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第四章 ミッドサマーの密会 2

 馬車はやがて林を抜け、目的地である大邸宅、ウェステンアビー・ホールの正門へとついた。

 国璽尚書のウェステンフォーク侯を当主とするサックヴィル一族の本邸である。

 今の当主の従妹にあたるレディ・アメリアが、門前で馬車を降りて、堅牢な石の城壁を懐かしそうに仰ぐ。


「ああ、久しぶりだわ! ゴーディは元気にしているかしら?」

「閣下も今日は御出席なさるので?」とエドガー。

「あたりまえでしょ」と、アメリアが呆れ声で応じる。「内々の席とはいえ、嫡男の婚約披露パーティーよ?」

 そう。本日この大邸宅では、ウェステンフォーク侯爵の嫡男、ノーズリー侯ハロルド・サックヴィルと、海軍卿エルギン男爵の長女レディ・クリスティーン・ロウの婚約披露パーティーが催されるのだった。

 今月初めに、エドガーの仲介でハロルドから事件調査の依頼を受けたエレンは、クリスティーンとは身分違いながら親しい友人と呼べるほどの関係を築いている。

 今回引き受けてしまった謎めいた「千里眼事件」の背後に宮廷がらみの複雑な事件性を感じたエレンは、秘かな聞き込み調査のために、こうして、連合王国最上級のハイソサエティの集まる内輪のパーティーに強引に連れてきてもらったのだった。



「これはスタンレー卿とレディ・アメリア! ようこそいらっしゃいました!」

 正門を護るお仕着せの門衛は背筋を正して大歓迎し、エレンとベアトリスには特に目を向けずに馬車を中へと通した。


 ウェステンアビー・ホールは広大である。

 馬車はそのまま敷地内の車道をまっすぐに走り、中央に噴水を配した辻を抜けて、ようやくに、バラ色がかった石造りの本館の正面玄関へとついた。


 広々とした芝生の庭の手前に、すでにもう五、六台の瀟洒な馬車が並んで、くびきを外された美しい馬が、お仕着せ姿の馬丁たちの手で厩舎へと導かれている。


「久しぶりねウェステンアビー・ホール! ずっとあなたに会いたかったわ!」

 ロマンチックな貴婦人(レディ)によくあるように何かと物事を擬人化しがちなレディ・アメリアが芝生の間の小径でくるくる回りながら叫ぶ。


 門屋敷(ゲートハウス)から先ぶれが着いていたのか、本館のファサードの前にはすでに迎えが出ていた。

 鮮やかなブルーのドレスで装った背の高い細身の貴婦人(レディ)と、彼女の肩くらいの背丈のコロッと肥った禿げ頭のゆで卵みたいな初老の貴族だ。

 正装の執事を筆頭に家内使用人たちが背後にずらっと並んでいる。

 貴婦人のほうはエレンにも見覚えがあった。

 ウェステンフォーク侯爵夫人レディ・ヘンリエッタ・サックヴィルだ。



 --それじゃ、隣のあの方が?


 エレンの疑問に応えるように、ゆで卵っぽい小ぶりな貴族が、ふくよかな顔をぱっと紅潮させて嬉しそうに声をあげた。


「やあやあ従妹アメリア! それからスタンレーも、わがホールによく来てくれたね!」

「お久しぶりです侯爵閣下」と、エドガーが珍しくも恭しく応える。

 エレンの予想通り、目の前のコロコロした人物が、国璽尚書を務める当代ウェステンフォーク侯爵ゴドウィン・サックヴィル閣下であるようだった。


 アッパーミドルの娘らしく高位の爵位貴族というものに多少の夢を抱いていたエレンは内心でがっかりした。

 目の前の閣下はいかにも善良そうだが――人格的な崇高さだとか勇猛さだとか、そういった要素は毛ほども感じられない。



 ――もしかしたらスタンレー卿って珍しい例外なのかしら?



 ちらっと横目で盗み見れば、長身の優雅な貴公子は、エレンの夢を壊さない優雅さで母君をエスコートしながら正面玄関の階段を上っていた。


 見るからに貴族! という感じだ。


 内心で密かに感嘆しつつ階段を上っていると、

「ミス・ディグビー……」

 背後から付添女性(コンパニオン)のベアトリスが小声で囁いてきた。


「なんでしょうミス・ベアトリス?」

「立場をお忘れにならないでね? あなたは卿のパートナーではありません」

 ベアトリスの声に刺々しさはなかった。

 ただ、淡々と事実を告げる口調だ。


 エレンは怒りとも恥ずかしさともつかない感情で顔がカッと火照るのを感じた。

「――何を仰りたいのか分かりませんわね」

 エレンはわざと冷ややかに応じた。「わたくしはこの場には仕事(ビジネス)で来ておりますの。付添女性どの、あなたと同じくね」

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