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第五章 第二の予知 1

 エレンが応えに窮していると、スチュアード卿は憫笑めいた笑みを浮かべ、不意に背後を省みてよく徹る声で呼んだ。


「カミーユ、彼女はそろそろ戻りたいそうだ。籠を返してやってくれ!」


「待ってください猊下、わたくしはまだ――」

 エレンが怒りに頬を染めて言い返そうとしたとき、黒ローヴの老魔女が軽やかな足取りで戻ってきてしまった。


「ご両人、挨拶は済んだかな? ほらミス・ディグビー、あなたの籠だ」

 有無をいわさず花かごを押し付けられてしまう。

 どういう関係かよく分からないが、どうやらカミーユ・ロジェは100%スチュアード卿の味方らしい。

 エレンは諦めて受け取ると、過剰に慇懃な御辞儀を残し、怒りのままにのしのしと薔薇園を後にした。



 その背を見送りながら老魔女が呟く。

「クラレンス、あの()は怒っているよ?」

「ああ」と、スチュアード卿が困り顔で頷く。「賢明で潔癖なお嬢さんだ。何か無茶をしなければいいのだが」

「私のプロキオンを貸してやろうか?」

「いざとなったら頼むよ」




 背後で密かに交わされていた老魔女と魔術卿の会話は、怒れるエレンの耳にはもちろん届かなかった。



 ――わたくしはスチュアード卿を見誤っていたわ。あの方は高潔な方だと信じていたのに!



 何を知らされるにせよ、「見て見ぬふりをしろ」と指示されるとは思わなかった。



 ――これでわたくしが諦めると思ったら大間違いよ。このわけのわからない事件の背後で何が起こっているのか……必ず突き止めてやるんだから!



 腹の底からフツフツとこみあげる怒りに促されるまま決意する。

 そうするうちにいつのまにか本館のファサードの前まで来ていた。

 黙礼してくる美男の門衛に同じく黙礼を返しながら開きっぱなしの大扉を抜けて玄関広間へ戻ると、出たときよりもたくさんの老若男女の貴人たちが、あちこちのソファに陣取って軽食をとっていた。

 エドガーは人の環の中心にいた。

 エレンにちらっと眼を向けて悪戯っぽい笑いを向けてくる。



――何よ、人の気も知らないで!



 罪のないエドガーに対してまでエレンの怒りは募った。

 そのままツンと顎をそびやかし、あからさまに目をそらして左手の階段へと向かう。


 ワインレッドの絨毯を敷き詰めた階段を上り切って、まっすぐに伸びる長い廊下を歩き始めたとき、背後から足音が追いかけてきた。


「ミス・ディグビー、一体どうしたんだ?」


 声の主はエドガーだった。

 この忙しいときに、笑顔を返さなかったことに怒っているのだろうか?

 エレンは苛立ちながら振り返った。

「どうもいたしませんわ。――わたくしはいつでもあなたの笑顔に笑顔を返さなければいけないと?」

 つい刺々しい口調で言い返してしまってからハッとする。


 背後のエドガーが浮かべていたのは怒りではなく懸念の表情だった。

 心の底から心配そうな表情でこちらを見つめている。


「――本当にどうしたんだ。なんだか今にも泣きそうな顔をしている」

「泣きそう? わたくしが?」

 エレンはあきれ果てた。

「何を仰いますの? 正直に申しますと、わたくしは今少々腹を立ててはおります。仕事(ビジネス)がうまくいきませんのでね。申し訳ありませんけれど失礼しても? レディ・クリスティーンにこのお花を届けたら大至急戻らなければなりませんので」

「戻るってドロワー通りにかい? もしそうなら送るよ」

「……結構です! あなたの気まぐれでこれ以上わたくしの評判を傷つけないでください!」

 叩きつけるように告げるなり、エドガーが明るい琥珀色の眸を見張った。


 まるで心底傷ついているかのような表情だった。

 エレンはその顔から眼を逸らすと、足早に廊下を進んで〈薔薇の間〉へと急いだ。


 追いかけてくる足音は――無かった。

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