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第五章 第二の予知 2

 むしゃくしゃとした気分を必死で抑え込み、職業的な笑顔を取り繕って〈薔薇(ローズ)(ルーム)〉へと入る。


 室内には相変わらず花の薫りが立ち込めていた。

 窓辺の白いテーブルで、すっかりと身支度を終えて黄金の薔薇の花みたいに美しくなったクリスティーンが、小間使いたちと談笑しながらティーカップを手にしている。


「遅くなりましたレディ・クリスティーン。白薔薇の追加をお持ちしましたわ」

 機械的な笑顔を浮かべて声をかけるなり、クリスティーンが顔をあげ、親しい友達を目にした娘らしいあけっぴろげに嬉しげな笑みを浮かべた。

「ありがとうミス・ディグビー! ねえどう? わたくしのドレス。髪の結い目にもう一、二輪、その一番真っ白な花を飾って頂戴!」

「承りましたレディ。今日のあなたは本当に薔薇の精霊のようですわ」

「そういうこと真顔で言わないでよ! あなたが男だったらうっかり恋しちゃいそう」

 はしゃいだ声で笑う令嬢の傍により、複雑に結い上げられた赤い巻き毛の結い目に純白の白薔薇を挿してやる。


「残りのお花はあなたが飾りなさいよ。せっかく来たのだもの。夕方からのダンスパーティーに参加するといいわ」

「ありがとうございますレディ。お言葉は光栄ですが、わたくし少々急用ができまして。今すぐ市域へ戻らなければなりませんの」

「あら急なお仕事?」と、クリスティーンが目を輝かせる。「ならすぐに車を手配させるわ」

「ありがとうございます、何から何まで」

「いいのよ。遠慮しないで。わたくしたちお友達でしょう?」

 クリスティーンは赤い唇を尖らせていい、ふっと目元を細めて笑った。

「あなたには活躍してもらいたいのよ。壁の外の世界で沢山」

「……この壁の内側もひとつの大きな小世界(ミクロコスモス)ですわ、未来のウェステンフォーク侯爵夫人」

 真情を籠めて告げると、クリスティーンは微笑して頷いた。二十歳そこそこの年齢よりもはるかに老成した笑いだった。



 若い未来の侯爵夫人は非常に有能だった。

 半時間後、エレンは広大なウェステンアビー・ホールをごくごく内密に辞して、正門から貸し馬車に乗り込んでタメシスへの帰路についていた。


 行きの優雅なタウンコーチの柔らかな皮張りの座席とは違う硬い木のベンチに腰掛けてガタガタと下から突き上げてくる砂利道の振動を感じながら、エレンは今まで仕入れた情報を頭のなかで整理していた。



 ――まずは間違いのない事実に対して、「なぜ? どうして?」と理由を考えながら出来事の発端へと遡ってみましょう。


 まず、ミス・クラリス・エイヴリーの部屋には、四月半ばに処刑されたはずのアルジャナン・ロドニーの魔力(グラマー)の籠った〈分離(ディアスポラ)羊皮紙(ヴェラム)があった。


 製作者が死ねば魔力は失われるはずだから、ロドニーは今も生きている。

 これは確実だわ。


 スチュアード卿はロドニーが生かされたことを察しているのかもしれない。

 でも、卿は口止めをした。

 そうなると、ロドニーを密かに極刑から救った何者かは、国王任命の王室付き魔術師より高い地位にいる人物、あるいは機関ということになる。


 それから、もし、あの〈分離〉羊皮紙を持っていたのがミス・エイヴリー本人だったとすると、彼女はロドニーと何らかの繋がりがあったことになる。


 ミスター・ゴードンは、彼女は間違いなく落魄した良家の令嬢だと言っていた。


 パーシー準男爵家の元・顧問魔術師と最も関わりの深い令嬢となると――……


 そこまで考えたところでエレンははっとした。



 ――そんなの候補はたった独りじゃない。どうして今まで気づかなかったのかしら?



 自分自身の不明に思わず呆れてしまう。


 気が付くと馬車が賑やかな市街地に差し掛かっていた。

 道が緩やかな下り坂になっている。

 ルディ川西岸のウェスト・リヴァーサイド地区のようだ。

「お嬢さん、もうじき大橋ですぜ?」と、御者が怒鳴るように訊ねてくる。「市域のどちらまで?」

「――カレドニアン・ヤードへやって頂戴!」

 エレンは咄嗟に答えていた。「タメシス警視庁へ!」


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