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第三章 死者の残光 1

 導かれた部屋は二階の左から三番目だった。

 黒いドアの真ん中に「203」と刻まれたくすんだ真鍮のプレートが嵌められている。


「……ここ、ミス・エイヴリーが住んでいた部屋だね?」

 ゴードンが痛む奥歯を舌先で触れるような慎重さで訊ねる。


 フラウ・ハーゲンは腰のベルトに吊るした鍵束から鍵を捜しながら頷いた。

「ええ。―-ああ、ありました。この鍵です。どうぞご覧になってください」

 フラウ・ハーゲンがドアの鍵をあけ、エレンとゴードンに中へ入るよう促す。


 三ヤード四方ほどのごく狭い室内だった。

 正面に格子窓があって、その下に古びた灰色っぽい薄いマットレスをのせた白木のベッドが据えられている。

 右手に小さな暖炉と書き物机。左手にはクローゼットとドアがある。


「あちらが洗面所です。水は中庭に井戸があります。メイドに運ばせる場合は別料金がかかります」

「別料金になるのは他には何ですの?」

「暖炉の石炭運びと部屋の掃除、昼食と夕食ですね」

「なら朝食はつくのね?」

「ええ」

「基本の部屋代は?」

「週に四シリング。掃除と水運び、夕食をすべてつけると八シリングです」

「大体月に一ポンド半ね」

 順当な額だとエレンは思った。地価の高い市内(シティ)にしては随分安いかもしれない。「あの、お手洗いは洗面所に?」

 わざと腹部を軽く押さえ、切羽詰まったような表情で訊ねると、フラウ・ハーゲンは首を横に振った。「そういった用途の小部屋は共用です。階下に一か所と二階に一か所あります。案内いたしましょう」



 二階の共用トイレは右の突き当りにあった。

 ドアをあけるとかなり手狭な空間に木箱のような便座が据えられて、古ぼけた白い陶器の円い蓋が被せられている。

「鍵はかかりませんから、外に『使用中』の札をかけてください」

 フラウ・ハーゲンが言い置いて外からドアを閉めてくれる。

 エレンはほっと一息ついた。


 なかなか清潔なよいトイレだ。

 右手に窓がある。

 便座の蓋を持ち上げると床に円い穴がみえた。

 タメシス市内にはよくあるように、あらゆる汚物をそのまま下水溝に落としてルディ川へと流しこむシステムなのだろう。



 ――さて、あの203号室を検めるためには、どうにかしてあのフラウ・ハーゲンを追っ払わなくちゃ。



 彼女は見るからにやり手の女将(フラウ)だ。部屋の見学を装って家探しをするコソ泥と間違えられて巡査を呼ばれでもしたら諮問魔術師として立つ瀬がなさすぎる。

 エレンはしばらく考えてから、右手を広げて小声で契約魔を呼んだ。


「サラ。出てきて頂戴。頼みたいことがあるの」


 途端、エレンの白く肉薄の掌の上から、淡金色の微光の柱が立ち昇って、ルビーのように輝く小さな竜のような生き物が出現した。


 エレンの契約魔である火蜥蜴(サラマンダー)のサラだ。


 火蜥蜴はブルブルブルっと体を震わせて光の粒子を振り落とすと、小さな皮翼を広げて、定位置であるエレンの肩へと飛びあがりながら訊ねてきた。

「なんじゃエレンその身なりは。そしてここはどこだ? ついに部屋代が払えなくなって引っ越しでもしたのか?」

 渋い男声で心配そうに訊ねてくる。


 エレンは眉をあげた。

「どうぞご案じなさらず。商売は順調よ。この格好は勿論変装です。ちょっとした調査中なの」

「そうか。それで頼みとは?」

「ちょっとその窓から外に出て、適当な煙突を選んで暖炉に降りて欲しいの。それで、もしその部屋にだれか人がいたら、姿は見えないようにして上から焔を吐いて」

「要するに人を脅すのじゃな?」

「そう。要するに人を脅すの。引き受けてもらえる?」

「無論」

 火蜥蜴は鮮やかなエメラルド色の目をキロキロっと動かすと、エレンが開けた窓の隙間から屋外へと滑り出していった。

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