無意味な思考実験に耽ってしまう。

 その実験は何かしらの解を出す事で終了としているのだが──やはり後者なのだろうと、結論付ける事が多い。


 何故なら、私の性分は幼い頃からずっと、中途半端なのだから。

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